心配のタネ
わたしは「以後、誤解を招かないように気をつける」と約束し、帝国宰相やドラゴニア候と別れた。宮殿に戻る途中で後ろを振り返って見ると、帝国宰相が人目をはばからず、頭ごなしにドラゴニア候を叱りつけているのが見えた。やはり宰相に何か考えがあったのだろう。ドラゴニア候が最初からネタをばらして暴走してしまったため、後に打つ手がなくなってしまった。
「ねえ、プチドラ、さっきのは、ドラゴニア候の『自爆』と考えていいのよね」
「そうだね、『自爆』以外に考えようがないよ」
「検問の強行突破をネタに、帝国宰相からネチネチと質問されたら危なかったかもしれないわ。今回はドラゴニア候さまさまね。でも、どうして今更こんなことを言い出すのかしら?」
「とりあえず帝国建国500年祭の準備完了で、少し余裕が出てきたんじゃないかな? 500年祭が終わって帝都の特別警備が解除されると、ドラゴニア侯は、もっといろいろと言ってくるかもしれないよ」
「鬱陶しいわね。今から気が重いわ」
「気が重いだけならまだしも、帝国宰相がドラゴニア候のバックについて、アドバイスや指示を送ってたりすると、油断はできないよ」
なんだか心配のタネが、また一つ、増えたような……
そして、中庭から宮殿内に入ろうとした時、
「ん、んん? あなたはウェルシー伯、こんなところでお会いするとは奇遇ですな。」
「ああ、あなたは……(ほんの少し、間を置き)……パーシュ=カーニス評議員。ご無沙汰しております」
本当に「奇遇」かどうかは知らないが(実は待ち伏せていたのかも)、パーシュ=カーニス評議員は少し体をかがめ、周囲をキョロキョロと見回した。そして、わたしの耳元に口を近づけ、
「時にウェルシー伯、最近、ドラゴニア候とは仲がよろしくないとか……」
どうやら、わたしがドラゴニア候と抗争しているという噂が魔法アカデミーまで広がっているようだ。
「どのような話を耳にされたのかは知りませんが、そのことについては、昔からの因縁もあって……」
「因縁ですか、それは大層な話ですな。しかし、まあ、あまり深刻に考えることはありますまい。多少、言いにくい話なのだが、正直なところ、ドラゴニア候は帝国宰相とつるんで威張っている割に……」
パーシュ=カーニス評議員は、そこまで言いかけて、はたと口をつぐんだ。丁度、不機嫌な帝国宰相と、べそをかいたようなドラゴニア候が、中庭から歩いてくるところだった。評議員は慇懃無礼に、
「これはこれは、帝国宰相とドラゴニア候、ごきげんよう」
「パーシュ=カーニス殿も、ご機嫌うるわしゅう。申し訳ないが、本日は所用にて、失礼させてもらいますぞ」
宰相は足早に、しかしそつなく、前を通り過ぎた。さすがは年の功というべきだろうか。




