13話 この計画は僕にかかってるから
本日(2023/02/03)は、二話投稿します。
前話からの続きの場面になります。
昨日の今日なので、夜はあまり遅くならないうちに彬は家に帰った。
といっても、家族も居候たちも出払っているので、家の中は静まり返っている。
そのはずだったが、家の中は煌々と電気がともり、人の気配があった。
(……みんな、パーティだったんじゃ?)
自分の部屋に入ろうとすると、隣の部屋のドアが勢いよく開いて、つかつかと薫子が自分に向かって歩いてくる。
その形相は母親にも劣らぬ鬼だった。
薫子は無言のまま彬の胸倉をつかむと、そのまま彬の部屋に突っ込んだ。
「彬くん、ずいぶんごゆっくりだったけど、こんな大事態にこの騒ぎの根源と、よくもまあ、どうやって楽しく過ごせるのかしら!?」
「……ええと、それはそれ、これはこれ?」
実際のところ、長時間いたわりには話ばかりしていて、それほど楽しんでいたわけではない。
妃那も帰りに「なんだか物足りなかったわ」とボヤいていた。
「桜ちゃんに何があったのか聞かないの? あの人に全部聞いたから? 寝物語でぜーんぶ聞いてたの? どういうことなのか、全部吐いちゃってくれる!?」
「とにかく落ち着いてよ。薫子、渋ってたけど、結局パーティに行ったの?」
薫子をどうどうとなだめてそこに座らせて、彬も座った。
「行ったよ。だって、電話かかってきた時点で、ギリギリだったから、考えるヒマもなく行くしかなかったんだもん」
「姉さんは? パーティ、まだ終わる時間じゃないよね?」
「桜ちゃんは家に帰ってきてから、部屋にこもって、ずっと泣いています。
それもこれも、ダーリンに別れを言い渡されて、泣く泣く王太子と婚約発表したからです」
「そっか……」
圭介に別れを言い渡された桜子がこうなることは予想していても、実際にその通りになったと言われればショックを受ける。
「何が『そっか』よ! それでも桜ちゃんの弟なの!? 他に思うところはないの!?」
「ショックを受けている顔に見えないのか!?」
「……そう? 一応、ショックなの?」と、薫子は意外そうに目を丸くする。
「そりゃ、姉さんが悲しんでると思えば、心穏やかでいられるわけないよ。
姉さんは笑っていてこその、姉さんなんだから」
「その桜ちゃんが遠くにお嫁に行っちゃうのは、もっとショックじゃないの?」
「まだ決まったわけじゃないし」
「彬くーん、あたしの話聞いていた? 公式に婚約発表されたんだよ? 明日の一面のトップニュースだよ?」
「婚約っていっても正式なものじゃないよね? 母さん、また出張に行っている時点で、親の同意は取れてないんだから」
「それでも秒読み段階だけど?」
「落ち込むなら、僕は決まってからでいい」
「で、彬くん。神泉妃那の企みもついに大団円を迎えて、ダーリンとめでたしめでたしになったんだけど、あの人はまだ何を企んでいるの? あたしをわざわざパーティに行かせた理由は?」
「さあ。前にも言った通り、あの人から何か聞き出すなんて芸当、僕には無理で……。
あの人が薫子もこのパーティには行った方がいいって言ってたから、そのままおまえに電話したんだ。
姉さんへの気遣いかな」
「彬くん、バカなの? あの人が桜ちゃんに――ていうか他人に気を遣うなんてこと、あるわけないでしょうが! 何か魂胆があるんだよ!」
「実際、行ってみてどうだったの?」
「行ったからって、何って感じよ。ダーリンがいきなり別れ話なんて始めるから、仲裁に入ろうと思ったけど、ダーリンの意思は固くて、取りつく島がなくて。
腹が立ったからなじってやっただけ」
(そのまんまだな、薫子……)
「その後は姉さんに付き添ってたの?」
「当たり前でしょ。桜ちゃん、立っていられないくらいフラフラだったんだよ。
お父さんと一緒にホテルの部屋に連れていって、とりあえず落ち着かせたけど。
桜ちゃん、お人形みたいにしゃべらなくて、声もなくただ泣いてた。
それから王太子に呼ばれて婚約発表になって、壇上でとりあえずあいさつしたの。
ひどい笑顔で見ていられなかったよ。あんなの全然桜ちゃんじゃなかった」
薫子は思い出したのか、泣きそうな顔をしていた。
「それからすぐに帰ってきたの?」
「うん。あれから桜ちゃんが口にしたのはそれだけ。『帰る』って。
だから、お父さんが適当に言い訳して帰ってきたの。
でも、桜ちゃんは帰り道も帰ってからも、ずっと泣きっぱなしで、今も一人で泣き続けてるの」
胸が痛い。
桜子が一人きりで泣いている姿を想像して、聞くだけでも苦しくなる。
抱きしめてなぐさめてほしい人が今はいない。
無理やりにでも圭介を連れてきて、今すぐなぐさめてやりたい衝動にかられる。
『彬、この計画の成功はあなたにかかっているの。1か月後、桜子の元気な笑顔が見たいと思ったら、心を鬼にしてガマンすること』
(わかっています……)
妃那の痛い言葉が胸にグサリと刺さり、彬はぐっとこらえた。
「――そういうわけで、あたしはあたしにできることをしてただけで、神泉妃那が何を思ってあたしを行かせたのかさっぱりわからないの。
これがどういう企みに関わっているのか。関わってたとしても、それを暴いて回避する余裕がなかったの!」
「逆ギレしなくても……」
「だって、あたし、桜ちゃんのために何もしてあげられないんだもん!」
薫子はそう言って、ついに泣き出した。
薫子もまた、子供のようにわあわあ声を上げて泣く。
「彬くんも彬くんだよ! 神泉妃那に情報を聞き出そうとするくらいの努力もできないの!?
お願いしたよね? あんなにしょっちゅう一緒にいたくせに。いっぱいチャンスはあったはずなのに。
頭の中には性欲しか詰まっていないの!?」
「ひどい言われよう……。それはまあ、否定しないけど。会ってるっていっても、それ目的なわけだし」
「開き直らないでよ!」
こういう時は何を言っても恐ろしい勢いで怒鳴られるだけだ。
妃那然り、薫子然り。
なので、彬は好きなように泣かせてやった。
次話は薫子がパーティに行かされた件についての回想です。
お時間ありましたら、続けてどうぞ!




