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ep-AO:感情・前

外伝。

70:若気の至り、まで読了推奨

 何時ものように静かに空間にとけ込んで、薄い器を作り出しその場所に入り込む。

 目的地は決まっている。土ではない地面と木でもレンガでもない建物が並ぶ世界。

 じわりと世界の境を滑り抜け、人一人分の高さから落ちる。

 着地しても音は立たず、衝撃すらない。

 薄い仮初めの姿は霞のような物だ。重量という概念がない。

 出かけるときに身につける衣の袖が翻った。自分の蒼い髪が揺れる。

 神の中でも特殊な色だとよく言われる濃淡のある髪。

 降り立った世界の中では染めでもしない限り黒や茶が一般的だ。

 これ程目立つ行動とこちらの容貌にも、規則的に動く人々は見向きもしない。

 全てを消して入り込んだ今の自分を見つける事は悪魔や他の神にも不可能に近いだろう。

 ――さて、約束を果たそう。

 目的地はこの場所で、目的の人間はここにいる。簡単な頼まれごと。

 簡単すぎて常であれば引き受ける事もしない。

 普段ならしない事だった。気まぐれとよく言われるが、今回は少し違う。

 この間細工をした二つ世界を眺めてきた。結果としては予想通り。


 勇者として選んだ人間は魔王を滅ぼせず、消えた。

 魔王として適当に置いてきた人間は大成を収めた。


 結果的に世界が二つ滅んだわけだが、何も感じない。

 もう数えるのも面倒になるほど世界に手を加えてきたせいか、終わりが見える。

 分かり切った遊びほど詰まらない物はない。

 世界を弄るのも飽きていたところで、この頼まれごとが少し面白そうだと感じた。

 悪魔に狙われている異物が居る。

 『異物』何とも心に響く単語。

 世界に時折出現する変異種。

 ここ数千年は耳にする機会がなかったが、出現した。

 人の中に。更に珍しい。

 通常人間のような知性のある種の中で出てしまえば、周囲に潰されるか自らの身体を呪い自害する場合が多い。

 容貌の変化という面ではない方面での異種か。

 ……神々の間ではもう少し無粋な呼び方をされているが、異物や異種の方で呼んでいる。

 万一の事態に備えて声は出さない。

 これ程姿を薄めて閉じこめていても気が付ける耳聡いモノが居たら厄介だ。

 ざわめき、通り過ぎる人々の中から目的の人間を見つけるのは簡単だった。

 確かに、違う。空気が揺れているのを感じる。

 黒い瞳は感情を噛み殺し、油断無く辺りをうかがう。

 平和とはかけ離れた仕草と、人の感情の起伏を極限まで隠した少女だった。

 辺りには悪魔が羽ばたいている。

 慣れた動作で聖水だろう水を振りまき、怯んだ悪魔の群れに紫の石を投げつける。 

 鋭い軌道を描いた石は、微かな光を散らし、悪魔を焼く。

 力を使い果たしてただの石くれに戻り、固い音を立てて地面に落ちる。

 悲鳴を上げ、散り散りになる悪魔を眺め、少女が小さく舌打ちするのが見えた。

 ――聖石か。

 あの人間自身が作り出したであろう石は並の悪魔であれば消滅するのが常だ。

 けれど、消えない。幾つか聞いているが、少女の周りの悪魔が強くなっているのは明白らしい。

 今までならあの手法で何とか出来たのだろう。

 悪魔祓いも珍しく、魔法の概念の無い世界で聖石の作り方等良く見つけられたものだが、その抵抗もそろそろ無と化す。

 それが分かっているからこその舌打ちだろう。

 悪魔の見えない人間には突如水と石を投げる奇行をした少女に周囲の視線が集まっている。

 声を掛けられる前にか、少女は紺色のスカートを翻し走り抜けた。

 ゆっくりと、走る速度と同じ速さで付いていく。誰も振り返らない。

 ……ふむ。

 今回の頼まれごとはあの少女の消滅か。異界への転送という事だが少し興味が出て来た。

 異種という事を除いてもあの人間は珍しい。悪魔に出来る限りの抵抗を取っている。

 並の人間ならば既に発狂していても良いはずだが。

 すぐにでも処理をと言われたものの、気になる。

 もうすぐ寿命だとは聞いていた。悪魔の手に掛けないようにさせれば何をしようと良いと言われてもいる。

 ゆっくり手を広げ、少女を視界に再度入れる。

 これで寿命が判明する。あの人間の生きた流れ。

 目をこらし、それを確認して危うく声を出すところだった。

 あり得ない。

 少女は随分前に死んでいる。そのはずなのに、途中で無理矢理繋がれて今に至っている。

 時折自らの意思で死の運命から逃れる生物が居るとは聞いていたが、歪んで繋げられた寿命は逃れると言うよりも神の所業だ。

 ただの人間には過ぎた行為。まさに……


「――奇跡だ」


 唇から思わずその単語が零れる。微かに少女がこちらを見た気がした。

 悪魔に捕らわれるまでこの世界で言うところ、あと一時間。

 そうすれば彼女は死ぬ。

 袖の中に入れていた小指ほどの大きさの蒼い砂を流し続ける砂時計を握りしめ、砕く。

 少女以外の時が止まる。色あせる。

 指の隙間からこぼれ落ちた砂とガラスの破片は地面に落ちる前に消えてしまう。

 時を止める事は出来るが、本来なら数秒単位。話し込むほどの時間は取れない。

 時の神から預かっていた話し合いの時間を稼ぐ砂時計。

 辺りを飛び回りはじめていた悪魔が消え、少女が辺りの異変に足を止める。

 ゆっくりと近寄り、声を出した。


「君は一時間後に死ぬよ」


 面白そうな異種だ。消すのは惜しい。だから、選択肢に救いに見せかけた罠を混ぜよう。

 感情を伏せた瞳で少女がこちらを振り向いた。


「……あなたは悪魔? 死神?」


 新しい遊びの時間の始まりだ。

 

 

 異変は顕著だった。

 その人間と話をし続ける間、違和感が常に付きまとっていた。

 異種の特殊能力かと初め疑ったが、ただの人間一人が神にそこまでの異変をもたらすわけがない。

 特別秀でた容姿でもない人間の声が、話が心にズレを与える。

 何時もと同じようで少し違う態度を取る自分もおかしい。普段ならすぐに消してしまうのに。

 気分が悪くはないが、戸惑う。喜怒哀楽はそれなりに兼ね備えているつもりだが、これはどれにも当てはまらない感情だった。

 ――お前は感情が無さ過ぎる。光の主神に言われた言葉が蘇る。

 世界を壊す事に楽しさを感じていたが、少女との会話は別種の楽しさだった。

 これが、普通の感情なのだろうか。良く、分からない。

 ただ、この人間を見ているとやけに一つの単語がちらつく。

 半身。

 半身にしてしまおう。

 常に隣に居続ける存在にすればこの楽しさも続く。

 悪魔に目を付けられた少女は、よく言えば物怖じせず。悪く言えば不遜だった。

 不快感はない。それすらも好ましく思える。

 好ま、しい?

 感情がある神は多い。自分は神の中では情が少ない方だと言われた事がある。

 人間も神も感情があるのなら、芽生えるものも近い。

 ふと、気が付く。

 そうか、自分は――この人間に恋をしたのだと。

 数える事も忘れた時の中、見つけた相手。逃さない。


 愛してる、悪魔にも愛された人。

 どの神に見捨てられても、自分だけは貴女を愛そう。永遠に。



 永遠に彼女を閉じこめる為半身にする下地を幾つか整えてきた。

 場所、地位、姿。嫌がってはいたが、後に作用するはずだ。

 それは人の住む世界での事。まだ他神への了承は終わっていない。

 他の神はどうとでもなるが上位神の説得を考えると憂鬱になる。

 怒りながら去っていく銀髪を見つめ、空間に切れ目を入れて身体を潜り込ませる。

 扉を使うのが通例だが、移動の連続が面倒なので自身の移動はこれだけで済ます事が多い。

 もう馴染んでしまった固い地面に足を着ける。他の神は驚くが、地面が全てコンクリートで出来ている神の空間というのも面白い。

 アスファルトにしなかったのはボコボコしていて痛そうだから、だそうだが。

 自分も変わり者と言われるが、この場所の神もなかなか変わっていると思う。

 緑も水もない空間にロッキングチェアだけがあり、そこにぽつりと一人座る青年の姿は浮いていた。

 肩まで伸ばした銀髪が薄く紫に染まっていて、左側の髪を一房三つ編みにしている。

 無音の中椅子と共に揺れる彼の腕の中には今日行ってきた世界の目覚まし時計が収まっている。

 文字が出るデジタル式ではなく銀色のベルの時計というところがこの神らしい。


「おはよう」


 取り敢えず一言声を掛ける。掛けないと後で五月蠅いが、答えが返ってきた事は一度もない。

 ご多分に漏れず本日も沈黙が返ってきた。

 ドアのノックのように目覚ましをコンコンと叩いてみる。

 全く返答はない。青年はぼんやりと宙を眺めたままである。まあ、あれはどうでも良い。

 今回もあの世界での何かを使って起こそうと空間から細長いそれを取り出して、片腕で振ったそれで時計を叩く。

 がこん、といい音がしたが空を飛んではくれなかった。


「痛いー! なにすんだよ。酷いよ人が折角気持ちよく寝ているところを殴るなんて」


 代わりに罵声が轟く。青年の腕の中、僅かに歪んだ時計が跳ねている。

 これがここの神だ。無機物が余程気に入っているのか人型の人形に自分を載せている。


「起こした。ちゃんと声は掛けたよ」

「うう。だからってそんな凶器で起こさなくても良いじゃないか。

 フルスイングされたら僕の身体が砕けるよ」


 凶器とは今手に持っているスポーツ用品の事だろうか。

 細長い銀の光沢を放つ獲物を眺める。凶器ではない。


「君の好きな無機物、銀色のスポーツ用品だよ。前のバットが不評だったから変えたんだけれど」

「野球のバットより悪いよ。そんな固いゴルフバット振られたら僕の綺麗なボディがスクラップになる」


 飛び跳ねながらの不満と自分の自慢だ。無機物のどこら辺が良いのか聞いたが、よく眠れる所位しか理解出来なかった。

 なかなか難しい。今度はハンマー投げの鉄球で起こすか。


「とにかく、人型に入れ」

「起き抜けにそれ。ふああ、今日は何か良い事あった。

 うわ、僕の綺麗な身体が歪んでる!」 


 抜け殻の人形が腕を伸ばし、欠伸をしながら膝に置いていた時計を横に出現させた丸い小さなテーブルの上に乗せる。 

 時計の形を確認してもう一度悲鳴を上げていた。時計の形を取るところはピッタリだとは思う。


「半身が決まったから手伝ってほしい」

「ほしいと言いながら命令入ってるのが君らしいよね。

 ルクヴィスタ様も半身つくって無いから君は永遠にそうかと思ったけど違ったんだ。

 まあ、候補は沢山居たしね。で、どの神、あ、精霊?」

「人間」


 特に折り合いの悪い神の一人を出されて気分が悪いが手伝って貰う為に答える。


「…………ゴメンね。僕もう一回寝るよ。空耳聞こえた」


 笑って時計に代わろうとするところで机の上の時計を取り上げた。


「次は大型ハンマーで叩く」


 細身のゴルフバットから頭ほどの鉄の塊が付いたハンマーに切り替えると慌てるのが見えた。

 粉々にしても死にはしないが整えていた身体が壊されるのは苦痛らしい。


「そんな、酷い。それだけは止めてってお願いしてるのに!

 人間を半身って本気!? 反対反対反対。絶対凄い反感喰らうよ」


 予想していた反応に皮肉を混じらせた笑みを浮かべそうになったが飲み込んだ。


「だから、頼んでる。時の神マーヴィル」


 代わりに、柔らかく微笑んで見せると眠気で目蓋の落ちていた瞳が開かれ、銀の両眼が珍しくハッキリと見えた。


「君が笑顔になるのは昔から良くない事が起こる前触れだと分かってる。

 今回は幾つ世界を潰す気。それとも他の神をくびり殺すの。僕手伝わないよ!」


 神々は昔という単語を使う事は余り無いが、時の神であるマーヴィルは昔や今、この間。というような言葉を会話に交ぜる。

 世界を幾つも歩く自分はともかく他の神が話しかけにくいのはこの人間らしさもある。


「頼みに行く。取り敢えず人間は駄目だとは分かっているから――彼女を神にするように」

「そんなに簡単に人間は神になれないよ。って知ってるはずだよね……嫌な予感しかしない。

 もしかしてのもしかしてだけど。一旦殺して神にするとか」

「取り敢えず聖女に据えてきたから、後は何度死んでも生き返らせるようにするのと、承諾貰い。

 経験と善行を積めば積むほど神の格も上がるからね。手伝え」

「嫌だ。僕まで目を付けられる! ルクヴィスタ様に目を付けられるのはご勘弁ーー」


 ぶんぶん頭を振って新しい無機物――CDプレイヤーを抱える。

 何かにつけて不安になると機械関連を持ち出すのは癖なのだろう。


「マーヴィルなら孤立しても平気だろう。力だけならルクヴィスタにも引けを取らない」

「風当たりの問題だよ。光の主神と敵対関係は嫌だよ誰だって」


 普段寝ていて知っている神は少ないが、神の中でも喜怒哀楽の激しいマーヴィルは半眼で訴えてくる。


「寝てるのに」

「寝てるからこそ。と言うのもあるよ。寝てると無防備だし」


 起きていればいい話だが、眠る事を最上の幸せというマーヴィルには酷な話だ。


「喧嘩しに行く訳じゃない」

「ほんと?」


 機械を胸に疑り深い視線を送ってくる。


「話し合い。そうしないと上手く行かないだろう」


 余程血の気が多いと思われているのかと心外さを感じつつ、溜息混じりに答えると相手の顔が僅かに明るくなった。


「うー、ん。長い付き合いだし。孤立神同士の腐れ縁もあるし。

 まあちょっとなら手伝うよ」


 長年続いた交友関係か机の上に腕に抱えていた無機物を置き、渋りながらも時の神は椅子から降りて伸びをした。

外伝アオ編。一人称でお送りします。

今回は少し他の神にも触れてます。

いまのところ犠牲者一柱。

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