12話 代償は払ってもらおう
本日(2023/06/16)、二話目になります。
「今日は息子のしたことをお詫びに参りました」
ベッドの傍らまでやってきた杜村は、固い顔で頭を下げた。
差し出された花束は桜子に受け取ってもらう。
「桜子、母ちゃんと一緒にその花、生けて来てもらってもいい?」
杜村が母親と桜子がいることを気にしているようなので、圭介は言った。
「うん、もちろん。お母様、行きましょう」
二人が出て行った後、つかの間の沈黙が漂う。それから、やおら杜村はその場に膝をついた。
「大変申し訳なかった。本当なら息子にも直接謝らせるところだが、今は外に出せるような状態ではなく、日を改めさせてもらいたい」
額をぺったりと床につける杜村を見て、圭介は何の感慨も浮かばなかった。
「頭を上げてください」
「いや、君の許しをもらえるまでは」
「おれはそんな風に謝罪してほしくて、来てもらったわけじゃないです」
「どうしたら、君の気が済むのか教えてほしい」
「なら、とりあえずそこにかけてください。話をするにも、床にいられたのではこっちからはよく見えませんから。おまけに首が痛くなります」
圭介がそう言うと、杜村はゆっくりと立ち上がり、イスに腰かけた。
歳は四十過ぎ。国会議員の中では若い方に入る。
お腹周りに貫録はあるが、顔立ちは整っていて、若い頃はさぞかしモテただろうという想像ができた。
テレビで見かける姿も堂々としていて、血がつながらないこともあるのか、『親戚』という言葉がピンと来ない遠い人だった。
そんな人が目の前でうつむきがちに座っている。ぴしっとしたスーツ姿なのに、肩を縮こませているところは、なんだかしょぼくれた大型犬のようだ。
息子のしたことにショックを受けているのか、それとも自分の立場を守るために奔走して歩いて、疲れているのか。
圭介は瞑目して息をついた後、杜村に視線を合わせた。
「伯父さん、と改めて呼ばせてもらいますけど、いくつか聞きたいことがあります」
「なんなりと」
「伯父さんは貴頼が桜子に言い寄る男たちにしてきたことを知っていたんですよね?」
「それは、まあ……」
「金と権力を使ってまで、息子の好きなようにさせていたのは、単に甘やかしていただけのことですか? それとも伯父さん自身も桜子を息子の相手にほしいと思ったからですか?」
「それは……両方だと思う」
「藍田家に興味があっただけではないですよね? 桜子のお母さんを忘れられなかったからですか?」
圭介の問いに、杜村は言葉を失ったように口を閉ざし、それから話し始めた。
「あの人のことはあきらめて、忘れるつもりだった。あの人は自分の代わりにいつか娘を嫁にやると言っていたけれど、私はただの断り文句としか取っていなかった。どちらかといえば、将来のことを考えて、神泉家とのつながりを強くする方が大事だと思っていた」
「それで、妃那との婚約話が出てきたと」
「しかし、貴頼がどうしても納得しなくてね。桜子さんが相手でなければイヤだと。それを聞いた時、私も運命的なものを感じてしまったんだ。だから、桜子さんに振り向いてもらえなくても、しがみつく息子を見て、応援したくなった。息子には私と同じ後悔はさせたくなかったんだ」
「後悔したんですか?」
「何度もした。どうしてあの時、手放してしまったんだろうと。あの人が音弥の隣で笑っているのを見るたびに嫉妬して、手に入れるはずだった幸せを夢見てしまった。結局、忘れようとしても忘れられないのに、ムダなことをしてしまったと思った」
「お気持ち、想像できます。伯父さんはそういう気持ちを隠して、何でもないフリをして、桜子やその両親の前に立ってきたんですよね。それは苦しいことだと思います。貴頼がどうしても桜子でなければイヤだと思った気持ちもわかります。ただ、あなたたちは桜子を手に入れるための手段を間違えてしまったんです」
「間違い?」
「貴頼は桜子に近づく男たちを徹底的に排除しようとした。それは一つの手段です。確かにそのやり方でも、桜子を手に入れることはできるかもしれません。桜子のお父さんも『間違いではない』と言っていました。
けど、それは当事者の男ばかりでなく、その家族も巻き込んで、人生を無理やり変える方法です。残念ながら、桜子が認めない方法です。
たとえその方法で桜子を手に入れられたとしても、物理的な意味にしかなりません。桜子は子供の頃のように貴頼をやさしく甘やかしたりしないでしょうし、伯父さんが期待していた笑顔も与えてくれないでしょう。あなたたちはそれでも満足かもしれませんが、桜子にとっては不幸でしかない人生です。
そんな未来が見えている相手との結婚にあらがうのは、当然の結果じゃないですか。だから、手段を間違えたと言ったんです」
「それで、君が選んだ手段は?」
「おれはただ桜子のそばにいたくて、いただけです。城主の信頼を勝ち得て、油断したところを狙う。はたから見れば、裏切り者ですね。
貴頼に『何もしないで横からさらっていった』って言われて、カチンと来ましたけど、考えてみれば、確かにおれ自身が具体的に何かをしたことはなかったかもしれません。ここまで来るのにいろいろありましたけど、ほかの人に助けられてばかりでしたし。
もっともおれには金も権力もなかったから、それしか方法がなかっただけのことで、それが『正解』だったというのも結果論でしかないですけど」
圭介が言葉を切って息をつくと、杜村はため息をつくようにかすかに笑った。
「君はけっこうしたたかだよね」
「裏切り者だからですか?」
「いや。私はここに来るまで、君を子供だと侮っていた。てっきり貴頼のしたことに感情的になって、正義感を振りかざしてなじってくるかと。そういう子供相手なら、こっちが下手に出て、詫びて機嫌を取るだけでいい。君のことをそんな風に思っていたから、意外だったんだ」
「まあ、それはなんとなくわかっていましたから。言葉と金で全部終わりにするつもりなんだろうなって」
「それでは終わりにするつもりはないと」
「問題は『貴頼がおれを刺したこと』じゃないですからね」
杜村はふっと笑った。
「なるほど。だから、君はそこに至った経緯の方を聞いてきたわけだ。そして、間違いを淡々と指摘した」
「普通のことじゃないですか? それをしたたかだとは思いませんけど」
「そう言ったのは、君が私を『伯父さん』と始めに呼んだことだよ。他人行儀に『杜村さん』とか『先生』などと呼ばれていたら、私は君の質問には答えなかっただろう。これは甥っ子が伯父さんの昔の話を聞いているだけなのだと思わせた。だから、私も正直に答えるしかなかった」
「それは偶然ですよ」
「自然にやっていたなら、なお怖いな」
「けど、おれがしたたかっていうのは正しいです」
「おや、認めるのか?」
「はい。貴頼のしてきたことについて、おれも怒っていないわけじゃありません。身近に傷ついた人もいます。桜子も『呪い』のせいで苦しい思いをしてきました。けど、腹立たしい思いはあるものの、恨み言を言うのはそれぞれだと思ってます。
だから、おれは自分が刺されたことに関してのみ、貴頼に代わって伯父さんに代償を要求します」
「何が欲しい?」
「あなたの権力です。おれはいずれ藍田の後継者になります。大物政治家で、伯父であるあなたの力は将来、おれの助けになることでしょう。その時のためのものです」
「貸しにしておくということか?」
「そういうことです。もしもの場合に伯父さんの力が借りられるとわかっていれば、まあ、刺されたことくらい安いものです。死んでいたら、呪い殺しているところでしたけど」
「なるほど。それはずいぶんしたたかな企みだ。私の権力がほしいとは」
「けど、悪い話ではないでしょう? 血はつながっていないですけど、親戚なのは確かですし。おれ、何にもないんで、売れるうちに恩を売っておきたいんですよ」
「本当にそれで今回の件は収めるというのか?」
「はい。貴頼に謝罪も求めません。貴頼をこれからどうするのかは、伯父さんが親として決めることです。うちのジイさんが何か言ってきたら、伯父さんと二人で決めてもらって結構です。
あ、ついでといっては何ですけど、帰る前におれの母親の恨み言、聞いていってください」
杜村が「わかった」とうなずくのを見て、圭介は息をついた。
「結局の敗因は、貴頼が君を桜子さんに近づけたことだったんだな」
「どうでしょう。ただ、おれ、それだけは貴頼に感謝しているんですよ。本人にも言いましたけど。おかげで桜子と出会えたんですから」
「だろうね。あれもバカなことをした。神泉会長に気に入られ、藍田音弥にも認められるような男を選んでしまったのが、そもそもの間違いだった」
話はそこで終わりとなり、杜村は「失礼するよ」と去っていった。
頃合いを見計らったかのように、桜子が花瓶を手に病室に入ってくる。
「話はできた?」
「できた。母ちゃんは杜村さんと?」
「うん。話をしようって言われて、どこかに行ったよ」
「そっか」
「杜村のおじ様、あたしにも謝ってきたよ。いろいろ申し訳ないことをしたって」
「許せた?」
「謝られたからって許せることじゃないから、まずヨリには反省してもらうように言っておいた」
「あいつも父親の言うことなら聞けるんじゃないかな」
「だといいけどー。圭介はどうしたの?」
「貴頼に二度とバカなマネをさせないように、伯父さんを説き伏せたって感じかな」
「それで気がすんだ?」
「おう。伯父さんが理解してくれれば、二度と貴頼に金を渡したりしないだろ? 金も権力もなかったら、あいつはただのガキなんだから、何もできない。いい方法だろ? 将を射んとする者はまず馬を射よ、というやつだ」
「圭介、何気に頭いいよねー」
桜子にキラキラとした目を向けられ、思わずてれてれと顔を崩してしまった。
「おまえに褒められると、かなりうれしいぞ」
「そう?」
「ほら、将来の見込みあるって言われてるみたいじゃん」
圭介の言葉に桜子は笑った。
「杜村のおじ様も言ってたよ。圭介は将来大物になるって。選んだあたしの目に狂いはないって」
「そんなこと言ってた?」
「うん。息子じゃダメだった理由、わかってもらえれば、話は早いね」
「おれが大物になるかどうかは別としてな。まだ頑張ってる途中なんだから」
「だから、あたしも応援してる」
笑顔を交わして、それからキスをした。
午後になって、薫子や祖母が見舞いにやってきて、広い特別室でも中はにぎやかになった。特に女ばかりなので、茶を飲んで、わいわいと話が盛り上がる。
母親も杜村に言いたいことを言えたのか、すっきりした顔をしていた。
***
二週間後――。
予定通り、圭介は退院となった。
傷も完治し、どうやら保険適用外の高価な薬を使ったおかげか、傷跡も思ったより目立たない。
その夜は『退院おめでとうパーティ』ということで、神泉家の食堂には家族が全員集まり、大皿料理がテーブルに並んだ。
妃那が企画したらしく、神泉家では初めてみんなで分け合う食事。
「家族の食事というのはこういうものなのでしょう?」と――。
その内容もチャーハンや肉じゃがといった、圭介もよく知る家庭料理。
フレンチ専門のシェフが再び修行に出されていたのは、もちろん聞くまでもない話だった。
次回、圭介が音弥に呼び出されます。
さて、これからどうやってテッペンを目指していくのか。
完結直前、二話同時アップ、お楽しみに!
続きが気になると思っていただけたら、ぜひブックマークで。
感想、評価★★★★★などいただけるとうれしいです↓
今後の執筆の励みにさせてくださいm(__)m




