軽率なドラゴニア候
帝国宰相が「世間話」って……怪しすぎる。帝国宰相の斜め後ろでは、ドラゴニア候が神経質そうな顔で、じっと、わたしをにらんでいた。世間話にかこつけて、何か企んでいるのだろうか。
帝国宰相は穏やかな声で、
「では、中庭にでも行こうか。悪いが、ツンドラ候には、ご遠慮願えないだろうか?」
「なにっ!? 俺様がいるとマズい話なのか? 気になるが……非常に気になるが、帝国宰相が言われるなら仕方ないな」
ツンドラ候は、いかにも残念そうに言った。「単細胞」のツンドラ侯のことだから、単に、本心から、そう思っているだけだろう。一方、プチドラは、油断なくわたしのドレスの袖を引っ張り、無言で注意を促す。思い返してみれば、前に一度、帝国宰相にうまくやられたことがあった。何があるか分からないが、同じ失敗は繰り返さないようにしよう。
わたしは帝国宰相の後について歩き出した。さらにその後にドラゴニア候が、わたしを前後から挟み込むようにして続く。やがて、わたしたちは宮殿の中庭に出た。
「さて……」
左右に並んだ噴水の谷間で帝国宰相は足を止め、
「実はな、ウェルシー伯、単刀直入に言うと、そなたにあらぬ疑いがかけられておるのじゃが……」
「疑いですか? それは、一体、どのような??」
「うむ、それはな……」
帝国宰相が言いかけると、突然、ドラゴニア候が宰相を遮るようにして、
「帝国宰相、ここはひとつ、私から言わせていただきたい」
ドラゴニア候は、帝国宰相が(それとなく)静止しようとするのも聞かず、ヒステリックな声を上げた。
「部下からの報告によれば、ウェルシー伯、あなたは近頃、我が騎士団や警備兵の職務の遂行を妨害しているとのことだ。間違いはないか?」
「間違った報告が上がっているようですね。ちょっとした行き違いがあってトラブルになっただけの話です」
「なっ、なにを!? 今更、言い逃れをしようというのか? 我が騎士団の職務を妨害するということは、皇帝陛下に対する謀反にほかならないのだぞ!!」
御曹司の額には血管が浮き出している。余程わたしはドラゴニア候に嫌われているようだ。でも、他人を陥れたいなら、綿密に計画を練り上げた上で、話の持っていき方を工夫すべきだろう。
「だから、それは誤解で、発端は些細なことです。わたしも少々大人げなかったと反省していますが、噂があらぬ方向に広がったようですね。先刻、ツンドラ侯から噴飯ものの話を聞きましたが、ドラゴニア候ともあろう人が、その噂を真に受けて?」
ドラゴニア候は顔を真っ赤にして無言でわたしをにらみつけた。言葉が続かない。
帝国宰相は「こりゃダメだ」と思ったか、顔をしかめてチッと舌打ちし、
「500年祭の前日に争うこともなかろう。ドラゴニア候、ここはわしの顔を立ててくれぬか。これまでのことは不問に付すが、次に同じようなことがあれば、その時は罪に問われることも覚悟せよということで、どうじゃ?」
帝国宰相も内心では策を考えていたのかもしれない。しかしドラゴニア候が軽率に過ぎたようだ。




