強行突破
馬車の中を見せろと言われても、当然ながら、答えはNOに決まっている。わたしは思わず身を乗り出し、
「断るわ。どきなさい」
「いえいえ、我々といたしましても、職務上…… それとも、見られては困るものでもございますのですか?」
現場監督の目がキラリと光った。刑事のカンのごとく、何か怪しいものを感じたのだろうか。
「馬車の中に何があろうと、あなたたちにとっては関係のないことよ」
「いえ、しかしですね……」
「用は済んだでしょ。これ以上、直答を許すつもりはないし、文句があるならドラゴニア候を通しなさい」
わたしは話を打ち切って馬車を進ませようとした。
ところが、現場監督はしつこく追いすがり、
「申し訳ございませんが、最後にひとつ、伯爵様の服の赤いシミのようなものは、なんなのですか? 血痕のように見えますが、まさか…… いやはや、伯爵様のおっしゃることは、実に、ごもっともなのですが、我々といたしましても、そのようなものを目にした以上は……」
血痕は、クラウディアを馬車に乗せるときに付着したものだろう。窓から顔だけ出しておけば気付かれなかったかもしれないが、こうなっては仕方がない、最後から二つ目の手段。
「あなたの血は何色かしら? もっと鮮やかに染め上がるなら、この場でバラバラにしてあげる」
わたしはプチドラを窓から空中に放った。プチドラは、体を象のように大きく膨らませ、巨大なコウモリの翼を左右に広げて隻眼の黒龍モード。空中から、爛々と輝く左目で警備兵たちをにらみつけた。
……ひっ! ひぃぃぃ~~ ドラゴンだ!! たっ、助けてくれ!!……
警備兵たちは小物の例に漏れず、ある者は腰を抜かしてその場にヘナヘナと座り込み、ある者は恐慌を来して脇目も振らず逃げ出した。ただ、唯一の例外は現場監督で、彼はよろよろと何歩か後退はしたが、
「分かりました。このことは、我が主を通して、ドラゴニア候に報告いたしますぞ。よろしいですな!」
わたしは、今やヘタレ集団と化した警備兵を横目で見ながら、馬車を進ませた。行きがかり上、仕方がなかったとはいえ、誰が見ても不自然な行動で、怪しまれたことは確実だ。御者は精神的に相当な緊張を強いられたようで、今も青い顔をして唇をプルプルと震わせている。
クラウディアも目を大きく見開き、おののく声で、
「あ、あの…… わたし……」
「問題ないわ。屋敷に早く戻りましょう」
「で……でも……」
「あなたが気に病むことじゃないわ。わたしが話をつけるから、あなたはゆっくり休んで傷を治しなさい」
と、言ってみたものの、問題ないわけがなく、むしろ問題だらけ。少なくともドラゴニア候に詰問されることは確実だろう。その時のために、うまい言い訳を考えなければ。




