4話 取り扱い注意だった
本日(2023/06/02)、二話目になります。
前話からの続きの場面です。
百人からの親族が集まってのパーティとなると、端からあいさつをして歩くだけでも時間がかかる。
毎度毎度、相手方に言われるのは『何代続く分家です』。
それを聞くだけでも、旧家が多いというのはわかる。
子供連れで来ている家族は、なかば見合いの様相。
神泉家の分家として認められるには、子供の代も親族から相手を選ばなければならないので、こういう場は婚約者を見つけるいいチャンスなのだろう。
実際、圭介とたいして歳の変わらない少年でも、すでに婚約者がいるという人がかなりいた。
(集団見合いって、やっぱり変な宗教にしか思えないけどな……)
ひと通りのあいさつを終え、食事のテーブルに行った時には、圭介のお腹はぐうぐう鳴っていた。
立食パーティ式で、正月のお節料理の大きな重箱がいくつも並んでいる。
「すごい豪華ね。見た目もきれい」
桜子が目をきらめかせて料理を眺めているところを見ると、彼女もお腹がすいていたらしい。
「さ、人につかまらないうちに食おう」
「うん!」
端からお節料理を味見し、配られるお雑煮、デザートと、食べるものはまだまだたくさん残っていた。
その一時間後――。
「う、苦しい。着物なのに食べ過ぎた」と、桜子は帯のあたりをさすっている。
「おれも腹のあたりが圧迫されて、消化悪そう……」
「ちょっとお手洗いに行って、ついでに帯を緩めてくるね」
「おう。じゃあ、この辺りで待ってる」
桜子を見送っていると、ふと視線を感じて振り返った。
そこにいたのは、紋付き袴姿の貴頼だった。桜子と付き合うようになって以来なので、ずいぶん長いこと会っていない。
そのにらむような眼差しに、声をかけるのもためらわせる。表情はどこか荒んでいて、苦しそうに見えた。
無視するのもどうかと思ったので、圭介の方から「久しぶり」と声をかけた。
「妃那さんと婚約したんじゃなかったんですか?」
貴頼はあいさつもなしに聞いてくる。
「まあ、そういう話もあったけどな。やっとジイさんたちにも認められたとこ」
ここまで来るのに長かったような、短かったような。いろいろなことがこの数カ月の間に起きたのは間違いなかった。
(結果よければ、すべてよしってことで)
今となっては大変な思いをしたことも、いい思い出になっている気がする。
「本当に彼女と結婚する気なんですか?」
「今すぐってわけじゃないけど。おまえには感謝してるよ。おまえのおかげで桜子と出会えた」
この貴頼が桜子の監視役の仕事を依頼して来なければ、何も始まることはなかった。
圭介としては心からの感謝だったのだが、皮肉と取られたのか、貴頼はカッとしたように頬を染めた。
「なにそれ? 僕のおかげだって言うくらいなら、彼女を譲ってよ。僕がどれだけ彼女だけを想ってきたか! 彼女を得るためにどれだけ頑張ったか! あなたなんか、途中から入ってきて、何もしないで横からさらっていっただけじゃないか!」
「何もしないで?」
さすがの圭介も貴頼の言い草にはむっとしてしまう。
「今頃、貧乏くさい家に住んで、普通の高校に行っているはずのあなたが、青蘭に通えるようにしたのは僕だ! 神泉の名前をもらえたのだって、僕がそう計らったからじゃないか! 何もなかったあなたには充分すぎるだろ。彼女までほしいなんて、図々しいにもほどがある」
「落ち着け。声を落とせ」
周りの人たちがこちらにちらちらと視線を向けている。
「なんだよ、大人ぶって。どうせ僕は背も伸びないし、中身は子供だし、あの人に相手にされてないよ。でも、頑張ってる。いつか振り向いてくれる日が来るって信じて頑張っているんだ。だから、今、彼女を渡すわけにはいかない!」
「おまえ、そんな理由で相手にされてないと思ってたのか? 違うだろ。おまえが彼女を手に入れるために、いったい何をしてきた? 金と権力で言い寄る男を排除して、結果、亡くなった人もいる」
「そんなの僕のせいじゃない」
「確かにおまえは手を下してないかもしれない。けど、そういう男を桜子が好きになると思うか? おまえが相手にされない理由が、そういうことを考えつくこと自体だって思わないのか?」
「なら、他に何ができたって言うんだ!?」
「それはおれにもわからん。けど、少なくとも桜子のことがちゃんとわかっていれば、おまえの取った手段が間違いだってことはわかるんじゃないか? 桜子のことを理解していないから、平気で人を陥れることができた。桜子はそういう人間を好きになったりしない」
「僕の何が彼女を理解していないって? 小さい頃からずっと一緒にいて、ずっと見てきた僕より、あなたの方がわかってるって言いたいのか?」
「少なくとも、おまえよりはわかっていると思うよ。おまえ、頑張っているって言うけど、その方向性がすでに違うだろ。だいたい、背の小さい大きい程度のどうでもいいことで、桜子は人を選んだりしない。そんなことすら気づいていないって証拠じゃねえか」
「僕はあなたが彼女の理想の相手だとは認めていない。将来的に彼女があなたを見限る可能性はゼロとは思わない」
「……まあ、それはおれも否定しないけどさあ。けど、ほかの男はともかく、おまえはすでに失敗してるじゃん」
「何が?」と、貴頼は怪訝そうに眉をひそめる。
「おれの排除に妃那を使ったこと。あいつも桜子を排除するためなら、手段を選ばなかった。おれを排除するのと同時に、おまえも桜子を失う悪手だったんだよ」
「でも、結果的に破談になった。僕にはまだチャンスが残されているってことだろ?」
「そりゃ、結果はそうだけど。ただ、おまえ、桜子に王太子妃の話が出た時、何をしてた? 放っておけば、破談になるとでも思ってたのか? 王太子が相手じゃ、自分には勝ち目がないって、あきらめたんじゃないのか?」
「それは……!」
図星だったのか、貴頼からの反論は続かなかった。
「それで、いざ破談になったら、ノコノコ自己アピールしてくるって、ずいぶん調子が良すぎないか? せっかく金と権力を持っているなら、あの時、何が何でも婚約を阻止するために使うべきだったな。頑張りどころが違うだろ」
「……何を偉そうに! これから挽回できないわけじゃない!」
にらみつけてくる貴頼を見て、圭介は小さくため息をついた。
(これは言葉でどうこうできる相手じゃないな……)
「じゃあ、まあ、頑張ってくれ。幸いおれも前とは違って、おまえが何を仕掛けてこようと、立ち向かえる力は多少なりともあるし。負ける気はねえけど」
「じゃあな」と身をひるがえした時、背後からどんっと突き飛ばされたような衝撃が走った。
「これが一番簡単だったんだ。あなたがいなければいいだけの話だったんだ」
貴頼の声が耳元で聞こえる。顔を肩口に向けると、貴頼の顔が思ったより近くに見えた。
(……ヤバ。おれ、扱いを間違えたかも……)
直後、激しい痛みが全身を駆け抜けて、その場に膝をついた。そのまま身体を支えることもできずに床に転がるしかない。恐る恐る腰に手を伸ばすと、何か固いものが触れた。
(マジで刺されてるし……)
誰かが悲鳴を上げるのが聞こえる。
幸せ絶頂の時ほど、悪いことは起こるらしい。
(『来年の初夢は、桜子と一緒に見る』なんて、先延ばしにしなけりゃよかった……)
今夜は家族公認で桜子のお泊りが許されていたというのに、どう考えても決行不可能。せっかくの桜子の着物からのぞく色っぽいうなじもお預けだ。
激しい後悔とともに、圭介は意識が遠のくのを感じた。
次回、この続きの場面になります。
あまりシリアスになり過ぎない予定で……二話同時アップ、お楽しみに!
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