第94話:闇夜の円舞曲(ワルツ)
闇と閃光が支配する大広間。
それは血と硝煙の匂いが混じり合う、即席の舞踏会。
僕たちの死と隣り合わせの円舞曲が始まった。
シャンデリアの残光と陽菜が放つ炎だけが、瞬くように戦場の影絵を壁に映し出す。
銃声がオーケストラの打楽器のように、不規則なリズムを刻んでいた。
「陽菜、右翼三人!」
「うん!」
僕の声を合図に、僕たちはまるで長年連れ添ったダンスパートナーのように息を合わせて動いた。
僕が正面から突撃してくる傭兵たちの主力を、水の流れのように受け流す。身体強化した僕の身体は彼らの剛力をいなし、その勢いを利用して別の敵へとぶつけた。
彼らのコンバットナイフが僕の純白のドレスの裾を掠め、白い花びらのようにひらりと宙を舞う。
その隙に陽菜がステップを踏んだ。
彼女は僕の死角から回り込もうとしていた別の傭兵たちの足元に、炎の壁を踊るように描き出す。燃え盛る炎のカーテンは彼らの進路を完全に塞ぎ、その隊列を美しくそして無慈悲に分断した。
「このガキどもが……!」
傭兵たちが悪態をつく。
彼らの顔には焦りと、そして理解を超えたものへの微かな恐怖の色が浮かんでいた。
ただの学生のはずの少女二人が、なぜこれほどまでに完璧な連携を……?
だが僕たちの舞踏は、二人だけで完結するものではない。
天井の梁から、あるいはカーテンの影から。
神出鬼没に現れる燕尾服の死神。
「――おっと。そこから先は紳士淑女の領域。野蛮な方はご遠慮願いますよ」
セバスチャンが背後から音もなく傭兵の一人に近づき、その首筋に銀の盆栽バサミ(庭の手入れ用)を、まるで薔薇の棘を剪定するかのように静かに突き立てる。男は声もなく崩れ落ちた。
彼は決して舞踏の主役にはならない。だが僕たちのステップが乱れた時、あるいは死角から迫る脅威を、まるで床の埃を払うかのように静かに、しかし確実に「処理」していく。
そしてもう一つの小さな影。
リリィは天井裏の配管や床下のダクトを、闇に溶けるように音もなく駆け回っていた。
猫の持つ優れた聴覚と嗅覚。そして賢者としての常人離れした状況認識能力。
彼女は傭兵たちの無線のノイズ、火薬の匂いの濃度、そして床を伝わる微細な振動から、この戦場全体の地図をその頭脳に描き出していた。
(……いた。二階の東棟テラス。他とは違う重く、そして冷静な気配が一つ。あれがリーダーだにゃ)
リリィの金色の瞳が闇の中で、狩人のように鋭く光った。
僕たちはそれぞれの持ち場で、完璧に機能していた。
矛として敵陣を舞い貫く僕。
盾として仲間を守り、炎の円舞で道を切り開く陽菜。
影として脅-威を摘み取り舞台を整えるセバスチャン。
そして眼として戦場を俯瞰し、勝機を見出すリリィ。
だが敵もまた、ただやられるだけの素人ではなかった。
彼らはこの世界の常識を超えた僕たちの連携に戸惑いながらも、その豊富な実戦経験からこの混沌とした状況を打開するための、最も非情でそして最も有効な一点を見つけ出していた。
「――ターゲットを変更しろ!」
誰かが獣のような声で叫んだ。
「銀髪の化け物は後回しだ! まずはあの炎使いの小娘を潰せ! あれが奴らの連携の要だ!」
その声と共に傭兵たちの殺意に満ちた視線が、一斉に陽菜へと突き刺さった。
優雅だったはずの円舞曲の調べが不協和音を立てて軋み始める。
戦場の流れが、一瞬にして変わった。




