契約書
次の日、目覚めた時には昼前になっていた。
朝昼兼用の食事をしていると、執事は不安げな面持ちで言う。
「カトリーナ様、怪しげな物音の件ですが……」
「片付いたわ。『開かずの間』は、大昔は拷問室だったみたいね。だから、その拷問の犠牲者が、モンスターやゴーストになって住みついていたのよ。そいつらはやっつけたから、今後、怪しい物音が響いてくることはないと思うわ」
「おおっ! それは、よろしゅうございました。これで安心して働けます。しかし、『開かずの間』が拷問室だったとは、恐ろしいものですな」
モンスターやゴーストの話は口からでまかせだけど、執事は信じたようだ。わたしの食事が終わると、執事は使用人に食器等を片付けさせ、一礼して部屋を出た。
今日は、実行委員会やツンドラ候との約束などの用事はない。丸一日、自由時間。わたしは机に向かい、紙とペンを取り出し、「うーん」と考え込んだ。
すると、プチドラは、わたしの顔をジーっとのぞきこみ、
「マスター、何をしてるの?」
「契約書を作ってるのよ。まず、家賃は先払いにすることにして…… 昨日は忘れてたけど、敷金と礼金はどの程度が相場かしら」
「そこまでしなくても、口約束だけで十分だよ」
「疑ってるわけじゃないわ。でも、備忘録も兼ねて。家賃を払うのは当然として、地下であまり変なことをされては困るから、ある程度、用途を限定しないと…… 昨日見た死体のこともあるし、拷問なら、もっと静かにしてもらわないと困るわ」
契約書を書き上げると、わたしはプチドラを抱き上げ、使用人たちに見つからないよう、こっそりと「開かずの間」に向かった。そして、その床の扉を開け、地下道を抜け、昨日の怪しげな地下室に入ると、
「あら、あなたは昨日の……」
独特のとがった耳、銀色の髪、透き通るような白い肌のエルフ女性が言った。いたのは、そのエルフ女性ただ一人。床に転がっていた死体は処分されたようで、血痕もきれいに拭き取られていた。
「ごきげんよう、用件だけ手短に言うわ。契約書を作ってきたから、代表者のサインをいただきたいの」
「契約書?」
エルフ女性は契約書を受け取り、読み始めた。見た目、理知的で聡明な印象だ。
「了解しました。この契約書の内容で結構です。でも、リーダーは現在外出しているので、後日、もう一度、来ていただければ……」
「じゃあ、契約成立。結論が早いのね。もう少し時間をかけて考えてもいいのに。もっとも、大した内容ではないけどね」
なお、この女性エルフの名はクラウディア、肩書きはサブ・リーダーとのこと。実は、彼女は(彼女も)プチドラの古くからの友人らしい。これでプチドラの挙動不審も説明がつきそうだ。
こうして、ダーク・エルフの反政府的秘密結社に屋敷の地下部分を貸すことになったわけだが、果たして、これから先、どうなることやら……




