14話 プレゼントって、驚かせるものなの?
本日(2023/04/28)、二話目になります。
前話からの続きの場面です。
「さ、シャワー浴びましょ」
妃那はむっくりと起き上がり、ぼさぼさの髪を振り払いながらベッドを下りる。
「ちょっと待って」
彬はベッドの下に落ちているジーパンを拾い上げて、ポケットにはさんでいたものを外した。
クマの絵のついた髪を留めるクリップだ。
買い物に行った時についでに買っておいたもの。
別にクリスマスプレゼントにするつもりはなかったのだが、ちょうどいいから持ってきた。
「なにかしら?」
「髪留め。シャワー浴びる時にいっつも邪魔だから」
「そうだったの?」
「そうだよ。洗うのもとかすのも乾かすのも、僕なんだよ? 濡れたまま放っておくと、とかすの大変だし。最初の一回くらいは濡らさないでくれると助かると思って。一応、クリスマスプレゼント?」
「ああ、なるほど。うん」
妃那はそれを受け取って、開いたり閉じたりとしげしげと眺めている。
「……気に入らない? 子供っぽいとか? シャワー用だから、外でつけるものでもないし」
「いいえ。わたし、どういう構造か確かめるのが好きなの。
ところで、わたし、クリスマスプレゼントをもらったのが生まれて初めてなのよ。
記念すべき最初の一個。ありがとう、彬」
妃那がぱあっと無邪気な笑顔を浮かべるので、不覚にも照れてしまった。
「はい、じゃあ、貸して。留めてあげるから、後ろ向いて」
小さいころ、桜子の髪で遊ばせてもらったことがあるので、意外とこういうのは得意なのだ。
が、くせっけの桜子の髪と違って、妃那の髪は完全直毛。絹のように指の間を滑ってしまって、意外とまとまらない。
なんとか一つのお団子にしてクリップで止めた。おくれ毛が少し落ちているが、とりあえずシャワーには問題ない。
「はい、できた」
妃那は鏡の前で横を見たり、てっぺんをのぞいたりと、興味深げにきょろきょろしている。
「どっか変?」
「いいえ。わたし、髪をこうするのが初めてなのよ。似合うかしら?」
(似合うかって言われても……。女子って、シャワーに入る時の髪型も大切なの?)
妃那は顔立ちが整っているので、髪型を変えたところでなんら損なうものはない。
「普通に似合っていると思うけど。君は気に入らないの?」
「いいえ。なんだか雰囲気が変わって、西洋のお人形みたいで素敵だなと思って。ほら、わたし、市松人形みたいでしょう?」
「うん、まあ」
「けれど、市松人形というのは一部に人気があるだけで、家に飾ると気持ち悪いという人が多いの。
髪が生えてくるとか、怪談話でもよくあるものでしょう。
そういうものに似ていると言われても、面と向かって『気持ち悪い』と言われているようで、気分が悪いわ」
「ええー……。『お人形みたい』っていうのは美人の代名詞で、ほめ言葉でしょ」
「わたしは美人なの?」
「一般的に美人だと思うけど。自分では思わないの?」
「考えたこともないわ」
「へえ……。けどまあ、無表情だと本当に人形みたいだから、ある意味怖いよ。感情を表に出せれば、人形なんて言われなくなるんじゃないかな」
「なるほど」
「とりあえず、シャワー行かない? 裸でいつまでもウロウロしていても」
「そうね」
まだ考え込んでいる妃那を引きずって、シャワーを浴びた。
それから何度も妃那を抱き、うたた寝をし、腹が減ってデリバリーを頼んで夜食を食べて、また何度も抱いて、の繰り返しとなった。
明け方、「もう死ぬ」と倒れ込んだのは確か4時ごろだった。
ようやく寝たと思えば、アラームが鳴る。
泥のように眠い体は、その程度のアラームで目を覚まさせてくれない。
しかも、じきに止まってしまったので、彬は再び眠りに落ちる。
「彬、起きて! クリスマスの朝よ!」
遠くで元気な妃那の声が聞こえる。
「……死んでる」
「大丈夫、わたしがいるのだから、死んだりしないわ」
ばしばしと布団の上から叩かれる。
「……君に殺された」
(ああ、この人はどうしてこんなに元気なんだろう……)
「彬、寝ぼけているの?」
「んー」と、再び意識が遠のく。
が、無理やり腕を引っ張られて身体を起こされ、寝ぼけ眼をこすった。
「今、何時……?」
「5時。もうシャワーを浴びて帰る時間になるわ」
「え、もう……? ていうか、1時間しか寝てない……」
「起きて、彬、見て! あなたにプレゼントよ!」
そう言われて、ようやく起きる気になった。
「プレゼント……?」
開いた目の前で妃那がまぶしい笑顔を向けていた。
「じゃーん、これです」
妃那は手を広げて見せる。
「……もしかして、君がプレゼント? そのネタ、処女くらいしか使えないよ。残念だけど君じゃ――」
「もう、何を言っているの? 人間を贈るのは犯罪でしょう? わたし、そんなことはしないわ」
「……それ、何の犯罪?」
「そんなことはどうでもいいの。どう、これがわたしからのプレゼントよ」
ようやく目が覚めて辺りを見回してみると、部屋の壁にモールやリボンがかけられている。
「……もしかして、僕が寝ている間に飾りつけしたの?」
「そうよ。どう、気に入った?」
「うん……」
(で? 意味わかんないんだけど。ラブホの部屋にクリスマスデコレーションをして、何の意味があるの?)
「あまり気に入らなかったのかしら。もっと驚いてくれると思ったのに。残念だわ」
妃那はしょんぼりした顔をしている。
「……気に入るかどうかの前に、君の意図がわからないんだけど。これを僕にプレゼントしようと思った理由、みたいなもの」
「どんなプレゼントなら1番驚いてくれるか、いろいろ考えたのよ。でも、彬はよく驚くから、驚くものではなくて、使えるものにしたの」
「うん。君には驚かされてばっかだからね。けど、プレゼントは驚かせるのが目的じゃなくて、喜ばせるのが目的だから。
結果、ほしいものをもらうと『どうしてこれが欲しいってわかったの?』と驚く」
彬が淡々と説明すると、妃那は愕然としたように目を見開いた。
「それは知らなかったわ。てっきり目的は驚かせることかと」
「ともあれ、使えるものって? あのリボンを持って帰って何かするとか?」
「あれは飾りつけだと言ったでしょう。プレゼントにはリボンがついているものだから」
(……リボンがつけられてるのって、壁なんだけど。壁? それも使い道ないよな)
「わかった、なんかのなぞなぞ?」
「違うわ! これ! この部屋!」
妃那は苛立ったようにバシバシとベッドを両手で叩く。
「部屋って、この部屋?」
「そう。とっても使い道があるでしょう? これから彬のものよ」
「いやいやいや、もらってどうすんの!? ていうか、そもそもあげられるものじゃないよね!?」
「どうして? 毎回支払うのは面倒くさいから、あなたの名義で買ったのよ」
「この部屋、買ったの!? いくらで!?」
「プレゼントの値段を聞くのは無粋だわ」
妃那はぷうっと口をとがらせる。
(ちょっと待って。少し落ち着かないと、何を言っていいのかわからない。
僕、中学生だよね。ラブホの部屋の所有者になんてなっていいの? ていうか、部屋って買えるものなの?)
とはいえ、確かに使い道のあるプレゼントだ。
週に何度も来るから、大変使い道がある。
自分のものなら、妃那にホテル代を払ってもらう引け目もなくなる。
が、その『自分のもの』がプレゼントされたものでいいのか。
彬が呆然と考え込んでいると、目の前で妃那の手がひらひらと動いた。
「大丈夫? 驚きすぎた?」
彬がこくんとうなずくと、妃那はうれしそうに笑った。
「やったわ!」
「……もしかして、全部冗談だったとか?」
「まさか。さ、そろそろシャワーを浴びて帰らないと、お迎えに間に合わなくなるわ」
彬の思考は完全停止。このプレゼントについて、とりあえず考えることをやめた。
次回は藍田家での後日談になります。今回ばかりはほのぼのといかないかも?
二話同時アップ、お楽しみに!
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