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第20話 ドルナク②

 決めたポーズ(へっぴり腰)のヴィクトール殿は、言ったあと、ちょっと不安そうにヴィヴィエンヌの方を見て小さな声で聞いた。


「……ちなみにそっちがトリスタン殿で合ってる?」

「合ってますわよ。ヴィクトール」

「よーしではトリスタン殿、決闘の儀を──」

「というかあなた、痩せましたわね? 前はもっと」

「いいから!」


 ヴィクトール殿が一生懸命に剣尖を向けてくるので、俺も応じて、道中の山賊対策に携えてきた剣を抜く。


 すると周囲のドルナクの使用人たちが引き、こちらのランキエールの戦士たちも下がって、円を形成し、即席の決闘場が出来上がる。俺が歩み寄ると、ランキエールの陣営はすっかり楽しむ体勢に入って、やんややんやと囃し立てた。


「でっけ」


 俺を見上げて、ヴィクトール殿は呟く。

 そういえば、生まれて初めて自分よりも小さな男と決闘をするかもしれない。


「これでもランキエールでは一番小さいものでな」

「……マジですか」

「失礼ながら、王都式の決闘の作法を知らん。先手は譲るので、そちらから、いつでもかかってきてもらいたい」


 剣の柄を両手で持ち、正対させ、構える。

 その刹那に、少し周りを確認した。

 ヴィヴィエンヌも、ドルナク公爵も、それどころかうちの父も、なんだか楽し気な顔をしている。


「では失礼! 押して参る!」


 斬りかかってきた剣を横にして受け止める。

 さっきのへっぴり腰とその体格に比べれば圧倒的に重い剣だ。それだけで彼がよく訓練しているのがわかった。


 ただ、それだけでは覆し得ぬ重量差である。これ以上は魔力と気の扱いが必須。


 そして、ヴィクトール殿はまだその域には達していないように見え、本人もそのことをすぐさま把握していた。


「こわっ!」


 彼は鍔迫り合いを解き、こちらが出方をうかがっているうちに斬り合いに切り替える。


 ヴィクトール殿が袈裟に斬れば、俺はその反対で迎え撃つ。横薙ぎには縦。突きは大きく横に回避しいなす。

 やんややんや、と観衆が湧いた。もうドルナクの使用人たちも混じっていて、完全に見世物の様相である。ヴィヴィエンヌに至っては「トリスタン! やっておしまい!」などとのたまっている。


「……厳しいね、こりゃ」


 そう呟いたヴィクトール殿は、二歩下がり、翻って右手で大きく剣を振り上げた。


 見たことのない構えだ。王都の流派だろうか。

 そう考えた瞬間、俺の間合いの大きく外から、手元へ、ヴィクトール殿の左手からなんらかしらの物体が飛んできて、鎖が俺の剣の先に巻き付いた。


「……っ!」


 これは暗器。分銅だ。

 力の差があれど、剣の先と根本ではかかる力が違う。鎖を引かれればあっけなく、俺の剣尖は地面を向いてしまった。


「御免!」


 容赦なく、構えられた右の剣が飛んでくる。

 不意を突かれた。剣での対応は不可。


 囃し立てていた観衆が息を吞んだのがわかった。

 俺の眼前には、ゆっくりと、真剣の刃が迫ってきていた。


 なので、その剣をしゃがんで避け、縛られた自らの剣は手放し、まっすぐ足裏でヴィクトール殿の腹を蹴った。


「ぐえっ……」


 ヴィクトール殿は後ろに飛んでいき、剣と暗器を空中で手放しながら、敢えなく地面を転がった。


「勝者! トリスタン殿!」


 いつの間にか群衆に混じっていたドルナク公爵が音頭を取る。その勢いに任せてランキエールの戦士もドルナクの使用人も大きく盛り上がった。


 ──これが、王都のノリなのか?


 ヴィヴィエンヌは伏して倒れているヴィクトール殿の方に歩み、天に向いている後頭部に上から声をかける。


「ヴィクトール! 強いでしょう! 私の夫は!」


 ヴィクトール殿は顔を伏したまま、肘を支点に、開いた両掌を掲げる。

 その様子を見たドルナク公爵は心底楽しそうに笑い、俺たちの方に向かって次のように言った。


「ようこそトリスタン殿。そしておかえり、ヴィヴィエンヌ」


 どうやら、花を持たされたようだ。



◆◆◆



 存外に激しく、和気あいあいとした出迎えだったが、王太子の結婚式までに猶予が残されているわけではない。

 俺たちランキエールの者は、すぐに屋敷の二階にある大広間に案内された。円形の大テーブルが置いてあり、それでいて食堂ではない不思議な部屋だ。ヴィヴィエンヌに聞いてみれば、会議室だという。曰く、床の下がわかっており、天井の上が屋外でない必要があるから二階に設けられたそうだ。


 大テーブルには、まず当主の席にドルナク公爵が座った。その隣に夫人、逆隣は空白であり、さっき決闘で地面を転がってしまったヴィクトール殿が後で来るそうだ。

 そしてその反対側にはランキエール侯爵である父上に、隣が俺。


 ヴィヴィエンヌはその配置を見て、迷うことなく俺の隣に座った。

 それで、今日の会議の座組と言うべきものが定まった。順繰りにドルナク側とランキエール側の役職持ちがテーブルを囲む。


 議題は複数。ランキエールとドルナクの関係の整理に、王太子の結婚式への対応、そもそもなぜドルナクは我々を呼んだのか。戦士を連れてこいと言った意図はなんなのか。


 何より、ヴィヴィエンヌの処遇について。


 口火を切ったのは、当のヴィヴィエンヌだった。


「……まず、ドルナクの皆に、言わねばならないことがあります」


 彼女は机の上に、頭を下げて言った。


「申し訳ございませんでした。私、あの聖女に負けてしまいました」


 その言った先は、無論、実父であるドルナク公爵に、その周りの家族、使用人たち。


「お父様。現在のドルナクの状況を教えてください」

「見ての通り状況は悪い。王都では新たに王太子派が形成され、うちは目の敵にされている。数多の友人に縁を切られ、他領・他国との交易も一時的ではあるが停止している。ヴィクトールの縁談も消え……あれはまあ、元々そんなふうだったけども」

「……そう、ですか」

「だが、おまえに落ち度があったとは思わんよ」


 ドルナク公爵は優しい目で応えた。


「あれは事故のようなものだ。それに、あの日以降、このドルナク家の隠密部隊がすべて王都を締め出されるという事態も起きている。おそらくは殿下のご乱心にかこつけて、どこかの組織が企てをしたのだろう」


 俺と父上は横目で見合う。

 初めて聞く情報だ。つまりこれは、王都では、ヴィヴィエンヌと王太子の婚約破棄に端を発する陰謀が走っていたことの示唆に他ならない。


「ヴィヴィエンヌ。その結果を、たった一人の娘に背負わせてしまったことは、当主としてたいへんに心苦しく、情けないことだと思っている」


 ドルナク公爵は次に我々の方を向いて、


「ランキエール卿には申し訳ないが、事実を言えば、我らドルナク一同、娘がランキエールでどのような扱いを受けるのかは、大変に心配しておりました」


と言ったあと、次のように、笑顔で続けた。


「しかし、思ったより娘が楽しくやれているようで、安心しております」


 そう聞いたヴィヴィエンヌの表情が、わずかに揺らいだのがわかった。

 ずっと、言いたかったことと、言ってほしかったことなのだろう。それを言えるのが俺でないのは心苦しいが、ようやく叶ったというのなら、是非もない。


 ドルナク公爵は一旦言葉を切って待った。次は、ランキエールの番ということだ。


 父上はゆっくりと、まず本題から切り出した。


「ドルナク卿。ヴィヴィエンヌ殿は我らが領地にて、信じられないほどの為政者としての才覚を発揮しておいでです」

「……それはそれは。嬉しい限りですなぁ」

「件の騒動については、王国民として国の未来を憂慮するところであります。しかし失礼ながらランキエールの当主としては、今のところ悪い話が一つもない。ぜひヴィヴィエンヌ殿を息子の妻として、ランキエールに迎え入れたいと思っている、というのが正直なところです」


 そう、これがランキエールの立場である。

 王都の揉め事はさておき、格上の公爵家の娘、それもヴィヴィエンヌという逸材が転がり込んできた。なし崩し的に結婚を正式なものと認めてもらえるなら、それ以上のことはないのだ。


 表情を変えず、ドルナク公爵は答える。


「……娘の処遇については、卿とよく話し合わねばならぬと思っておりました。何より、娘とトリスタン殿双方の意思も重要です」


 公爵が俺たちの方を一瞥し、父上の方に向き直る。


「ですがランキエール卿。事情が変わったのです。ご存じの通り、国王派の代弁者である王妃殿下が、文をくださいました」

「トリスタンとヴィヴィエンヌ殿も結婚式に、というあの文ですかな?」

「左様。おそらく王妃殿下は、王太子殿下の措置そのものを問い直すつもりでしょう。したがって、今この場で我々が話し合ったとて、娘の処遇を決めるには至りませぬ」


 ドルナク公爵は手元にあった鈴を、りん、と鳴らした。


「それよりも先に、貴兄らには、うちと関係を結ぶということがどういうことか、確と知ってもらいたい」


 会議室のドアが開く。

 入ってきたのは、さっき俺が倒したヴィクトール殿──腕に大きな巻かれた紙を携えている──と、顔を隠した使用人らしき者共である。


「はいはーい、皆さん揃い踏みですね! さっきはどーもどーも!」


 ヴィクトール殿は先ほどとすっかり雰囲気を変えていた。

 声が一段陽気になって楽し気で、まるでこれから歌い出すかのようでもある。


「父上、暗い話は終わりました?」

「……ああ」

「よしよし。では本題に行きますか」


 ヴィクトール殿は顔を隠した使用人たちにてきぱきと指示を出し、家具の裏、や扉の蝶番を確認したあと、カーテンを閉めさせた。そのあとは各員が四隅に立ち、中には結界らしき印を切っている者までいる。


 戸惑う俺に、ヴィヴィエンヌが耳打ちをしてきた。


「やっぱりね。何か企みがあったってことよ」

「……どういうことなんだ、これは」

「トリスタン。覚悟なさい。王都の陰謀の渦巻き具合って、たぶんあなたが想像するよりずっと滅茶苦茶だから」


 会議室の安全が確保できた、ということだろう。ヴィクトール殿は持ってきた紙を大きくテーブルの上に広げ、高らかに言う。


「当家の諜報部が察知した、反王太子過激派による結婚式襲撃計画について話します」


 その紙に載っていたのは、結婚式の会場となる王都の地図だった。

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