その後しばらく
その後、帝都において公式に、「皇帝陛下は病気療養中」との発表が行われた。ドラゴニア候の警備の不手際も、犯人探しも、すべてうやむやにされたようだ。そればかりか、帝国建国500年祭自体が一種のタブーとされ、そのお祭り騒ぎ自体もはるか過去の出来事のように、人々の話題に上らなくなった。
神がかり行者は相変わらず、公園で無意味な長広舌を振るっている。この前のことは、一体、なんだったのか、考えれば考えるほど分からなくなってくる。プチドラから神がかり行者の正体を聞き出そうとしても、「う~ん、それは難しいなあ」と、何が難しいのか、意味不明な答えが返ってくるだけ。神がかり行者とは、おそらく、そういうキャラなのだろう。とりあえず、そういうことで放置しておこう。皇帝殺しの犯人がわたしだと騒がれれば面倒だけど、多分、そんな心配はないと思う。仮にそうなっても、神がかり行者の存在自体もタブーだから誰も信用しないだろうし、わたしが犯人だという証拠もない。
ガイウスやクラウディアとは、午後のティータイムを地下室で一緒に楽しむようになった。
「帝都はちっとも変わらないわね。せっかく皇帝をぶっ殺したというのに、これじゃ……」
「いや、表面上、動きがないだけだ。おそらく、宰相にとっては、今が伸るか反るかの一大事。どれくらいの規模になるかは分からないが、いずれにせよ、帝位を巡って混乱が起こるのは間違いない」
ガイウスは自信たっぷりに言った。話によれば、実は帝国宰相の爵位は伯爵でしかなく、本来は宰相の地位に就けるはずがなかった。しかし宰相の娘が非常な美人であり、先帝に見初められて妃とされたことから、運が開けた。どんな手を使ったのか、あるいは単なる偶然か、先帝には宰相の娘が産んだ男子以外に子がなく、しかも先帝が夭折したことから、宰相は、幼くして即位した新帝の外戚として、現在の地位に上り権力を握ったという。
「なるほど、皇帝が自分の権力の源泉なら、死亡を公表できるわけがないわね」
「ただ、初代皇帝以来の直系の血が絶えたとはいえ、傍系の家系はいくつかある。最終的には、その中から後継者が決まることになるだろうが、簡単にはいかないだろうな」
ガイウスはニヤリとして、ゴクリと紅茶を飲み干した。これまで、皇帝の一族が各地に分封される例は比較的多く、現在は10程度の公爵家に帝位継承有資格者がいるとのこと。今まで知らなかったけど、こういうことは宮殿に出入りしていれば常識らしい(つまり、己の不明)。
もしも、帝国宰相が自分の味方を帝位に就けることができれば、混乱は回避できるかもしれない。ただし、それには、「反対派が納得すれば」という条件も付く。条件を満たすことは、多分、できないだろう。ということは、天下大乱は必然の流れ。
それにしても、神がかり行者に見せられた最後の映像、あれはわたしの行く末を示しているのだろうか。それとも、タダのハッタリなのか。
プチドラは、わたしの肩によじ登り、
「ねえ、マスター、どうしたの? さっきから、何やら考え込んでいるようだけど……」
「なんでもないわ」
ともあれ、問題点を幾つも積み残したままだけど、この話も、区切りのいいところで、ひとまず幕としよう。




