自由時間の使い方
実行委員会がない日は、ニューバーグ男爵との打ち合わせや調べものなど、それなりに時間を取られることも多い。ツンドラ候は相変わらず、面倒な作業や会議等にまったく興味を示さないが、口を出されても迷惑なだけだから、それはそれでよしとしよう。
ニューバーグ男爵も、「いつものことだ」といった調子で、
「侯爵には、余計なことは考えず、天真爛漫でいてもらえるのが一番ですよ」
「でも、それでいて一方の派閥の領袖というのは……」
「派閥といってもキッチリとした組織があるわけじゃない。大貴族の親睦団体のようなものでね。まあ、いろいろとヤバイ話もあるのだが、帝都に半年もいれば、そのうち分かってくるでしょうな」
「知らない方が気が楽かもしれませんが……」
「そうかも知れませんな」
やはり、どこの世界でも、こういった話には「微妙」なものがあるようだ。
自由な時間ができると、エレンとの約束があるので、帝都大図書館によく通った。閲覧室で黙々と書写の作業が続く。プチドラは、その間、机の上で本を枕にして居眠りをしている。
書き写す本は歴史関係のものが多かった。初代皇帝から先代の皇帝までの年代記のほか、卓越した業績を残した大臣、宰相、将軍の列伝、帝国各地の博物誌など、読み物としてはなかなか面白いものばかり(七色の魚を釣り上げた初代皇帝のほか、大剣豪三代目ツンドラ候の七番勝負(相手は、最強トロール、ジャイアントの勇者、リッチ、古代キメラ、バンパイア王、クラーケン、ドラゴン)、初代皇帝とエルフの娘エマとの(!!)愛の物語(これはいわゆる成人向け)など)。この辺りは、客観的な事実を記したというよりも、事実を面白おかしく脚色して大衆向けの娯楽を提供しているような気がしないではない。
歴代皇帝の年代記は、基本的に、オーク、ゴブリン、ホブゴブリン、オーガー、トロールといった混沌の勢力との抗争を軸に描かれていた。つまり、「混沌の勢力をやっつけて、彼らの土地をより多く奪った皇帝がエライ」という、非常に分かりやすい理屈。ストーリーもほぼ同じパターンで、辺境の地で混沌の勢力が悪事を働いているので征伐してその地を平定し、帝国の版図を拡大したというものだ。
歴史書では、ダーク・エルフは本来は混沌の勢力ではないが、堕落して混沌に身を委ねた種族、すなわち裏切り者として記述されていた。悪の力に魅せられて悪事を働くようになったという。屋敷の地下にいた連中を見ると、あまり邪悪な印象は受けないが、敵対勢力を悪く書くのは世の常かもしれない。
なお、リザードマンの領域に大軍を送った話は、年代記の本文では「南方に兵を送り、講和し、兵を引く」と簡潔に記載されているだけだった。ただし、その年代記の末尾には注釈が設けられており、詳細(惨敗した話)についてはその中で記されていた。その時代には書きにくかったことを、後の時代になって書き加えたのだろう。年代記の編纂も存外気を使う作業らしい。




