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第21話 ドルナク③

 ランキエールを出発する前、多くは話せない前提で、ヴィヴィエンヌから事前に聞いていたことがある。

 

 ドルナク公爵家は古来より王族への忠誠を誓ってきた由緒正しい一族である。故に貴族社会で言われるのは「伝統のドルナク家」。これは、それ以外は平凡であるものの、伝統だけはどこの家も敵わないという意味合いが含まれている。


 しかしその実態は大きく異なる。ただの古い家が付き合いだけで王家から一目置かれ続けるなんてことはあり得ない。


 ヴィヴィエンヌ曰く、ドルナク公爵家が真に得意としてきたのは、諜報だそうだ。


 歴史と共に張り巡らされたその情報網は複雑怪奇。王都中の噂話はなんでも最終的にドルナク領に集まるという。専属の諜報員の優秀さはもちろんのこと、言うなれば王都の民全員が情報元で、居酒屋の店主が愚痴をこぼした相手が近況報告の手紙を送る先が、なぜかドルナクに住む親戚である……そんな偶然が、意図的に積み上げられているという。もはや暗殺以外の隠密行動はなんでもござれ。その諜報力を武器に、ドルナクはずっと王都で戦ってきた。


 つまり、「伝統のドルナク家」だけでは片手落ちで、正しくは「伝統と諜報のドルナク家」だった、ということになる。


 ヴィクトール殿は仔細な情報が書き込まれた地図の上に右手を置き、朗々とした調子で話し始めた。


「えー、背景としましては、この一年で生まれた反王太子派の中で血の気が多いのと、王都に昔から巣食っていた共和派ががっちゃんこして反王太子過激派を形成したんですね」


 彼は地図の中で拡大されている、王宮の前庭に目を落とす。


「そこに完全無茶スケジュールの大結婚式の開催。警備計画なんてボロボロのボロ。こりゃあもう過激派からしたら渡りに船、あのにっくき王族どもをぶっ殺してやるにはこれとない機会なわけです」


 それからポケットに入っていたチェスの白い駒を取り出して、庭の真ん中にキングとクイーン、ビショップを置いた。


「当家が察知した襲撃計画はまさに初日の婚姻式に行われます。なんと無茶なことに式場は聖堂ではなく屋外の王宮庭。というわけで、式の壇上に新郎新婦と司祭しかおらず、警備とも距離がある状況を狙うものとされています。ターゲットは王家の血筋たる新郎に、壇の下で見守る、国王陛下と王妃殿下含めた王族全員です」


 次に、庭の周りを白いポーンで囲む。そしてそのさらに周り、王宮周辺に黒いポーンを配置する。


「会場には護衛の立ち入り禁止だから、貴族の子女当人が手引きか目くらましをして刺客をなだれ込ませることが想定されます。当日の陣形が公開されるわけもない以上、襲撃パターンは何百にも上りますが、いずれにせよ兵力が必要です。簡易ですが、典型的なパターンの検討を──」


 今度は翻って別の紙を取り出し、黒のポーンを手に取り、白のポーンを倒しつつ、キングを好き勝手にぱたぱたと倒したり起き上がらせたりしながら、早口で襲撃の各パターンというものを解説していく。

 ヴィクトール殿のその姿はさっきの決闘で転がっていたときとあまりにもかけ離れていたので、隣のヴィヴィエンヌにこそっと聞いた。


「なあ、ヴィクトール殿はその、どういう方なんだ?」

「……あの子はその、昔から行動力が抜群のお祭り好き、思い込みが激しいところはあるけれど切り替えは早く、なまじ頭が抜群にキレるぶん厄介。みたいな感じですわね」

「なるほど?」

「頭脳は保証しますわ。寄付金なしで勝手に学院に入学して、飛び級首席で帰ってきました」

「それは、凄まじいな」


 ヴィクトール殿は一通り解説し終わったあと、


「当家としては、親衛隊を出し抜いた上で、これを阻止することを手柄としたい」


と続け、次のように結んだ。



「しかし、やはり兵力が足りないので、ランキエールの力もお借りしたい。どうでしょう?」



 ランキエール側たる俺と父上は、それを聞いてしばし沈黙する。

 なぜなら、話が何度か飛んでいたのと、早口すぎてところどころ何を言っているのかよくわからなかったからである。


 それに答えたのは、俺でも父上でもなかった。


「ごめんなさいね、ランキエール卿。トリスタン様。この子が飛ばした分を私が説明いたします」


 今まで沈黙していたドルナク夫人──オルミア=ドルナク──が口を開いた。同時にヴィクトール殿があとは任せた! とばかりに力を抜いて座る。


 ドルナク夫人は、まるで軍人のように背がすっと伸びた御仁だった。表情は読めず、その声はとにかく中立で、見方によっては優しそうとも、厳しそうとも取れる。

 ヴィヴィエンヌ曰く、彼女こそが、表社会にも歴史にも名を残さない、ドルナク諜報部隊の長だそうである。


「我々が結婚式襲撃計画について察知できたのは、当家がヴィヴィエンヌの件で反王太子派になり得る条件が揃っていたからです。前々から当家の関係者には反王太子過激派から接触があったので、諜報部隊を放ったところ、ヴィクトールが言った襲撃計画が判明しました。当家としては、この襲撃計画を大々的に防いで見せ、王太子派の懸念を振り払いたい。そうすれば今の窮状の脱出も叶いますから」


 ドルナク夫人は父上に向かい、次のように続けた。


「しかし王宮の意向により、式に入れる護衛の数に制限が設けられました。貴人一名につき二名のみです。つまり結婚式に連れていける人員は、ドルナク単体では我々三名に付く六名のみ。これではとても襲撃の阻止はできない。王家に犠牲を出した上で、親衛隊を手助けするのが関の山でしょう。そこで我々三名に加え、ランキエール卿、トリスタン様、ヴィヴィエンヌで六名の貴人に、十二名のランキエールの戦士を伴う形にすれば、完全な勝算が見えてきます」

「……なるほど」

「ランキエールの皆様には、ぜひこの、襲撃計画阻止にご協力をお願いしたい。そちらの精鋭部隊をお呼びしたのは、こういうわけでございます」


 つまり、これがドルナク側の企みをまとめれば、こういうことになる。


 ──ランキエールの兵力を借り受け、王太子襲撃計画を打破することで、ドルナク家の名誉回復を図りたい。


 これはおそらく、最初にヴィクトール殿が俺に決闘を仕掛けてきたことも無関係ではないだろう。

 担がれたようで、試されてもいたに違いない。


 そんな中、ヴィヴィエンヌが手を挙げ、聞いた。


「お母様。王家の方に知らせは送ったのですか?」

「ええ。アドリアン殿下の出来の悪い側近に知らせて、見事に妄言と跳ね除けてもらいました」

「なら、義理は果たしていますわね」


 兵力以外の準備は万端というわけだ。


 父上は一度考え込んだあとに言った。


「話はわかりました。そしてこれを当家に明かしたということは──」

「──はい。この成功をもって、両家の友好の証とさせていただきたい。いずれはドルナクの人脈と王都の社交界への招待、そして各地との交易路も紹介しましょう」


 それを、ドルナク公爵が引き取る。

 これは、ずっと蛮族と揶揄されてきたランキエールからして、社交界での格付けを跳ね上げるという意味で、たいへんに都合が良いものだ。地方貴族の悲願とすら言っていい。


「そして娘の処遇については、王妃殿下の見解を伺ったあとに改めて話し合いましょう。先に言った両家の友好の証は、王妃殿下のお話に拘わらず、有効なものであると捉えてください」


 父上は一度頷いて、俺に目を遣った。

 これは、連れてきた部隊の長の意見が必要だということだ。


「うちの戦士十二名に、父上と俺がいれば、襲撃の阻止は容易だろうな。しかし、ヴィクトール殿」

「はいはい!」

「実際の問題は、襲撃前の目くらましのやり方になるか。具体的な見当はついているか?」

「いえまったく。明るくするなら閃光弾、暗くするなら煙幕でしょうが、これらはあくまで対策が容易なもので、実際は魔法の類が来るでしょう。完璧な対応は実質的に不可能かと」

「……いや、俺たちは夜目が効く。閃光さえ予期できれば問題はない」

「それはそれは。心強いですね」


 可能か不可能かで言えばおそらく可能。俺はそう答えた。

 いつの間にか、大テーブルの視線が俺とヴィヴィエンヌの二名に注がれている。


「ヴィヴィエンヌ。君はどうだ?」

「夫が乗り気なら是非もありませんわ。ただ、個人的に──」


 彼女は不敵な笑みを浮かべ、最後に、


「──私たちに助けられた新郎新婦がどんな顔をするのか、楽しみで仕方ありません」


と結んだ。

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― 新着の感想 ―
今までの言動から考えて、恩を恩と思ってくれなさそうと思うのは私だけでしょうか...
>次に、庭の周りを白いルークで囲む。そしてそのさらに周り、王宮周辺に黒いルークを配置する。 囲むくらいに並べるなら『ルーク』ではなくて、『ポーン』では? 複数のセットからルークだけを抜き取って並べてい…
なるほど?(o゜Д゜ノ)ノ…【短編】で王家の結婚式に呼ばれて、主役食って目だった経緯ゎココに在ったんですね♪ 単純にヴィヴィ様がランキエールの領地で無双してw無視できない発展を遂げただけじゃなかったん…
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