長期的にはみんな
神がかり行者は白髪をかきあげると、
「ブタたる民衆を導くだと? 言うではないか。しかし、導かれる民衆がブタならば、やはり同じことだ。ブタ、ブタ、ブタ! 何度でも言ってやろう。ブタがブタである限りは、ブタの欲望を満たすためのブタ的政治を行うならば、大地と山河はブタの糞尿にまみれるだろう!」
「ブタの欲望を満たしてやる気はないわ。ブタは豚小屋で……」
と、ここで、わたしは思わず躊躇してしまった。これは、つまり、わたしは簡単に「糞尿」と口にするほどに品がなくはないということ。でも、ともかくも、気を取り直し、
「ブタは豚小屋で、糞尿にまみれるべきよ」
「なにっ!? それは、どういうことか。ブタを導き、豚小屋に押し込めるつもりなのか。であれば、今の帝国の在り方と同じではないか。おまえは皇帝に取って代わり、大地を血の涙で染め上げようというのか!」
重ねて言おう、皇帝暗殺は単なる思いつきで、理由などあろうはずがない。神がかり行者が勝手に作り上げた話の中では、わたしはとんでもない悪女になっているが……
「やはり真実の声に耳を傾けるべきだ。民衆が、全ての人が真理を受け止め、精神性を高めてこそ、平安が真なる世界の新たな歴史が始まるのだ!」
「本当にそんなにうまくいくとは思えないけど…… まあ、いいわ。仮にそうなるとしても、それは、いつの話なの? 来年かしら、それとも10年先? 100年先?」
「10年先か100年先か、そんなことは問題ではない。大切なことは、すべての人々がその理想を己の信条として受け入れ、理想に向かって努力することだ」
「そのことが正しいとして、100年先に新たな真なる世界ができあがるとしても、その時まで生きている人なんて、そうそういないわ。長期的にはみんな死んでしまう」
神がかり行者は白髪頭をかきむしり、持っていた杖を高くさし上げた。
「こっ、この…… メスブタがぁーーーーー!!!」
すると暗黒の空間は閃光に包まれた。わたしは反射的に手を顔に、当て目を閉じる。
しばらくして、恐る恐る目を開けてみると、どこか戦場にでも飛ばされたのだろうか。わたしの目の前には、屍が累々と横たわっていた。なぜだかプチドラもわたしの腕の中からいなくなっている。しかも……
「こっ、これは!!!」
エレン、メアリー、マリアが、白目をむいて血を流し、屍の仲間に加わっているではないか。これは、現実でないとすれば、夢を見ているのか、あるいは、神がかり行者の作り出した幻影か その時、
「うききききぃぃぃーーーーー!!!」
天から甲高い笑い声が聞こえた。神がかり行者の声だ。
「見たか、これがオマエの望む世界だ! 傷つけあうがいい、殺しあうがいい!! そうして、オマエは、最後にはたった一人で寂しく死んでいくのだ!!!」
そして、再び閃光が周囲を包んだ。




