真の帝国成立史2
理想的な原初の世界から時代が下るにつれ、旧来的な統治には矛盾が目立つようになった。特にヒューマンは非常に勤勉に働いていたにもかかわらず、経済的弱者に極めて厚く配慮した再分配制度のため割を食っていた。生産活動を一切しないエルフが政治的権力を独占していることも不満だった。ヒューマンはたびたび富の再分配制度の見直しや政治的権力の獲得を求め、デモや一揆を起こす。
しかし、エルフには、ヒューマンが何に対して不満を抱いているのか、サッパリ理解できなかった。「自分一人で食べきれないほどの食料や、使いきれないほどの現金、そんなものは持っていても無意味だろう」、これが、エルフ的な発想・感覚だった。それに、ヒューマンが政治的権利を要求していることも不可解だった。政治的権力といっても、その実態は、税率の調整、地方行政区画の指導者・代表者の選定、生産や流通の管理、統計資料の作成などで、賄賂や役得がなければ何の面白味もない地味な事務に過ぎない。そもそも賄賂や役得の意味さえ理解できないエルフには、どうしてヒューマンがこんな面倒なことに興味を示すのか分からなかった。
やがて、ヒューマンは団結し、富の再分配制度の見直しと政治的権力の譲渡を求め、団体交渉を要求するようになった。エルフとヒューマンは何度も交渉を重ねたが、そもそもこれは合理的な説得で片がつく話ではなかった。エルフから見れば、ヒューマンは自分たちのことしか考えない欲張りな生き物であり、ヒューマンから見れば、エルフは生産物を収奪するだけの厄介者だった。
交渉は、延々と、平行線をたどった。お互いの気質の違いにより、相互理解は永遠に不可能だった。時には暴動や反乱も発生したが、エルフの魔力により、たちまち鎮圧されてしまった。ヒューマンは焦った。「このままでは永久にエルフに隷属することになってしまう」と、危機感が広がっていった。そればかりか、「いずれエルフは我々を皆殺しにするに違いない」と、疑心暗鬼にも駆られるようになり、やがてそれは、「(まともにやりあっても勝ち目がないのは分かっているが)エルフを滅ぼさなければ、こちらが滅ぼされる」という恐怖感に変わっていった。
なお、エルフの側には、「ヒューマンを根絶やしにしよう」という意思は一切なく、単に、反抗してきたので、軽くお仕置きをしただけのつもりだった。
そうこうしているうちに、「窮すれば通ず」という言葉もり、ヒューマンの中にも知恵者がいて起死回生の秘策を練り上げた。それは、エルフの心の優しさを利用(悪用)するものだった。エルフは基本的に種族を問わない博愛主義であったが、それにも増して、同胞や身内への愛情は特に強かった。すなわち、同胞や身内を人質に取られた場合には、一切の抵抗ができなくなってしまう。
ヒューマンは、魔力の弱いエルフの子供や赤ん坊の誘拐から始めた。ただ、大人のエルフの魔力は強大であり、ほとんどの場合、親などに企みを見抜かれて失敗し、怒りの炎や電撃で身を焼かれることとなった。しかし、ヒューマンは種族の存亡をかけ、奸智をめぐらせながら、多大な犠牲を払いつつ、チャレンジを続けた。やがて、どうにかこうにか、少数ながら人質を確保することができ、それにより、状況は一変した。




