11話 すべてが始まる昔話?
本日(2023/06/16)は、二話投稿します。
翌朝、朝食の途中で桜子はやってきた。
「あ、ごめん。まだ食べてる途中だったんだね」
「いいよ。もう終わるし」
「今日はもうお粥?」
「昨日の重湯よりマシだけど……。病院食、恐ろしくまずい」
「だよねー。しかも少ない。足りないから、あたし、おにぎりとか食べてたよ」
「おまえの場合は太りたかったからいいけど、おれ、寝たきりで食っちゃ寝してたら、マジでデブる」
「あたしも太りたかったわけじゃないんだけど? もとに戻したかっただけで」と、桜子の眉が上がる。
「おっと、言葉を間違えた。それにしても、せっかく筋肉ついてきたのに、またやり直しだよ……」
トホホと、圭介は嘆いた。
「まあまあ、そっちは焦らず、元気になってからで」
圭介はさっさと食事を終え、食器を片付けてもらった。その頃には母親もやってくる。
「おはよう、圭介。元気にしてた? あら、桜子さん、早いわね」
「ちょっと早すぎちゃったみたいで。今、朝食がすんだところなのよね」
「うん。母ちゃん、昨日は怒鳴り込みに行ってきたのか?」
母親はイスに座りながら、ぶうっと口を尖らせる。
「恥ずかしい顔やめろよ……」
「あら、かわいいって、よく言われたのよ」
「じゃあ、言い換える。いい歳して、恥ずかしい顔やめろよ」
「圭介ー!」
「で、その顔は行かなかったってこと?」
「姉さんのところには行ったわよ。けど、さすがのわたしも怒鳴り込めなかったわ」
やれやれと言ったように母親は肩をすくめる。
「伯母さん、参ってた?」
「ボロボロ。で、わたしの顔を見たとたん、泣き出しちゃってさあ。まあ、相談できる人もいなかっただろうし」
「杜村氏は?」
「ああ、そっちが一番問題だったのかも……」
憂鬱そうな表情になる母親を見て、圭介も察しがついた。
「やっぱり夫婦仲、よくなかった?」
「知ってたの?」
「なんとなく。初めて貴頼に会った時、あんまり家族の話をしたがらなかったから、そうなのかなって。それに杜村氏、桜子のお母さんのことが好きだったって聞いたし」
「なんかね、今回のことはその辺りのことが、そもそもの発端のような気がするのよね」
「昔の恋愛が?」
「あんたには詳しく話をしたことはなかったわね。姉さんは杜村さんのことがずっと好きだったの。で、やっと婚約かって時に、華さんとの婚約話が持ち上がって、姉さんがヒステリーを起こして大変だったのよ」
「あたしはそれ、母から聞きました」と、桜子がうなずいた。
「え、マジで? おれ、知らないぞ。結婚の時にもめた、みたいな話は伯父さんからチラッと聞いたけど」
「こんな昔の話、あんたに関係ないと思ってたんだもん」
あっけらかんと言ってのける母親に、「それで?」と続きを促した。
「藍田家の方でどういう話になっているのかはわからないけど、うちの方では藍田家の長女が出てきてしまっては、姉の出る幕はないって、父があっさり婚約を取り下げたのよ。姉はもちろん簡単には納得できなかったわけなんだけど、父に対して何も言えない人でね。そういう不満がたまって、わたしや兄や使用人に当たり散らして、一時は大騒ぎだったの。
わたしも父のやり方には反対だったから、食ってかかったわ。姉の気持ちを知っていて、どうして藍田家に遠慮するんだって。そこまでして会社の保身が大事かって。華さんにも身を引いてくれるように頼んだけど、あの泥棒猫――おっと失礼、いけしゃあしゃあと『杜村さんの方がわたしを好きになってしまったから仕方ない』って涼しい顔で言うのよ」
「母ちゃん、言葉が……」
「それ、胸倉つかんだ件ですね……」
母親はコホンと咳ばらいをして先を続けた。
「家の中は片付けても片付けても荒れ放題。そうしたら、少しして杜村さんと華さんの婚約が突然破談になったのよ。姉は大はしゃぎで喜んでいたけど、わたしは嵐が去った後みたいな家の中を見回して、唖然としたわ。何だったのかって。その時に、『ああ、こんな家、もうヤダ』って、家を出ることを決めたんだけど」
「で、婚約がなくなったから、改めて伯母さんとの婚約話が戻ってきたと」
「そう。わたしはもうその頃には家にいなかったけど、風の便りに結婚したって話を聞いて、まあ、よかったなと思っていたわけ。
けど、昨日、姉がボロボロ泣きながら話したことによると、結婚はしたものの、杜村さんは華さんを忘れられなくて、ちっとも愛してもらえなかったんだって。
それで、わたしもようやく父のことを誤解していたことに気づけたのよ。父は最初から知っていたんだって。藍田の娘と出会った男がどうなってしまうか。自分がそうだったから、さっさと婚約を取り下げることにしたんだって」
「パーティで杜村氏に会った時、桜子を通して、お母さんを見ていることに気づいたよ。今でも忘れていないんだなって」
圭介の言葉に、桜子もうなずく。
「あたしもそれ、気づいてた。嫁にほしいって言ってたのも、冗談じゃなかったと思う」
「母ちゃん、ちゃんとジイさんに謝ったのか? 誤解していて、ごめんなさいって」
「……そのうち」と、母親はもごもごと口ごもる。
「絶対だからな。ジイさん、きっと傷ついたと思うぞ。娘のためを思ってしたことだったのに、母ちゃんに責められて」
「わかってるわよ! ていうか、お父さんも言葉足りなさすぎなのよ!」
「そこで逆ギレしないでくれ。けど、今はもうわかってるから、大丈夫だろ?」
母親はしぶしぶのようにうなずいてから、話を続けた。
「とにかく、姉の方は必要な跡継ぎの息子を産んだら、夫婦仲もそれっきりになってしまったんだって。表向きは代議士の妻として、仲良くしているようにふるまわなければならなかったから、余計につらかったって。そんな姉に残されてたのは、息子だけ。その息子を溺愛して、一生懸命育てることが生きがいになったって言ってた」
「で、そんな息子が藍田家の桜子を好きになっちゃったりして、反対しなかったのか? ある意味、恨んでたんじゃないか?」
「だから、姉は桜子さんとは遊ばせないようにしていたし、それから先も貴頼くんのしていたことを知らなかったんだって。だから、パーティの席で突然あんなことになって、理解ができないって泣いてた。だから、わたしがあんたたちに聞いた話をしてやったんだけど、ショックのあまり口も聞けない様子だったわ」
「なあ、それってつまり、父親の方が息子に協力していたってことだよな? でなけりゃ、金を動かしたりできないだろうし」
「姉もきっとそうだろうって言ってたわ。華さんを忘れられない杜村さんが、せめて華さんにそっくりな嫁が欲しかった。息子が桜子さんに夢中だったから、余計に手を貸してやったんだろうって」
「母ちゃんの言った通り、その辺りがすべての始まりだったのか」
圭介はそう思ったが、桜子は納得がいかないといった顔で、眉根を寄せている。
「けど、杜村さんだって、そこまで母のことを好きだったなら、あきらめる必要なんてなかったのに。婚約してたんだから、そのまま突っ切ることもできたんだよ。なのに、自分から身を引いたりして。カッコつけてるだけじゃない。結果、家族を不幸にしたんだよ?」
「けど、それができなかったことは、おまえでもわかるんじゃない? 王太子と婚約しても、結局、好きな相手でなかったら、結婚まではたどり着けない。たどり着かせない。お母さんもそういう人だってわかっていたから、杜村氏は余計な騒ぎを起こす前に身を引いたんじゃないか?」
「そういうことなの? あたしと同じことをお母さんもするところだったのかなあ」
桜子は感慨深いげにほうっと息をついた。
「ねえねえ、圭介。杜村さんが今日、来るんでしょ?」と、母親が聞いてくる。
「うん。ジイさんに聞かれたから、会うことにした」
「せっかくだから、わたしが怒鳴りつけちゃダメなの?」
「ええー……」
「圭介は何か話したいことがあるの? 謝罪してもらうためだけじゃないんでしょ?」
桜子が聞いてくる。
「まだわかんないけど、相手の出方次第。おれ、なんだかんだいって、あんまり知らない人じゃん。テレビとかで見る政治家だし、パーティでも一度あいさつしただけだし。まずは話してみたいな、と。
まあ、母ちゃんが個人的に怒鳴りつけたいことがあるなら、おれにはかまわずにどうぞ、だけど」
そんなことを話しているうちに、当の本人が花束を手にやってきた。
次話、このまま貴頼の父親と対面になります。
お時間ありましたら、続けてどうぞ!




