11話 僕を好きな理由を考えて
彬視点です。
昨日の今日で再びホテルに来るとは、彬は思ってもみなかった。
昨日の妃那は性欲を失うほど落ち込んでいたし、もしかしたらしばらく会いたいと言ってこないのかと思っていた。
が、昼過ぎにメッセージが届き、結局、放課後会うことになったのだ。
部屋に入れば、いつものように求めてくる。
別に相手ができないわけではないので、彬もそれに応じて妃那の好きにさせてやった。
「元気なの?」
シャワーを浴びて部屋に戻ってから聞いてみた。
「ええ、元気よ」
「昨日、元気なかったから、心配してたんだけど」
「昨夜あの後、お父様と圭介に事情を聞いて、どういうことかよくわかったの。何の問題もないわ」
「……問題ないって? 答え、見つかったの?」
「簡単に見つかるから大丈夫よ」
「簡単?」
「ええ。あの3人と3回デートして、気に入ったらセックスをするの。彬と比べて、彬の方がよかったら、『彬でなければならない理由』になるでしょう? それは『恋』というものに相当するのだと言っていたわ」
「ええー……。なんか、君のカン違いじゃない?」
「あら、これはお父様が提案したのよ」
「そうかもしれないけど……」
彬はいまいち納得ができずに首を傾げた。
「あの3人とセックスをして、あなたよりいいとは到底思えないので、デートを何回しようが、1回セックスをした時点で、彬でなければダメと判断される。条件は見事クリアでしょう?」
「けど、お父さんはそれ以外の部分で比べてほしかったんじゃない?」
「彬、よくわかるのね。お父様も最初にそう言ったのよ」
妃那に感嘆の目を向けられて、彬はがくっと頭を落とした。
「それ、きっと『正解』にはしてくれないよ」
「どうして? 大事なことでしょう?」
「大事なことかもしれないけど、それって性欲発散相手に必要なことで、恋人同士なら、もっと他にも大事なことがあると思うんだよ」
「例えば?」
「一緒にいて楽しいとか、信頼できるとか、関係を続けていきたいとか」
「わたしは彬と一緒にいて楽しいと思うし、信頼もしているわ。関係を終わらせる気もないし……。あら、わたし、あなたに恋をしているのかしら」
「……そんなに短絡的に考えないでよ。それは僕が思っていることで、君が恋人に対して求めるものは違うかもしれないんだから」
「それが別に『正解』があるという意味なのね」
「そう、そういうこと」
「ねえ、彬。恋人というのは結局のところ、何なのかしら。好き合っている二人のことを言うのではないの?」
「それがベースだと思うよ。好きだって気持ちの裏に、どうして好きだと思うかっていう理由があって、その理由があるから、この人じゃなくちゃダメって気持ちがあるんじゃないの?」
「ちなみに彬はわたしに恋をしているの?」
「……そういうこと、あっさり聞く? しかも真顔で」
「ダメなのかしら」
「いや、いいけど。僕もほんとのこといえば、君に対する気持ちが恋なのかよくわかってない。好きだと思うけど、姉さんを好きな気持ちとは違うし」
「わたしのこと、好きなの?」
「だと思うよ」
「嫌いではないと、ずっと言っていたのに?」
「いろいろなことがあって、その度に思うところがあって、気持ちなんて変わっていくものじゃないの?」
「圭介もそう言っていたわ。わたし、あなたのことは最初全然興味なかったし、イヤな奴としか思わなかったけれど、今はそう思わないもの」
「……そっから始まるの? で、今は?」
「きっとあなたと同じね。圭介を好きな気持ちとは違うけれど、好きなのかもしれないわ」
「その好きの理由は?」
「あなたがいれば、圭介がやさしくしてくれるから、幸せになれる」
「それは僕じゃなきゃダメなの?」
「そうとは限らないわ」
「はい、ダメ!」
「不正解なの? どこが?」と、妃那は不満そうな顔をする。
「最後の質問。僕でなくてもいいなら、他の男でもいいってことになる」
「そんなことを言ったら、わたしは彬とのセックスが気持ちいいから好きで、他にこんなに相性のいい人はいないから、彬でなければならないという理論の方がよほど成り立つわ」
「だから、それも正解にならないって」
妃那はぶうっと頬をふくらませる。
「なら、彬はどうしてわたしを好きなの?」
「いろいろは理由あると思うけど、1番は居心地がいいから、かな」
「じゃあ、どうしてわたしでなければならないの?」
「他に探す気になれないから」
「それが正解だというの? ただ面倒くさがっているだけのことでしょう」
「いやいやいや、別に面倒だから探さないとかじゃないって! そういう風に感じられる人って、家族以外にはなかなかいないんだよ。
だから、そんな稀少な一人を見つけたら、わざわざ他を探すことはないって意味。そもそも、僕の言う『居心地いい』の意味わかってる?」
「わたしの胸がふかふかしていて気持ちがいい、という理由ではなさそうね」
「それもないこともないけど、つまり?」
「なにかしら。体温がちょうどいいとか、いい香りがするとか。家族に感じられるものとなると、楽しいとかやさしくしてもらえるとか?」
「違うとは言わないけど、僕が言ってるのは、自分らしくいられるってこと。ありのままの自分でも受け入れてもらえるってこと。それは居心地のいいことなんだよ」
「普通のことではないの?」
「君は交友関係が少ないから、わかんないかもしれないけど。僕の場合は、他人に対して気を使うし、嫌われて関係を悪くするわけにはいかないから、いつもいつも自分らしくいられるわけじゃないんだ。
君には自分をさらけ出しても、嫌われることなく、また会いたいって思ってもらえる。関係が長くなるほど、居心地よくなるものなんだよ」
「なるほど。あなたをイヤな奴と思うことはあるけれど、嫌いだと思ったことは一度もないわ。会いたくないと思ったこともないし」
「それが僕が君を好きな理由で、僕の出した『正解』」
「わたしはどうでもいい人に嫌われてもかまわないけれど、彬はそんなことを気にするの?」
「僕はそうだけど、君は違う。だから、この『居心地いい』は、君が僕を好きな理由にはならないってこと」
「なるほど」
「てことで、今日は終了。次回までに僕を好きな理由、考えてきてよ。また突っ込んであげるから」
彬は恨めしそうに口をとがらせる妃那を抱き寄せてキスした。
「彬はなんだかうれしそうだわ」
「うん、うれしいよ。君が僕を好きな理由、いろいろ聞けるんだから」
「それはうれしいことなの?」
「それはうれしいよ。それって、君から見て、僕に良さがあるってことなんだから。君は違うの?」
「居心地いいはピンと来なかったわ」
「だろうねー」
彬は笑ってそのまま押し倒した。
次話は同じ日の圭介側の話になります。




