3話 カノジョを部屋に連れ込んだのに……
本日(2023/05/12)は、二話投稿します。
圭介視点です。
帰り道、さすがの神泉家の車も4人ではぎりぎりだった。
圭介が助手席に座って、女子三人が後部座席に座っている。
「なあ、彬、一人で帰すことになってよかったのか?」
圭介が後ろを振り返って桜子に聞くと、「うん」とうなずく。
「今日は一人で帰るって」
妃那のことがなければ、誘う分には何の問題もなかったのだが。
さすがに智之の前に姿をさらす勇気はないだろう。
親に認められたといっても、正確には『恋人同士』ではないのだから。
(でもなあ、やっぱ恋人同士にかなり近いものがあると思うんだけど……)
少なくとも妃那は自分が圭介と結婚したら、彬が不幸になると思っている。
それくらいなら、結婚などしない方がいいのかもしれないと迷いが生じている。
その時点で、いかに彬を大事に思っているのかわかってしまう。
誰かのためにあきらめられるような恋は、恋とは言わない。
(もっとも彬の方がどう考えているのかはわからないけど)
「ねえねえ、桜ちゃん。覚えてる?」と、薫子が声をかける。
「何が?」
「入院中、毎日花を持ってきてくれた人」
「もちろん覚えているよ。途中から来なくなっちゃったけど。年配の男性だったんでしょ?」
「うん、そう。で、誰かわかっちゃった」
「え、ほんと?」
「ほら、そこにいる人」
「……て、運転手さんよね。やっぱり圭介だったの!?」
「え、やっぱりって、気づいていたのか?」
桜子が退院してずいぶんたつので、そんなことがあったのもすっかり忘れていた。
面会に行けるようになるまでは毎日持っていったのだが、その後は退院の日に花束を渡しただけだ。
「そんなことするの、圭介くらいだなって思って、薫子に確認しに行ってもらったんだけど。違うっていうから、ああ、残念って感じだったの」
「でも、そのおかげで桜ちゃん、ずうっとダンマリだったのに、いきなりしゃべったんだよ。やっぱり、ダーリンは桜ちゃんの王子様だったんだね。あのおかげで目が覚めちゃったんだもん」
「薫子ってば……」と、桜子が苦笑している。
「ねえ、圭介。わたし、余計なことはしないように言ったはずだけれど? 結局、余計なことをしていたんじゃない」と、妃那の目が吊り上がっている。
「いやあ、どうしても居ても立ってもいられなくて。だから、あれくらいならバレないかと……」
「ほとんどバレていたんじゃない。だから、圭介が絡むと計画が失敗するのね」
妃那は完全におカンムリだった。
「……なあ、それって、もしかして、おまえがおれの性格をカン違いしているからじゃないのか?」
妃那は思ってもみなかったことを言われたというように目を見開いた。
「それは盲点だったわ。もう一度一から確認しなければ」
「いや、まあ、今んとこ、変な計画立ててるわけじゃないんだろ?」
「今はないわ。けれど、これからのための情報は蓄積しておかないといけないのよ」
「あ、そう……。なんか計画立てるなら、ちゃんと彬に相談してからにしろよ」
「わかったわ」
よし、とうなずいて、圭介は前を向いた。
家に着いて、妃那と薫子はさっそく2階へ駆けあがっていく。
圭介はお茶を頼んでから、桜子を自分の部屋に案内した。
「なんだか、ホテルの部屋みたい。下手なホテルより高級じゃない?」
桜子がぐるりと部屋を見回して、そんな感想を述べた。
「おれもこの部屋に初めて入った時、そう思った」
「でも、あんまり圭介の部屋って感じがしないね」
「そう?」
「前に住んでいたアパート、マンガとか雑誌とかいっぱいあって、ごちゃっとしてて、いかにも男の子の部屋って感じだったから」
桜子はいたずらっぽく笑って言う。
「片付け得意じゃないんだよ。ほら、ここは毎日掃除入るし、片付けてくれるし、ここまで広いと置く場所もいくらでもあるし」
「なんだか不思議。圭介は変わらないのに、周りの風景だけ変わってる」
「……それ、合成写真みたいとか、今思ってない?」
桜子はぷっと笑った。
「思ってない、思ってない」
「いや、絶対思ってるだろ!」
窓際のテーブルにつくと、しばらくしてドアがノックされ、雪乃がお茶とケーキを運んできてくれた。
「圭介って、毎日こんなおやつ食べてるの?」
「普段は食べないな。お客さんが来たから頼んでみただけ。よかったら食べて」
「おいしそう。チョコレートケーキかな。いただきまーす」
桜子は甘いものが好きらしい。おいしそうな顔でケーキを食べていく。
「部屋に呼んどいて今さら何なんだけど、おれ、女友達って家に呼んだことなくてさ。普通何するんだ?」
「何するって……」と、桜子は赤い顔をする。
その視線がちらっちらっとベッドの方に向けられるので、圭介もつられて赤くなっていた。
(やべえ! おれ、そっちの可能性は全然考えてなかった……!)
付き合っているカノジョを部屋に連れ込んで、どうしてその先を考えなかったのか。
クリスマスのお泊りデートがお流れになって悔しい思いをしたというのに、この放課後のことは頭の片隅にすら思い浮かばなかった。
健全な高校生男子かと、自分に突っ込みたくなる。
もっとも、薫子まで一緒に遊びに来ている環境で、下心を出せるほどこういう状況には慣れていない。
(健全な男子だからこそ、それなりの心の準備は必要ということで……。今日のメインはジイさんへの紹介なわけだし)
「変な意味で聞いたわけじゃないからな!」
「う、うん、もちろんわかってるよ! せっかくお茶出してもらったし、普通にお茶話でも! 圭介と二人きりになる時間って、意外と少ないんだから」
アハハ、と二人で乾いた笑いをかわし、しばらく黙々とお茶を飲みながらケーキを食べていた。
「ねえ、圭介」
桜子は落ち着きを取り戻したのか、普通の表情で声をかけてきた。
「ん?」
「考えてみると、妃那さんって怖いよね」
「どういうところが?」
「子供で素直すぎるから、人のいうことをすぐに聞いちゃうわけでしょ?」
「うん」
「もしも悪い人がいたら、妃那さんをそそのかして、あの人の底知れない能力を悪用することだってできるじゃない。それって、すごく怖いことだなって思って」
「確かに。おれもそこまで考えてなかったから、この間の内戦みたいなことが起こったわけだし。
とはいえ、おれだってあいつに人生教えてやれるほど、立派な人間じゃないからな。時々間違ったことを言ってるんじゃないかって怖くなる。扱いは気を付けなくちゃいけないとは思ってるんだけど」
「彬はそういうこと、ちゃんとわかっているのかな」
「んー、おれはあんまり心配してないけどな」
「そうなの?」
「だって、あいつ、真面目だし、素直だし、理性的に物事をちゃんと判断できる奴だろ? そういう奴は悪いことを考えたりしないと思うし、悪いことをしようとする人間は止めようとする。
これまで妃那が間違った方に行かずに済んだのは、彬のおかげだと思ってるよ」
「圭介は二人の関係をずっと知っていたの?」
「ずっとっていうか、妃那が出かけるようになって、しばらくしてからかな。おまえから彬にカノジョができたって聞いて、まさかなあと思ってカマかけたら、あっさり認めた。あいつ、ウソつかないから」
「知ってて見守っていたの?」
「そんな聞こえのいい話でもないよ。妃那はおれの手には正直余ってたし、おれでは何の救いにもなれないってわかってたから。彬の存在を都合がいいって思って任せてた。
彬がどういうつもりで妃那に付き合ってるのかはわからなかったけど、いい方向に行ってほしいって願ってた」
「うん。彬も本当に大好きなんだと思うよ。今朝も浮かれてたし、幸せ絶頂って顔してた。
あたし、あんな彬の顔を見たのは初めてだったわ」
「ほんと? 何気に心配はしてたんだけど。ほら、付き合いを認めてもらうにあたって、ゴタついて、傷ついたりしてたから」
「うん、その後も自分たちの関係があたしたちの邪魔になるんじゃないかって、心配したりしてたんだけど。どうやらそれもカン違いだったってわかって、すっきりさっぱり」
「よかった」
とにかく、二人が落ち着くところに落ち着いてほっとした。
パーティの後から妃那はご機嫌だったが、彬の方がどうしているのか、心配はしていた。
あそこまで落とされて、後悔にさいなまれて、そう簡単に気持ちが切り替えられるものなのかと。
桜子の目で『幸せそう』と見えるのなら、二人は順調なのだ。
そもそも彬は桜子を心配させたりしたくないはずなのだから。
「さて、そういうことなら、おれたちの方も頑張んないとな」
「が、頑張るって何を!?」
桜子が真っ赤な顔で、挙動不審になっている。
「え、だから、ジイさんに認めてもらわないと。もしかして、緊張してる?」
「え、ううん、緊張なんてしてないよ!」
「ならいいけど。ほら、ジイさんにいきなり会うことになっちゃったし、心の準備は大丈夫なのかと」
「あ、そ、そっち? うん、ほら、一度来ようとしていたわけだし、その時と何も変わらないから、ちゃんと覚悟できてるよ」
(もしかして、違うことを想像してた?)
桜子が何でもないフリをするのが、かわいくて仕方がない。
圭介は思わずぷぷっと笑ってしまった。
「え、何? からかって遊んでるの!?」
「からかってねえって」
桜子がこうして意識してくれることが素直にうれしい――どころか、ついつい顔が緩んでしまう。
(クリスマスのリベンジは、そう遠くないってことでいいんだよな?)
次話は桜子と薫子を交えての神泉家夕食の回。
源蔵は……?
よろしければ、続けてどうぞ!




