8話 桜子の意外な一面が……
桜子が友達との話にひと段落着いてから、お好み焼き屋の模擬店を目指して歩いていった。
中学時代の友達がサッカー部に入っていて、お好み焼き屋を出店しているらしい。
が、見つけて覗いてみたところ、知っている顔は見当たらなかった。
鉄板でお好み焼きを焼いている男子に聞いてみると、圭介の友達の店番は12時からだと言われた。
時計を見ると、あと1時間ほどある。
「文化祭を見に行ってるのかな。連絡してみる?」
「わざわざすることもないだろ。12時に戻るっていうなら、その頃にでもまた来ればちょうど昼時になるし。
それまで中を見に行かないか?」
「あたしはそれでもいいよ。文化祭の定番、お化け屋敷に行きたい。あと、執事喫茶」
「そんなのあるのか?」
「うん。パンフレットに書いてあったから」
「じゃあ、その辺りから行こうか」
桜子と一緒に校舎に入り、パンフレットを見ながら目当てのお化け屋敷に向かった。
お化け屋敷は思ったより人気があるのか、教室の前にはかなり長い行列ができている。
「けっこう混んでるねー。並ぶ?」
「そうだな。これだけ人が集まってるってことは、期待できそうじゃん」
どれくらい待つのかはわからないが、とりあえず列の最後尾に並んだ。
教室の中から悲鳴が聞こえてくるたびに桜子はビクリと震える。
「けっこう怖そうじゃない?」
「怖いから人気あるんだろ。もしかして、苦手なのか? なんでまたお化け屋敷?」
「美香ちゃんのクラスでやっていて、ぜひカレシと一緒に来てって言われて……。
文化祭のお化け屋敷くらいなら楽しめるかなと」
桜子が青い顔をしているところを見ると、苦手なのは間違いなさそうだ。
(桜子って、暴漢相手でも平気な顔で立ち向かってくタイプなんだけどなあ)
なんだか意外な一面を見て、思わずかわいいと思ってしまった。
(こういう時は男らしくリードするのがやっぱりカッコいいってもんか)
よし、頑張るぞ、と圭介は気合を入れて中に入った。
暗い教室の中、おどろおどろしい音楽が流れ、思ったより本格的に作ってある。
テーマは病院廃墟。
手術室や病室も本格的に作ってあるし、ところどころに広がる血も生々しい。
「けっこうすごいな」
圭介が感心してつぶやいたが、桜子は圭介の手をしっかりと握り、うつむいたまま周りを見ていなかった。
ふと背後に気配を感じて振り返ると、血だらけのミイラ男が桜子の肩に手を置くところだった。
「助けて……」と、ミイラ男が桜子の顔を覗き込む。
と、同時に桜子の絶叫が響き渡った。
「やだやだやだ! あっち行って!」
桜子は圭介に抱きつき、半端ない力で締め上げてくる。
圭介はこらえきれず、「ぐえっ」とうめいた。
その視野の片隅で、ミイラ男が親指を立てて下がっていくのが見えた。
そういえばパンフレットには『カップルに大人気』と書いてあった。
こういう効果を狙ったコンセプトがあったらしい。
「桜子、もういないから、は、離してくれ……」
「ほんとに?」
「ほ、ほんとだって……」
息が止まりそうなほどきつく締め付けられ、桜子の腕の力がゆるんだ時にはぜーぜーと息を吐いていた。
それからの桜子は圭介の腕にしっかりと絡みつき、圭介に引きずられるように歩いていた。
(……ヤバい。今度はおれがヤバい)
Tシャツから出た腕が桜子の胸にはさまれて、この上なくやわらかい感触がじかに伝わってくる。
(桜子って着やせするけど、意外と胸あるんだよな……)
思わず海での水着姿を思い出して、全身の血が股間に向かって流れていってしまう。
胸があたっていることを指摘した方がいいのか、それともこのままこの感触を味わっていていいものか。
圭介は激しい葛藤に苦しんだ。
おかげで、お化け屋敷どころではなく変な意味でドキドキしながら、気づけば出口にたどり着いていた。
「やっと外に出られたー」と、桜子はほっとした顔をする。
「し、刺激的だったな……」
桜子が離れてしまって少々残念に思いながらも、思わぬいい経験をさせてもらったと、心の中でお化け屋敷に感謝した。
「圭介も怖かったの?」
「いや、怖くはないけど、面白かった。おまえ、意外と怖がりなんだな。知らんかった」
「そう? お化けとか得体のしれないものって怖いじゃない。人間相手なら蹴倒せるけど」
「そうだったな……。よかったよ、あのミイラ男が蹴倒されなくて」
「もうっ」と、頬をふくらませる桜子に笑った。
「でも、かわいかった。泣きそうな顔で大絶叫した時」
「ひっどーい!」
「ええ、なんで!? かわいいって言ってんのに」
「恐怖におびえた顔をかわいいって言われてもうれしくないもん。
女の子は笑顔がかわいいとか言ってほしいものなのー」
「それはいつも思ってるって。なかなか見られない顔だから、貴重な『かわいさ』だったって話」
「そっちは必要ないのー! さ、執事喫茶に行こう。叫んだらノドがかわいちゃった」
桜子の機嫌は直ったのか、笑顔で手を取って引っ張ってきた。
次話もこの続きになります。
今度は桜子が圭介の中学時代の姿を垣間見ることに……。




