暗殺計画
「マスター、ねえ、起きてよ。こんなところで寝ていると、風邪を引くよ」
見ると、プチドラがわたしの胸の上に乗っかっていた。
「あっ、そうか。やっぱりね。いくらなんでもね……」
ありがちだけど、暗闇もカエサルも七色の魚も、すべて夢だったようだ。
わたしは、ふと思い立ってプチドラを抱き寄せ、小声でその耳元に、
「突然だけど…… 皇帝のタマを取る」
すると、プチドラは隻眼を見開き、大きく口を開けた。
「どうしたの? ビックリしすぎて声も出ない?」
プチドラは、大きな口を開けたまま何度かうなずいた。皇帝暗殺に明確な理由があるわけではないが、この世界がウソ偽りで満たされているなら、そのウソ偽りが織りなす最大の結節点を取り除いてやろう。神がかり行者も文句は言わないだろう。
「所詮、人生はギャンブルよ。丁か半か、サイコロにきけばいいわ」
プチドラは、まだわけが分からないといった顔で、
「でも、暗殺に失敗すればお終いだよ。本当にうまくいくの?」
「ツンドラ候の代理で帝都建国500年祭の企画・立案を担当していたから、勝手は分かるわ。それに、皇帝の暗殺なんて、誰も思いつきもしないでしょう。成功する確率は高いわ。地下室のダーク・エルフたちにも手伝ってもわらないとね」
暗殺それ自体は、プチドラでも意表を突かれるくらいだから、(こちらの手駒を総動員すれば)難しくはないと思う。
「あの……マスター、ひょっとして、決死隊を組んで街の人混みに紛れて襲撃とか?」
「そんな無粋なことはしないわ。もっとエレガントに、狙うのは皇帝の命だけよ」
計画は非常にシンプルなものだ。皇帝は自ら騎乗して大勢の随行を従え、数珠つなぎになって、歴代皇帝の廟に向かう。帝都の街中では、100年に一度のイベントを見逃すまいとする住民が見物に訪れるだろう。街中の警備には特に力が入っているから、自爆テロならともかく、無事に逃げ延びることを考えれば、街中で襲うのは得策ではない。
帝都を出てもしばらくは、街中からあぶれた住民が沿道に集まっているだろう。しかし、歴代皇帝の廟の周囲数キロメートル四方は、常々、一般ピープルの立入禁止区画となっていて、500年祭の間も関係者以外は立入禁止。この辺りでは皇帝と随行の行列がむき出しになり、狙うなら、このタイミング以外ない。
「でも、マスター、それなりの人数の護衛が貼りついてると思うけど」
「護衛は相手にしないわ。伝説のエルブンボウで、遠距離から一撃で皇帝を仕留めて逃げるのよ」
「なるほど。それならうまくいきそうだね」
しかし、問題がないわけではない。一つは、わたしも随行の一員に加えられていて、これだけはすっぽかすわけにいかないこと。もう一つは、魔法アカデミーの魔法使いが、上空から遠巻きに皇帝とその随行を見守っていること。普通なら無理なところだけど、ダーク・エルフの魔法の力があれば、なんとかなると思う。
「マスター、すぐにクラウディアたちのところに行こうよ。こういう話なら乗ってくれると思う」
プチドラは左目を輝かせて言った。




