2話 足掻けば、何とかなる問題なのか?
「それは相手が王太子だから断れないのか? それとも小さい頃に見初められて、結婚するって約束してたからか?」
圭介はどん底に落とされた気分になりながらも、ようやく聞くことができた。
『圭介、誤解しないで』
「誤解って何を? 婚約するかわかんないってことは、婚約するつもりがあるってことだろ?」
『そうじゃない! 新聞に何が書いてあったかは知らないけど、あたしも詳しい話はよく分からないの』
「どういうこと?」
『ここのところグループの役員会議が続いていて、お父さんが帰ってこないから、話を聞けなくて。
ただ、お母さんから簡単に聞いた話だと、あっちはうちとの取引の条件として、あたしとの婚約話を持ち出してきたって言ってた』
「新聞に書いてあったことは、本当だったんだな……」
『もちろん、お父さんとお母さんは反対してくれてるんだけど、グループとして利益を追求できるチャンスだから、今のところ半数の役員が賛成しているんだって。
これ以上賛成が増えたら、お父さんでもひっくり返せない決定になっちゃうみたい』
「会社として決めなくちゃいけないことかもしれないけど、おれはおまえの気持ちを聞いてるんだけど?」
『そんな、聞くまでもないこと聞かないでよ。圭介に対する気持ちは何にも変わってないよ。
お婿さんになってもらうって決めて、圭介も同意してくれたじゃない。
あたしは圭介との将来しか考えてないよ』
「けど、王太子とは幼なじみなんだろ? 親戚付き合いしてきたみたいだし」
『そんなことも新聞に書いてあるの?』
「本当なのか?」
『親戚っていっても、遠い親戚だよ。王太子とだって小さい頃に1度会っただけで、幼なじみとは全然違うよ』
「おまえのことを見初めたって書いてあったけど。
今回の件で婚約話を持ち出してくるところをみると、おまえにご執心ってことなんじゃないか?」
『向こうがどう思ったかは知らないけど、結婚の約束なんてしてないからね』
とりあえず桜子の気持ちはわかったし、その気持ちに疑いを持つ必要はない。
だからといって、状況が変わるわけではない。
桜子の言った通り、役員会議での決定次第で、否応なく桜子は婚約することになってしまう。
本人の意思すらも、親の意思すらも通すこともできない。
大きなグループに属するという現実を初めて知った。
シンセン製薬のような同族企業なら、役員が創業者一族で固められているので、当主の意見は反映しやすい。
一方、いくつもの企業を傘下に収め、それぞれに役員がいる藍田グループではそれが許されない。
「お父さんはそれでも反対してくれてるんだよな……?」
『お父さんはあたしたちの味方だよ。今、どういう状況なのかはわからないけど、頑張ってくれてるって信じてる』
「グループの利益を優先しなくていいのか?」
『直接的な利益にはなるかもしれないけど、失うイメージもあるから、総合的に利益になるかどうかはわからないよ』
「軍事に加担するから? 新聞に書いてあったけど」
『うん。いくら儲かるからって、その利益の裏でたくさんの人が殺されると思ったら、取引なんてしたくないでしょ?』
「そうだな。結局のところ、おまえが言っていた通り、結論が出るまで『わからない』のか」
『でもね、圭介。たとえ今、婚約することが決まっても、あたしは絶対に最後まであきらめたりしないから。
あがいてあがいて、しなくて済む方法を見つける努力をするから、圭介も簡単にあきらめたりしないで』
「うん……」
圭介は返事をしたものの、自分には会社の決定を覆す力もないし、相手が一国の王太子では太刀打ちもできない。
あがいても、結果は変わらないような気がしてしまう。
「桜子、今日学校は?」
『騒ぎが落ち着くまで、しばらくは無理かも。うちの周り、記者でいっぱいだし、うちの上はヘリがバンバン飛んでるし……』
「新聞にデカデカ写真載せられてたしな」
『朝からテレビにも映ってるよ……。試写会に行った時の映像がしつこく繰り返されていて、さすがに見るのがイヤになる』
「学校に行っても質問攻めにされそうだしな」
『せっかく圭介に会えるようになったのに、またしばらく会えないなんて……』
桜子の声が沈んだ。
「何かわかったらいつでも電話して。おれ、メディアに載るニュースくらいしか見られないし」
『うん、約束』
じゃあ、と電話を切った。
圭介の方は学校をサボる理由はないので、出かけなければならない。
いつもだったら出発している時間をとっくに過ぎている。
(ヤベえ、遅刻する!)
慌てて支度を終えて部屋を出ると、入口の壁に妃那が寄り掛かっていた。
「……立ち聞きしてたのか?」
「失礼ね。遅いから迎えに来たのに。電話中みたいだったから待っていたのよ」
「そう?」
「さあ、行きましょう。今日は邪魔な桜子がいなくてうれしいわ。行きも帰りも一緒よ」
妃那はご機嫌な様子で圭介の腕を取って引っ張っていく。
「……て、やっぱり立ち聞きしてたんじゃないか」
「いいえ。聞かなくてもそれくらいこの状況から察することはできるわ」
「だよなー……」
その日1日、妃那は桜子の話をしなかった。
付き合っていることを知っている妃那が何も聞いてこない。
このニュースを知って、邪魔者は消えたともっと喜ぶのかと思っていた。
これで婚約は決まりと、迫ってくるのかと思っていた。
そんな圭介の予想に反して、妃那はいつもと変わらずに学校へ一緒に行き、二人のランチを楽しんでいた。
(『知る者』だから、全部知っていたのか? それとも……)
変におとなしすぎる妃那が奇妙だった。
次話、薫子もいよいよ始動?




