ツンドラ侯の用件は
執事の話によれば、ほんの少し前にツンドラ候が突然徒歩で訪れ、出会い頭に問答無用で殴られたとのこと。いかにもツンドラ候らしい挨拶代わりの一発だけど、
「で、ツンドラ候の用件は? まさか、隻眼の黒龍と勝負したいとか…… でも、ここではダメよ。屋敷が壊れる」
「いえ、用件は詳しく伺っておりません。とにかく、カトリーナ様に会わせてほしいということで」
わたしに会いたいって…… まさか今日もゲテモン屋に行くつもりでは? 瞬間、わたし(及びプチドラ)の顔がこわばった。
「ツンドラ候には客間でお待ちいただいております。侯爵の機嫌が悪くならないうちに、よろしく……」
執事は脅えたような表情で言った。確かに、長く待たせていると、そのうちしびれを切らせ、感情のおもむくままに大暴れしそうな性格ではある。
わたしがプチドラを抱いて客間に入ると、ツンドラ候は立ち上がり、開口一番、
「おお、ウェルシー伯、突然だが、しばらくの間、かくまってくれ!」
ツンドラ候によれば(まったく要領を得ない話だが、要約すると)、「近々、帝国建国500年祭実行委員会が開会される予定だが、面倒なので行きたくない。だから、とりあえず隠れさせてほしい」とのこと。
「でも、ツンドラ候、この前のゾンビ事件の対策会議みたいに、形だけ出席というわけには?」
「それがダメなんだ。前の対策会議は居眠りしているだけでよかったのだが、今回は企画立案の役職とやらを割り振られて、案を考えるとか、書類を作るとか、説明とかするらしい。そんなこと、この俺様にできるわけがなかろう。自慢じゃないが、難しい話はサッパリ分からないのだ。これは完全にミスキャストだぜ!!」
普通、そういうことは、自分で言うことはないと思うけど……
「それなら、実行委員会には、代わりの人、例えばニューバーグ男爵に代理出席してもらうとか……」
「それもダメなんだよ。最初は、実行委員会への出席も含め、面倒なことは、全てあいつに押し付けるつもりだったのだ。しかし、実行委員会は格式が高いとかなんとかで、代理人も伯爵以上でなければいけないんっていうんだ。そこで、つい、逃げ出してきたというわけだ」
ツンドラ候は豪快に笑った。笑い事ではないと思うが……
突然、
「ん!? そうか、そうだったな!」
ツンドラ候は「おぉー」と大声で吼えて手のひらをポンと合わせた。
「おまえも伯爵だったよな。悪い、つい、うっかりしていたぜ。実行委員会に俺様の代わりに出てくれよ。ニューバーグには俺様から言っておくよ。ゲテモン屋でフルコースも御馳走するからさ」
「えっ、でも、それは……」
「いや、問題ない。難しい話は、俺様よりむしろウェルシー伯がふさわしい。完璧だ。決まりだ!」
わたしは勢いに押され、半ば強制的に代理人にされてしまった。ただ、ゲテモン屋だけは遠慮したい……




