4話 全部失ってしまいました
本日(2023/04/11)、二話目になります。
前話からの続きの場面です。
(もしかして、何か問題が発生したの? 計画は終わりって言ってたのに)
彬は心配になって、寄ってくる人はトイレに行ってくるとかわして、会場を抜け出した。
この時間、会場では食事がふるまわれ、半分以上の人が庭に出て、飲み物を飲んだり、子供と一緒にイルミネーションの写真を取ったりしている。
おかげで、玄関ホールには誰もいなかった。
そのままらせん階段を一気に駆け上がると、長い廊下に突き当たった。
(2階に来るようにって、ここ?)
人に見つからないようにと言われているのに、いつまでもこんなところに突っ立っていては、見つかってしまう。
キョロキョロ見回していると、廊下の途中のドアが少し開いていて、そこから妃那が顔を出して手招きをしていた。
彬はそのまま廊下を駆けて、妃那のところまで行くと、部屋の中にそのまま入れられた。
閉じる扉に押し付けられ、胸倉をつかまれて引っ張られると、妃那は唇を押し付けてきた。
背後で鍵のかかる音がする。
「……何、どうしたの?」
「ダメ。ガマンできない」
妃那は興奮したように目を潤ませて、再び唇を重ねて舌を絡めてくる。
「でも、パーティが……」
「そんなのどうでもいい。彬がほしいの。あんな目でずっとわたしを見つめてきて……」
「あんな目って……」
妃那は唇を押し付けながら彬を引っ張り、そのままベッドに誘う。
「怒った目。めちゃくちゃにされたくなるじゃない。まっすぐに立っているのもやっとなくらい。早く抱かれたくなって、気が狂いそうだったわ」
「あんな涼しい顔で立っていたのに……?」
「ガマンしたのよ。ガマンして、もう限界……。ドレス脱がせて」
先ほどまで繰り返されていた苛立ち、腹立ち、そして、妃那の言葉にかすかな安堵と歓びを感じる。
そんなめちゃくちゃな感情を吐き出したくて仕方がない。
どこまでも色気を漂わせる妃那に、否応なく性欲が掻き立てられていた。
全部全部出し尽くして、自分の中に荒れ狂う嵐が通り過ぎるのを待った。
大きく息を吐くと同時に、身体から力が抜け、妃那の身体の上に横たわった。
やわらかな胸に顔をうずめて、妃那の早い鼓動を聞いた。それとも自分の鼓動だったのか。
ゆっくりと落ち着いていくのも同じリズムに感じた。
「……すっきりした?」
胸から顔を上げて妃那の顔をのぞき込むと、けだるげにうなずいた。
「すごくよかった……」
「そう、ならよかった。で、なんだったわけ? 意味が分からないんだけど……」
「さあ……。わたし、緊張していたのかしら。それとも、たくさんの人の目にさらされて、興奮していたのかしら。彬がそこにいると思ったら、ガマンできなくなったのよ」
「手っ取り早くできるからね……。まさか、そのために呼んだんじゃないの?」
「まさかよ。計画は終わっていると言ったでしょう?」
「圭介さんと姉さんを呼んで、君は圭介さんとクリスマスを過ごしたかったんじゃないの?」
「そうね……」
「いいの? せっかくのクリスマス、僕とこんなことしていて」
「わたしの中ではきっと初めてのクリスマスより、セックスの方が大事だったんだわ」
「悲しいこと言わないでよ」
「別に悲しいことではないわ。みんなでツリーを飾って、おじい様とお父様をびっくりさせて、イルミネーションの点灯式をして。
全部全部楽しくて、いっぱい笑って、もう充分だったのよ。そこには圭介がいて、圭介が笑っていて、わたしは幸せだったわ。
桜子と一緒にいる圭介を見るくらいなら、彬と一緒にいる方がいい」
「ねえ、この計画の結末って、結局何だったの?」
「それは――」
妃那が言いかけた時、扉がノックされた。
「妃那? そこにいるのか?」
男の声が聞こえる。
間違いなく、壇上で話していた神泉社長の声だ。
それに気づいた瞬間、彬はがばっと起き上がった。
ここはいつものホテルの部屋ではない。こんなところを見つかったら、ただでは済まない。
激しく扉は叩かれ、妃那を呼び続ける。
「誰か、合鍵を持ってこい!」
妃那と目が合って、全身から冷や汗が噴き出した。合鍵で開けられてしまったら、もう逃げ場はない。
「彬、カーテンの裏」
妃那が窓の方を指した。
彬は脱ぎ捨てた服を抱えて、カーテンの裏に隠れた。
間一髪でドアが開き、父親の入ってくる荒々しい足音が聞こえてくる。
「あら、お父様」と、妃那はまるで何もなかったような声だった。
「何をしているんだ!?」
「初めてのパーティで疲れてしまって、休憩をしていたのよ」
「いいから、早く服を着なさい!」
「でも、ドレスが苦しいんですもの」
束の間の沈黙の中、妃那はドレスを着ているのか、衣ずれの音だけが聞こえる。
彬はただ息をひそめて隠れていた。
直後、パンッと乾いた音が聞こえて、彬はびくりと震えた。
「何をするの!?」
妃那が叩かれた音だった。
それから聞こえたのは男の嗚咽だった。
こらえようとしても出てしまう、苦しい声に聞こえた。
「すまない、妃那。こんなふうにしてしまったのは私だ。圭介くんから全部聞いた。葵のしたことも、彬くんのことも。
気づいてやれなくて、すまなかった。全部、父親としてちゃんとおまえを見てやらなかったせいだ」
「どうして……!? どうして圭介が!?」
彬の目の前が怒りで真っ赤に染まった。
同じことを思った。どうして圭介がと。
こんな関係を知られたら、妃那との関係は終わってしまう。妃那を失ってしまう。
桜子ばかりでなく、ようやく見つけたかけがえのない相手まで奪うというのか。
「……彬くん、そこにいるんだろう?」
彬はびくりと震えた。
どうしてバレたのか。
なんだか今はもうどうでもよかった。
すべてを知られてしまったのだ。いまさら隠れたところで意味はない。
「はい」
カーテンを出ようとして止められた。
「いい、出てこなくて。今、君の顔を見たら、何をするのかわからない。だから、今日はこのまま帰ってほしい」
「はい……」
部屋のドアが開いて、閉まる音がする。
彬はそのまま動けなかった。呆然としている。何をどうしていいのかもわからない。
「彬」と、妃那に呼ばれて振り返ると、カーテンが開かれた。
「……そういうことだから、帰るよ」
彬は一生懸命笑って、手にしていたシャツを身につけ、ジャケットを羽織った。
そして、ネクタイがないことに気づいた。
(ああ、拾い忘れたんだ……)
だから、父親はそれを見て、すぐに彬がいることに気づいたのだ。
妃那は裸でいた。二人の関係を知っていたのなら、バカでもわかる状況だ。
知らなければ、言い逃れできたのだろうか。
たぶん、無理だ。
妃那はパーティを抜け出したのも、裸でいるのも上手に言い訳していた。
けれど、ネクタイに気づいた父親に対し、妃那は何も言わなかった。
言い逃れできないと思ったのだ。
「ごめん、僕のせい。叩かれちゃったね」
妃那のかすかに赤くなった頬をなでた。妃那の目に涙が浮かんでいる。
「彬……?」
「じゃあ、一応、さよなら、になるのかな」
「……イヤ。さよならなんてしない。彬はわたしが必要なんでしょう? わたしもあなたが必要だわ。だから、さよならなんてできるわけないわ」
「でも、これ以上は無理だから」
彬は妃那から顔をそむけて部屋を出た。
うつむいたまま廊下を足早に抜け、そのまま階段を下りて玄関を飛び出した。
庭で遊んでいる子供の声を聞きながら、駅に向かってただひたすら速足で歩く。
神泉家の端まで来て立ち止まると、壁に拳を叩きつけた。
もう何も残っていない。どうしようもなく恋焦がれた桜子もいない。
こんな風にわき上がってくる感情を吐き出させてくれる妃那もいない。
全部失って空っぽの身体に、怒りや憎しみ、後悔や悲しみだけが詰まっているようだった。
一番に襲ってくるのは後悔だった。
ネクタイに気づいていれば、こんなことにはならなかった。
きちんと場所をわきまえて、妃那を押しとどめれば、こんなことにならなかった。
ノコノコ妃那の家まで来なければ、こんなことにならなかった。
どれもこれも全部遅い。全部自分のまいた種で、大事なものを失ってしまった。
襲いかかってくる不安に胸がつぶれそうだ。
痛くて痛くて苦しい。これからどうしていいのかもわからない。
目の前が真っ暗になって、前にも進めない。
塀越しの庭からかすかに聞こえてくる子供の歓声を聞きながら、彬はずるりとそこに座った。
こちらへ向かう足音を聞いて、彬は重たい頭をもたげた。
今、一番会いたくない人がこちらに向かって駆けてきていた。
彬のもとに来たのは? パーティ会場はどうなっているのか?
次回も二話同時アップ、お楽しみに!
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