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第09話 ヒュドラ①

 来るべき干ばつへの対策として、まずは今年の水利施設の増強が急務だった。

 水をもっとも多く使用する営みといえば農業だ。干ばつ中に食料生産を控えることができれば、一気に領民の水のやりくりは楽になる。そしてそのためには備蓄を増やしておかねばならない。


 備蓄を増やすためには、今年に水利設備を整えねばならない。水利設備はそのまま干ばつのときにも最重要の貯水庫となる。


 とにもかくにもまずは水。

 しかし、このランキエールという地においては、未だに残った最重要課題がある。


 半水生魔獣、ヒュドラの存在である。


 前に私が言い当ててみせたヒュドラの巣などごく一部であり、根本的な駆除をしない限りは、水利設備の増強なんて夢のまた夢。可能な限り大きな巣、それも生態から存在を推定されている、ヒュドラの“親”の巣を破壊することが望まれた。


 だから私は、水路の各地のヒュドラの目撃証言、駆除記録を収集し、川ネズミの放棄巣を始めとした枯草の堰のような物体を照らし合わせ、巣の候補を絞ったのだ。


 いくつか調査を出してみれば、そのうちの一つが見事に的中。

 ランキエールの中でも一際奥まった地、四番目に大きな水源、シグル山の洞窟付近に、ヒュドラの“親”の巣と思しき巨大構成物を発見。


 二週間かけた訓練と大編成を経て、シグル山に大部隊が派遣されることになった。



***



 神話の如き大蛇が、その大首を振るう。

 それを、神話の英雄の如き大男たちが、屋敷の門のような巨盾を用いて弾く。


 ズォン、という音と振動、そして親ヒュドラの牙が擦れたのが、耳を引き裂くような金属音も襲ってくる。


 川の水がうねっている。大男たちは猛攻に耐えながら、下流へ親ヒュドラを誘導しつつ、取り巻きの大型・中型のヒュドラを切り伏せていく。


 私はそれを、盾部隊の後方から眺めていた。


 今回の掃討作戦は私の立案であり、部隊は主力部隊と陽動部隊に分けている。

 主力部隊の長は私が自ら買って出た。そして、陽動部隊の長には、夫であるトリスタンを指名した。陽動部隊が親ヒュドラを巣からおびき出して下流に追いやり、可能ならば仕留め、その間に主力部隊が巣の内部のヒュドラの幼体を一網打尽にする算段である。


 トリスタンの妻であるからといって、こんな小娘の言うことをあの大男たちが聞くのか、といえば、前回のヒュドラの巣発見の功績を併せてギリギリと言ったところだ。

 しかしランキエールは文化的にすべて上意下達。一度決まった組織の決定に逆らう者はいない。


 なんて、やりやすいんだろう。


 王都では権力に慣習に何もかも雁字搦めで、何か物事を変えたり動かしたりすることには何重もの手続きが要った。そしてその上で、私のような小娘は物事の中心にはいられず、今度は多方面への配慮に雁字搦めにされて何もできやしない。


 それが、ランキエールではどうか。

 ここではこのシンプルさこそが慣習なのだ。

 すべては実力。今結果を出している者、立場が上の者の指示には従う。


 作戦は目論見通りにいった。

 洞窟の巣からおびき出された親ヒュドラは、陽動部隊を追ってまんまと下流に下った。残った巣は主力部隊の戦士の手にかかればあっという間に解体され、もう外部からはほとんど除けられたも同然である。


 残るは、洞窟内部。


「全隊! 洞窟内部に突入し、“親”の卵を探しなさい!」


 主力部隊は私の指示に従い、洞窟に突入した。


 内部にはもう、いるわいるわの幼体ヒュドラに、あるわあるわの卵たち。それらをすべて丁寧に駆除・破壊し、私たちは奥に進んでいく。


 ただ、そこで、問題が発生した。

 洞窟の最奥──おそらくは親ヒュドラが卵を産んでいた箇所である──の小道が発見された。


 が、その入り口に、結晶状の網がかかっていたのだ。


 網目は非常に粗い。王都の人間なら通ることができるが、ランキエールの大男たちではとても肩が通らないほどである。おそらく機能としては、他の大型魔獣に卵を食い荒らされないようにするための構造物だ。


 これでは、部隊が突入することは叶わない。


「破壊しなさい」


 私は即座に指示をする。執事のエルドと、副部隊長のフェンリクが大鉈を振ってその網の結晶にぶつける。


 しかし結晶には傷一つついていない。

 ならば結晶の周りを掘ろうともしたが、結晶は思ったより深く根差していて、これ以上掘ると洞窟そのものが崩落しかねない。


 ──これは、厄介なことになった。


 部隊の全員が、そのように思った。


 彼らが想像したのは、トリスタンの姿だろう。彼の体の大きさならギリギリこの網を潜り、中にあるであろう、親ヒュドラの卵を破壊できる。


 だが、トリスタンを呼び戻すまでには時間がかかる。そもそも陽動部隊が親ヒュドラを討伐した保証はないし、仮に取り逃がして洞窟に戻ってこられた場合には、この洞窟内部に主力部隊が閉じ込められて絶体絶命の状況に陥ることになる。


 ならば一時撤退か。


 その選択が賢明だろう。

 しかし、この掃討作戦には相当の兵力を割いている。仮に親ヒュドラがこの作戦を学習し、洞窟に立てこもってしまえば長期化は必至。卵を破壊できていない以上、未来の憂いも大きく残る。


 だが、それでは駄目なのだ。

 私が主導し、主力部隊の指揮まで取った作戦が長期化してしまえば、それは成功とは言えない。


 私は頭を悩ませる副隊長のフェンリクを見て言った。


「フェンリク。縄があったわね? 私の体に巻き付けなさい」


 トリスタンが通れるほどの網目なら、私が通ることなど造作もない。


「卵は私が割ってきます」


 まさにお誂え向きの状況だと、そのときの私は考えた。

 現場に来た意味を見せつけるのは、今だ。

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― 新着の感想 ―
姫様TUEEEEE
危ないょ~(*T^T) みんな止めて~。・゜・(ノД`)・゜・。
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