3話 いよいよ計画始動
本日(2023/02/14)は二話投稿します。
圭介視点です。
パーティの翌朝の話になります。
その日の朝刊トップはやはり桜子の婚約記事だった。
とはいえ、まだ正式なものではなく、1か月後にラステニア本国で婚約の儀式が行われることになっていた。
要はまだ口約束でしかない。
登校すれば、やはりその話題で持ちきりだ。
――が、話題の中心の桜子も王太子も来ていないので、圭介のところに人が集まってくる。
「ねえねえ、神泉くん。パパに聞いたんだけど、昨日のパーティに行ったんだって?」
「ああ、うん」
「どうだった?」
「どうだったって?」
「だって、神泉くん、1番仲のよかったご学友として、祝福のごあいさつに行ったんでしょ?」
「ええー……。どこで知ったの?」
「セレン殿下のSNS」
「……ああ、なるほど」
「桜子さん、感極まって泣いてしまったとか」
「新聞の写真も泣き笑いだったから、なんだか感動しちゃったわ」
「ああでも、これからわたしたち、お妃様のご学友よ!」
「素敵よねー」
今まで桜子がこんな状態で囲まれて、やいのやいの言われて、大変だっただろうと今さらながらよくわかる。
(ていうか、あの王太子、いい感じで話を変えたな)
別れ話をただのお別れ。
『さよなら』も遠くへ行く友達への別れの言葉。
多少の違和感があっても、王太子の弁舌でなんとかなる範囲で済んだのだろう。
でなければ、略奪愛のゴシップネタになってしまう。
それも客観的に見れば面白いのかもしれない。
『華麗な王太子様にまんまと恋人を奪われた小市民』といった感じで、バカ丸出しだ。
そんなことよりも、これからしばらく桜子のいない学校になってしまうのが、圭介はただ淋しかった。
*** ここから彬視点です ***
計画2日目、彬は学校を休んで薫子と一緒に家にいた。
二人で並んで桜子の部屋の前に待機している。
桜子がこもってから、薫子はほとんどの時間をここで過ごし、王太子が様子を見に来るたびに撃退している。
「あなたの声なんて聞きたくないんだから、近寄らないで!」と、番犬よろしく叫びながら。
「彬くん、今日は学校行かないの? 昨日は薄情にもあっさり行ったのに」
薫子はいつもの憎まれ口を叩いてくる。
「さすがに2日も飲まず食わずじゃ、心配にもなってくるよ。
だんだん既読になるのが遅くなってきているような気がするし。さっき送ったメッセージも既読にならないよ」
「寝ているのかな」
「外からじゃわかんないからな」
「それとも、動けなくなっていたりして……」
青い顔をして薫子がドアをノックする。
「桜ちゃん、大丈夫? メッセージ見た? 見たら、既読にして」
部屋の方はしんと静まり返っている。
「そういえば、今日、王太子は? 姉さんがいないから、学校じゃないよな?」
「なんか、今日は1日取材があるとか言ってた。
本当は桜ちゃんと一緒にって言われてたんだけど、こういう状態だから、一人で行ったよ」
「婚約発表直後だから、いろいろ聞かれるんだろうな」
「ウソばっかりの内容をばらまくだけ。最低」
そう言った薫子の顔が青くなっていた。
「薫子……? 大丈夫?」
「お、お腹痛い。トイレ行ってくる」
薫子はふらりと立ち上がり、よろよろとトイレに歩いて行った。
(薫子、ごめん!)
彬も立ち上がってその後姿を見送りながら手を合わせると、辺りを見回し従業員が近くにいないことを確認する。
そして、桜子の部屋のドアから少し離れた。
(母さんもごめん! 修理費、かかります!)
もう一度ドアに向かって手を合わせると、彬はドアに体当たりした。
いろいろな事態を想定していたが、1番こたえたのはドアを破った瞬間、転がり込むように入った彬を見た桜子の顔だった。
パーティ日の朝、桜子は怒ってはいたが、元気だった。
それきり1度も顔を見ていなかったのだ。
たった2日余りでここまで変わるのかと思うほど、面やつれして蒼白な顔をしていた。
乱れた髪から覗く目はどれだけ泣いたのかわからないくらいに真っ赤に腫れて、潤んでいる。
そんな目をうつろにゆっくりと、突然飛び込んできた彬に向けたのだ。
驚いたのかもしれないが、動く元気もないのかもしれない。
彬はショックで立ちすくみそうになったが、自分のすべきことに徹した。
桜子は元通りに元気になるのだから、と自分に言い聞かせて。
「姉さん、ごめん」と、彬は桜子を起き上がらせた。
「……い、いや、あたしを連れていかないで。圭介を待ってるの……!」
桜子は暴れたが、力が全然入っていない。
元気な桜子だったら、こんなことをしたら、あっという間にのされてしまう。
そこまで弱ってしまった桜子を見るのが悲しかった。
「大丈夫。今はちょっと悪い夢を見てるだけだから」
彬はやさしく笑いかけながら、桜子の口にハンカチを当てた。
数回の呼吸で完全に桜子の身体から力が抜ける。
ベッドに横たわらせ、彬はポケットから小瓶を取り出した。
桜子に飲ませなければならない薬が入っているビンだ。
それを握りしめて、彬はまだためらっていた。
でも、やると決めたのだ。
あまり時間もない。
「姉さん、ごめん」
彬は小瓶をあおって口に含むと、桜子の口に覆いかぶせた。
桜子の唇の隙間から全部の薬液が流れ込むまで彬はずっと唇を重ねていた。
あんなに焦がれた桜子の唇に触れて、束の間の幸せを感じる。
絶対にかなうことはないと思っていた夢の一つが、ようやくかなったのだ。
それが続いたのは、最後の一滴まで終わるまで。
身体を起こして桜子の顔を見た瞬間、罪悪感で吐きそうになった。
(僕、何考えてるんだ!? 大好きな人を失って、ここまで弱っている姉さん相手に……!)
彬はぐいっと口を拭い、冷静さを取り戻すと、すうっと息を吸い込んで大声で叫んだ。
「誰か! 誰かー! 救急車呼んで! 姉さんが!」
従業員の女性が顔を出して、壊されたドアや部屋の惨状を見て、驚いたように後ずさった。
「救急車! 早く救急車! 姉さんの意識がないんだ!」
「は、はい!」
彼女が飛んでいくのと入れ替わりに、薫子が青い顔で飛び込んできた。
「桜ちゃんに何かあったの!? ていうか、これやったの、彬くん!?」
「だ、だって、部屋の中から『助けて』って聞こえたような気がして、慌てて飛び込んだんだけど……。姉さん、呼んでも返事がなくて……」
「桜ちゃん! ねえ、桜ちゃん! 目を覚まして! ねえってば!」
薫子が必死にすがりついて桜子を揺する。
桜子はまるで人形のようにグラグラと動くだけで、死んでしまったのではないかと不安になってくる。
(いやいやいや、大丈夫。姉さんは寝てるだけなんだから)
次話、どういう経緯でこうなったか、前日の回想が少し入ります。
お時間ありましたら、続けてどうぞ!




