13話 『普通に』デートしてくれ
引き続き圭介視点です。
翌日の放課後、妃那は候補の一人、真矢順平と最初のデートに出かけた。
ボディガードを一名つけて、放課後ということもあり渋谷の街に行ったらしい。
夕食の席に二人はいなかったので、食事をしてから帰ってくるのかもしれない。
そんなことを思っていた圭介のところに、夕食のすぐ後、順平が青い顔をして部屋にやってきた。
(あれ? メシは食ってこなかったのか?)
「あのー、圭介さん、ちょっと相談が……」
「なんかあった?」
順平は北海道から来ていて、メガネをかけて真面目そうな印象だ。
話をするのも苦手なのか、神経質そうにメガネを何度も押し上げている。
「妃那さんって、どういう人なんですか?」
「デート中に何か問題でも?」
「ケーキを食べに、人気っていうカフェに行ったんですけど……」
「うん。あいつも甘いものが好きだもんな」
「妃那さん、そこでいきなりカップを出してきて、僕の精子をくれと言うんです」
圭介は一瞬頭が真っ白になった。
(……妃那? 何を考えているんだ?)
「ええと、それで君はあげたの?」
「家に帰ってからでもいいかと聞いたら、それでもかまわないというので、帰ってきたんですけど」
「まだあげてない?」
「本当にあげていいのかわからなくて、相談に来たんですけど……」
「何に使うか聞かなかったの?」
「突っ込んで聞いたらまずいかなと思って。相手は『知る者』ですし、凡人には計り知れない考えがあるのかもと」
「いやいやいや、それ、突っ込んで聞いていいから。妃那の奴――」
「圭介……あら、あなたもいたの?」と、妃那がノックもせずに入ってきた。
家にいる時、妃那はたいてい圭介の部屋に入り浸っている。
「おい、妃那! おまえ、何を彼に頼んでるんだ!?」
「精子のことかしら?」
「そんなもん、もらってどうするんだ!?」
「研究サンプルよ。最近、生体学に凝っているの。髪、血液、尿、糞便、精子、その他もろもろ。あ、あなた、せっかくだから、他のものもいただいていいかしら?」
「ええー……」と、順平は言葉を失っている。
「妃那、それは初めてデートした相手に頼むことか?」
「でも、この方、快く返事をしてくれたので、他のものも提供してくれるのかと思うでしょう?」
「いや、その前にまずカフェでするような話じゃないだろうが」
「あら、そうなの? でも、この方は何も言わなかったから、問題ないと思ったのだけれど」
「順平くん、こいつ、こういう常識ない奴だから、ちゃんと言ってやらないと、わからないんだよ。放置していたら、君の方がボロボロになるよ」
「けど……」
「君、本気でこいつの婿になるつもりなら、この程度でオタオタしてたら、早死にするから。手綱しっかり締めていくつもりで、頑張ってよ」
「わたし、ここにいるから、精子が取れたら、持ってきていただける? それとも、採取のお手伝いしましょうか?」
「け、結構です! 自分でできます!」と、順平は逃げて行った。
妃那は欲しいものが手に入ると思ってご機嫌なのか、足取りも軽く部屋に入って来てソファに座る。
「……おまえ、イジメてない?」
「あら、心外だわ。どうして精子を欲しがることがイジメになるのかしら」
「いくら何でも、真っ先にする話じゃないだろ?」
「でも、あの方、何も話をしないから、わたしの興味のあるお話をしようと思ったのよ」
「あっちはきっと初デートで緊張していたんだよ。そういう時は相手の気分がほぐれるように、天気の話とか、学校の話をするんだ」
「つまらない話をすると、気分がほぐれるものなの?」
「刺激的な話よりはマシだろ?」
「わかったわ。今度からそうするわ」
「ちなみに週末も誰かとデートが入っているのか?」
「いいえ。せっかく1日あるのだから、明日は彬に会いたいわ。日曜日はお父様と水族館に行くし。ペンギンとイルカを見てくるのよ」
「あ、そう……。あの3人とのデートは、来週に持ち越しなんだな?」
この調子でなにかやらかして、その度に圭介のところに駆けこまれては、こっちの身が持たない。
(妃那、デートもまともにできないのか?)
デートを提案したこと自体が間違いだったのかも、と思ってしまった。
それからしばらくして、順平は戻ってきて、恐る恐る小さなプラスチックカップを妃那に渡した。
「あら、ありがとう。まだ温かいわ。せっかくだから、温かいうちに使わせてもらうわね」
妃那はご機嫌でスキップをしながら部屋を出て行く。
それを見送りながら、圭介は頭を抱えていた。
(この調子で、妃那の好きにさせるわけにはいかないよな……!?)
ここはもう彬に頼むしかない、と圭介はスマホを取り上げ、電話をかけた。
『圭介さん? 僕に電話って、珍しくない?』
「そういえば、初めてかも? 今、大丈夫?」
『大丈夫だけど』
「あのさ、一つ頼まれてくれないかな」
『何を?』
「明日、妃那に会う予定なんだよな? その時、妃那にデートの仕方、教えてやってくんない?」
『……あの、僕もしたことないんだけど』
「1回も? ホテルの部屋だけ?」
『うん、そう』
「マジか……」
『何かあったの?』
「ほら、おまえも聞いてると思うけど、妃那が候補の連中とデートすることになっただろ? とてもじゃないけど、デートにならないっていうか……。
目的は相手を知って、おまえと比べてもらうことだったんだけどさあ。このままだと、それすら確立しない事態で」
『まあ、最初は振り回されるよね。僕もそうだったし』
「やっぱり?」
『突拍子もないことを言い出すから、頭おかしくなってた』
彬は電話口で笑っている。
「まあ、おれも覚えあるけど。なあ、そういうことなら、1回くらいデートしてみたら?」
『僕が?』
「そう。比較するにしても、おまえとデートしたことないんじゃ、話にならないだろ? 妃那に好きな理由を見つけてもらうにもいい機会だと思うし。それがうまくいけば、おまえのためにもなると思うし。身を引く気はないんだろ?」
『それはないけど。ただ彼女の方がどうかなって。ホテルでやる以外、興味ないんじゃないかな』
「けどまあ、『恋人同士』になっても部屋にしかいないってのもどうかと思うけど。おまえ、妃那とどっかに出かけたいとかないの?」
『うーん、今までが今までだったから、考えてもみなかったというか』
「じゃあ、一度考えてみたら?」
『そうだね。考えてみる』
「悪いな。おれもあんまりあいつのために時間取ってやれないから、おまえに任せることになってるんだけど」
『まあ、それは結局、自分のためだから、圭介さんは気にしないで。応援してもらうだけで充分だよ』
「うん、応援してる。あの伯父さんの気を変えたんだから、このまま頑張れ」
『ありがとう』
じゃあな、と電話を切った。
圭介の言葉をきっかけに、次話は彬と妃那が初お出かけ(?)です。




