7話 只今、充電中
旧生徒会室――。
圭介は桜子と並んで、窓際の壁に寄り掛かって座っていた。
万が一を考えて、中からカギもかけてあるので、安心して二人で過ごせる。
「ねえ、気づいてた? あたしが圭介に近づこうとすると、あの人、毎回邪魔するんだよ」
桜子は思い出したように言って、くすりと笑った。
「一応、おれのことを気にしてるのかな。道端の石ころみたいに見てたのに」
「それはそうでしょ。手を変え品を変え、数えきれないほど圭介のことが好きだって言ってやったんだから」
桜子の言い草に圭介も思わず笑ってしまった。
「それでもあっちがあきらめないってことは、説得力ないんだろうなあ」
「あたしの説明の仕方が悪いってこと?」と、桜子はむうっとしたように口を尖らせる。
「そういう意味じゃなくて、あの王太子から見たら、おれなんて庶民だし、見た目も大したことないし、自分が負ける要素が見つからないんじゃないか?」
「誰かを好きになるって、そういうものじゃないでしょ?」
「つまり、あっちもそれだけ桜子のことが好きってことだよ。
おれだって、自分が負けたって思う相手とおまえが付き合ってたら、まあ、あきらめるしかないってなるかもしれないけど、そうじゃなかったら、頑張れば自分に振り向いてもらえるかもって、期待し続けるよ」
実際に付き合う前だったが、圭介もあきらめきれずに『友達』として、ある意味しつこく桜子のそばにいようとしていたのだ。
付き合い始めてからも、桜子がもっと魅力的な男を見つけたら、心変わりをしてもおかしくないと、心のどこかでは不安に思っている部分はある。
(自分に自信のあるやつだったら、やっぱり違うんかな……)
「圭介の言いたいことはわかるけど……それでも、今現在、あたしが好きなのは圭介で、最低限その気持ちを理解した上で、自分をアピールしてくるならまだわかるよ。
でも、あの人、全然話が通じないんだもん。もう頭がパンクしそう」
「桜子で話が通じないって、珍しい気もするけど」
「何を言っても、人の話を都合よく解釈する感じ。あたしがあの人のことを好きになるって、疑ってもいないよ」
桜子はそう言って深いため息をついた。
「相手は一国の王子で、クラスの女子を見たって、『お妃様』になりたいって思うのが普通な感じがするよ。だから、あの人にとっては断られることの方が理解できないのかも」
「誰でも彼でもお妃になりたいなんて考えるのは間違ってるよ」と、桜子はぷうっと頬をふくらませる。
「そういう桜子の気持ちを理解してもらえればいいんだけどな。
この1週間、王太子とは毎日のように会ってるけど、二人でゆっくり話をする時間はなかったのか?」
「その前に二人きりにならないように気を付けてるよ」
「……アブない奴なのか?」
「そういう意味じゃなくて、『二人でゆっくり話し合いたい』なんて言ったら、変な勘違いさせちゃいそうなんだもん」
「そりゃまあ、相手は期待するかもしれないけど、きちんと話をしないことには先に進まない気がするんだけど」
「進んでもらったら困るよ。こっちはどうひっくり返っても断るつもりなんだから」
桜子がきっぱり言い放つところを見ると、この調子で『お断りします』を連発している姿が想像できる。
(今までの桜子からすると、なんか違う気がするんだけどな……)
「桜子、変に焦ってないか?」
「あたし、焦ってる……?」と、桜子は意外なことを言われたように目を丸くした。
「おれには充分そう見えるけど」
「……焦っても仕方ないじゃない。現に圭介との時間も取れないし、いつまでこんな状況が続くんだろうって思うと、少しでも早くカタを付けたいって思うでしょ?」
「ひと言断って済む相手じゃなかったんだから、同じことを繰り返しても意味がないと思うんだよ」
「じゃあ、あたしはどうすればいいの? あの人の前でニコニコしていたら、そのうちラステニアまで連れていかれちゃうよ」
「ニコニコしろとは言わないけど、逆に事あるごとに王太子に食ってかかってたら、おまえの方が先に消耗して、抵抗できなくなっちまうかもしれないだろ?
人間疲れると、思考が変な方向に行って、後悔するような選択をうっかりしたりするものだし。心に余裕があるくらいの方が自分にとって都合のいい結果に結びつくんじゃないか?
もう少し余裕をもって、長い時間をかけてでも最終的に断ることができればいい、くらいに考えた方がよくない?」
「圭介はこんな状況が続いても平気なの?」
「平気じゃないから、こうしておまえをさらってきたんだけど?」
「そっか」と、桜子はかすかに笑って頭を圭介の肩に預けた。
「本音を言うとね、圭介と正式に婚約してたら、もっと話は簡単に済んだのにってイライラしてた。結婚できる歳だったら、無理やりにでも婚姻届を出して済むのにって。
お父さんにも今からでも遅くないからってお願いしたんだけど、今はダメだって言われた。圭介に迷惑がかかるからって」
「お父さんがそう言うのなら、今じゃない方がいいんだろ」
桜子は身体を起こすと、目を丸くして圭介をまじまじと見つめてくる。
「なんか意外。圭介がそんなこと言うなんて」
「そう?」
「迷惑なんて思わないから、かまわないって言ってくれるかと思ってた」
「おれにかかる迷惑はどうでもいいけど、お父さんは会社や家族、今だけじゃなくて、未来も見すえた上で、今はしない方がいいって結論を出したんだと思うから、その意見を聞くのは当然だろ?」
「ねえ、圭介の中でうちのお父さんって、妄想に妄想がふくらんで、別人になったりしてない?」
桜子が真顔で言うので、圭介はぷっと笑ってしまった。
「そんなことないと思うけど。まあ、あとはおれから判断しても、お父さんの意見に賛成って思うからかな」
「どうして?」
「今、婚約したとすれば、話題には事欠かないだろうけど、あっちは一国の王子でおれはただの高校生。
藍田グループの後継者なんて紹介されるわけないし、下手をすればどっかから圧力がかかって、あっさり破棄されて終わりになってもおかしくないだろ?」
「それはそうかもしれないけど……」と、桜子は口ごもる。
「それに未成年で婚約ってなれば、当人だけの問題ってわけにはいかないし。今のこのゴタゴタした状況で、神泉家が喜んで応じるとは思えないんだよな。
こう言っちゃなんだけど、うちの方はおれと妃那が結婚してほしいわけだから、逆におまえが王太子と結婚することに賛成しそう」
「そうだよね……。あたしがまずこの結婚を回避しないと、神泉の人たちへの説得もできないってことかあ。
けど、圭介、どうしてそんなに冷静に物事が判断できるの? 不安になったりしない?」
桜子の口調はどこか圭介を責めているように聞こえた。
「そりゃ不安だよ。おまえがいつ心変わりするかわかんないと思えば。
それでも冷静でいられるのは、王太子が来る前、お父さんが言ってくれたからかな。二人の気持ちが向き合っていれば、大丈夫だって」
「お父さん、そんなこと圭介に言ってたんだ……」
「おれの気持ちは絶対に変わらないし、おまえのことも信じてる。そう言ってくれたお父さんのことも。
だからって、ボーっとしてていいわけじゃないんだけど、おれにできることなんて何にもないからな。せいぜいこうやっておまえの息抜きしてやるくらい。情けないけど」
「情けないとか言わないで。こうして圭介と話ができて、ずいぶん気持ちが楽になったんだから」
「そう?」
「うん。気持ちに少し余裕が持てそう。圭介の言う通り、焦らずあの人と向き合って、ゆっくりでもあたしの気持ちをわかってもらう。圭介も心配しないで待っていて」
そう言った桜子の表情はここに連れてきた時より、ずいぶん穏やかになっている。
鮮やかな笑顔を浮かべる桜子に思わずキスしていた。
「またいっぱいいっぱいになった時は、こうして逃がしてやる」
「約束。じゃあ、今日はもう少し充電していっていい?」
桜子はそう言いながら、ぎゅうっと抱きついてきた。
「おう。元気になれるまで、好きなだけ充電していけ」
二人で過ごせる時間は、今は授業中の50分だけ。
それでも、次に期待しながら過ごすこの時間は貴重だった。
次話は教室に戻った後の話になります。
二人で授業をサボった後の教室は……?




