2話 新年のあいさつは……
本日(2023/05/30)、二話目になります。
智之の呼びかけで、そこにいた全員が手にしていたグラスを置き、壇までの道をはさんで向かい合った。
「あ、おれ、行かなくちゃ」
「うん、後でね」
圭介は人ごみをかき分け、壇の横にいる母親の隣に立った。そこから見える景色に、正直驚いてしまう。
何かの儀式かと思われるほど、全員が整列して花道をはさんでまっすぐ前を向いている。
「当主入場の声がかかったら叩頭。お父さんの指示があるまで頭を上げてはダメよ」
「……わかった」
(……ほんとに儀式なのかよ。ていうか、桜子に説明しなかったんだけど)
桜子を探してみたのだが、人ごみに隠れて簡単には見つけられなかった。
(ごめんよー)
そして、「当主入場、全員叩頭」の合図に全員がそろって頭を下げた。
あまりにそろいすぎて、「ざっ」という衣擦れの音が聞こえたくらいだ。
(とりあえず頭を下げるのはわかったか)
しんと静まり返る中、こつんこつんと杖を突く音と静かな草履を引きずる音だけが聞こえてくる。漂う緊張感が半端ではない。
(神様登場?)
長い沈黙の中、源蔵がようやくゆっくりとした歩みで壇に上がる気配がした。
「皆の者、面を」
源蔵の声に全員が頭を上げ、回れ右をする勢いで壇に向き直った。
「今年は二つの朗報を皆に伝えよう。皆もすでに耳にしておるだろうが、百年ぶりに我が一族に『知る者』が降臨された。一族の繁栄を約束する者、これからの神泉家にとってなくてはならない存在となる。妃那、皆にごあいさつを」
妃那が壇上に進み出ると、合図もなく再び叩頭された。圭介もあわてて頭を下げる。
「皆さま、面を」
妃那は静かな落ち着いた声で言った。そして、全員が顔を上げたところで、妃那のあいさつは始まった。
「皆さま、わたくしは長きにわたり闇の中で過ごしておりました。その闇の果て、一筋の光と共に初代久須児様が現れ、わたくしにこう仰せになりました。一族を繁栄に導けと。そのための叡と知を授けようと。
そして、わたくしは目覚めました。これからの皆様のご多幸と繁栄をこのわたくしが『知る者』としてお約束いたしましょう。今年もよい年になりますように」
妃那の神懸った声は緊張と震えを走らせる。圭介も初めて聞いた時に感じたが、人を夢見心地にする力がある。
妃那という人間を知っている圭介でさえこうなのだ。初めて『知る者』を見た一族は、どれだけ衝撃を受けていることだろう。それこそ、現人神の登場だ。
妃那が壇上から去っても、しんと静まり返っていた。時折、誰かがごくりと息を飲む声が聞こえる。
(いやいやいや、ダマされるな。『知る者』は確かだけど、あれは演技だぞ)
前回の時もあっさり認めてくれた。『ウソ』だと。それでも、雰囲気に飲まれてしまう。そんな存在感だった。
ようやく源蔵が言葉をとって、場はわずかに落ち着いた。
「妃那はまだ目覚めたばかり。今はこの世を知り、人を知り、心を知るために普通の生活をすることを望んでおる。だから、『知る者』として本当の力を発揮するのは、少々後のことになるだろう。しかし、案ずるでない。『知る者』としてお約束していただいた今、必ずやその日は来る」
(訳すと、精神年齢三歳だから、学校に通わせて常識を身につけさせてるってことだよな?)
源蔵に言われると、なんだかすごいことのように聞こえてしまうが、要はそういうことなのだ。
「それから、皆にもう一人のわしの孫を紹介しよう」
圭介はびくりとした。このタイミングで紹介されたら、妃那の伴侶ということになってしまう。
圭介がためらっていると、隣の母親にばしっと腰を叩かれた。早く行きなさい、と目が言っている。
圭介はしぶしぶ壇上の源蔵の隣に行ったが、余計なことを言ったら、場に関係なく怒鳴ってやる覚悟だった。
が、思い返してみても、大勢の前に立ったのは卒業証書授与の時のみ。その時でさえ緊張したというのに、ここにいる全員から注目され、目の前が真っ白になってしまった。
「わしの次女、百合子の息子の圭介だ。昨年夏、二人が神泉家に加わったことを知っている者もあるだろう。此度、圭介は藍田家ご長女の桜子嬢と婚約を交わすことに相成った」
(え?)
圭介は思わず源蔵を見ようとしたが、人の目にさらされたせいで、首を動かすこともできなかった。場がざわめくのが聞こえてくる。
「二人とも若干十六ゆえ、結婚は先のこととなるが、これからの藍田家との親密な関係は約束されたことであり、それはまた一族の繁栄とつながることであろう。
皆の者、今は口を閉ざし、静かに見守ってやってほしい。ただこの朗報を一族の皆には真っ先に伝えたかった。後程、圭介には桜子嬢とあいさつに回らせよう」
圭介が呆然としていると、隣の源蔵から咳払いが聞こえる。ちらりと見ると、下がれと言っているようだった。
圭介はぴしっと背を伸ばし、転ばないようにゆっくりと壇から降りた。
母親の隣に戻ると、やはりばしっと腰を叩かれる。振り向くと母親は『やったね』というように親指を立てて、にっと笑っていた。
圭介も初めて実感がわいて、笑顔を浮かべられた。
「では、この二つの朗報を新年のあいさつとさせてもらおう。皆に健勝あれ」
源蔵はその言葉を最後に壇を下りた。
「では、皆さま、乾杯とさせていただきます。お手にグラスを」
智之の言葉にようやく場は解かれ、使用人たちが人の間を縫って、飲み物を配り始める。そのタイミングで、圭介は桜子を探しに行った。
うれしくて気がはやる。思わず駆けだしそうだった。
一族の前で婚約発表となったところで、次回もこの場面が続きます。
二話同時アップ、お楽しみに!
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