15話 外ヅラだけはいいんです
彬視点(初登場)です。
「薫子の奴!」
彬はぶつぶつと悪態をつきながら、青蘭学園に向かう坂道を登っていた。
もともと彬と薫子は、水と油のように気が合わない。
そこへ桜子という界面活性剤が入ることで、うまく乳化される、という関係だ。
というのも、多少の語弊があるが、そもそも物心ついた時から薫子とは、桜子を奪い合う関係。
つまり、互いに桜子を独り占めしようと画策してきたライバルなのだ。
今までそういう兄妹の関係を築いていたのだから、桜子の存在なしに仲良くする理由は全くない。
唯一の例外で、彬と薫子と手を取り合うことがあるとすれば、桜子には婿を取ってもらって、一生家にいてもらう目的を果たすことのみ。
桜子が万が一嫁に行ってしまったら、彬も薫子も桜子のそばにいられなくなってしまうからだ。
それだけは避けなければならない桜子の相手の第一条件ということで、意見が一致している。
彬は小学校に入るまで、自分が桜子と結婚すると信じていた。
薫子に「女同士は結婚できないんだぞー。へへーん」と、優位に立っていたのも束の間、男でも女でも兄弟では結婚することができないと知った時は、冗談ではなく3日間寝込んだ。
それでも、気を取り直したのは、桜子は男も女も関係なく、誰にでも平等で、特別誰かが好きということがなかったからだ。
自分は弟である分、誰よりも近くにいられるアドバンテージはある。
家族として愛されている自信はある。
とはいえ、それは薫子も同等なのだが。
桜子はそのまま大人になっても変わらないだろうし、それならそれで、1番身近な男は一生自分なのだと自負できた。
だから、途中から入ってきたチンチクリン(杜村貴頼)が「桜ちゃん、桜ちゃん」と、まとわりつくのを快く思うわけはなかった。
散々『ちび』だの『泣き虫』だのと、イジメまくったのは言うまでもない。
そんな奴が桜子にプロポーズなど許されまじきことだ。
おまけに弟のようでも、本当の弟ではない貴頼は、何かの間違いで桜子と結婚しないとも限らない。
最悪なことに、貴頼は一人息子。
桜子と結婚となったら、嫁に出さなければならなくなる。
それを阻止するために、彬は桜子と一緒の中学に行くことを断念して、わざわざ青蘭に入ったのだ。
『おまえなんか、男として僕以下なんだ』と、貴頼をこき下ろすためだけに。
相手も相手で桜子にふさわしい男となるべく頑張っていたようだが、背は相変わらずチビのままだし、成績もスポーツも彬に勝てたことはない。
生徒会長などやって目立ってはいるものの、バレンタインのチョコレートの数も毎年彬の方が上だ。
あの貴頼だけは、桜子の相手としては絶対に認めてやらない。
それを表に出すことなく、今までの中学生活を送ってきた。
桜子が中学1年の時、何人かに告白されたことは知っていたが、姉の様子を見ても、相変わらずその誰にも恋をしていないことはわかっていた。
誰でも好き、みんな平等。
たとえ付き合ったとしても、『カレシ』の名称のついただけの、その他大勢の中の一人というだけ。
彬は相手にもしていなかった。
しかも、その相手が次々と姿を消し、しまいには『呪い』のウワサまで立った。
桜子に近づく男が一人もいなくなったのは、彬にとっても好都合だった。
唯一の例外である貴頼以外は。
『呪い』の原因が貴頼以外にないことは、彬が1番よく知っていた。
桜子より、薫子より、1番近くで杜村貴頼を見てきたのだ。
それを黙って見てきたのは、貴頼の好きなようにやらせておけば、彬は自ら手を下すことなく、邪魔な男どもを排除してくれるからだ。
そして、最後に貴頼を排除するのはこの自分。
家を継ぐ桜子が、いずれ誰かと結婚するのは仕方ない。
その相手は野心家で、藍田家の金と権力だけを愛する男でいい。
本当の愛は自分だけが与えるのだから。
彬の人生計画は順調に進んでいたものの、瀬名圭介の出現で、すべてがひっくり返ってしまった。
最初は貧乏から成り上がってやろうと桜子に近づく卑しい男かと思って警戒していた。
だから、早々に父親に会うように勧めたのだ。
彬たちの父親は基本的に子煩悩、家ではとてもいい父親だ。
しかし、たいていの人間は怖がる。
雲の上の存在だと思うのか、社員でさえ目を合わせることを避けるという。
休みに友達が家に遊びに来ても、父親がいると言うだけで、「今日はお邪魔したら悪いから」と、帰って行ってしまうこともよくあった。
子供心にも怖い存在なのだ。
もっとも彬も時々怖いと思うことはある。
すべてを見透かすような目でじっと見つめられると、隠していることを全部暴かれるような気分になるのだ。
そんな父親だからこそ、圭介も1度会えば尻込みして、桜子にむやみに近づかないだろうと、彬は計算した。
――が、それが誤算だった。
(普通、付き合ってもいない時に、相手の父親に向かって『付き合いたい』宣言する人っている!?)
単なるバカなのかと思うところもあるが、度胸だけは人一倍あると認めざるを得なかった。
それからも何度も圭介とは登下校が一緒になることがあり、徐々に彼の人柄もわかって来た。
実際は野心のひとかけらもない、ただ純粋に桜子が好きで、彼女のことだけを想う男だった。
『呪い』が解けたらどうなるかなどお構いなしに、桜子の苦痛を取り除くだけに心を砕いた男。
桜子がどんなに『呪い』に苦しんでいても、その方が都合がいいと放置していた自分とは、違う種類の人間だった。
自分の利益より、桜子を優先する。
桜子にとっても、そんな圭介が初めて『特別好きな人』になったのだ。
他の誰よりも、家族よりも、別格の『好き』を与えられる相手を桜子は見つけた。
その時、彬も気づいたのだ。
藍田の女は、そういう男を選ぶのだと。
父親然り、祖父然り。
藍田を継ぐ女は、何を失っても、自分だけを愛してくれる存在を見分ける。
その判断基準には、家柄も容姿も能力も関係ない。
選ばれた男は『愛しているから』、『失いたくないから』と、持っている以上の能力を無理やりにでも振り絞って、その地位を守ろうとする。
そうやって、今まで藍田家は女が家を継いで存続してきたのだ。
『そもそも企業のトップに立つ資質って、何が要求されるんだ?』
圭介の自信なさげな質問の答えを、彬は本当は知っていた。
『姉さんが好きなら、何とかなるさ』だ。
本当にそう答えていたら、圭介は「ええー、そんな適当なこと言うなよ!」と、驚いていたかもしれない。
桜子の選んだ男は、いまいち頼りないように見えるが、桜子を愛するという意味では芯が一本通っている。
「悔しいけど、足りない部分は僕が助けてやるしかないじゃないか」
桜子が圭介に会えない間、どれだけ苦しい思いをしていたかを知っている。
今までの『呪い』にあった3人とは、比較にならない。
笑顔も失って部屋にこもってしまった。
彬の知る桜子ではなくなってしまった。
どんな状況でも、桜子の笑顔を見られなくなるのだけは、彬にとって苦痛以外の何物でもなかった。
「もういいよ。姉さんが笑っていてくれるなら、僕は何でもするから」
どうやっても桜子をこの手にすることはできないとわかっていても、それだけは守りたい。
そのために、二人を幸せに導くのも桜子を愛する男の一人として、できることだ。
その二人を邪魔する者がいるというのなら、今度こそ自分の手で排除してやる。
(杜村貴頼、僕はおまえを絶対、一生許さないからな!)
監視目的で圭介を桜子に近づけたおかげで、姉は『特別な一人』を見つけてしまったのだ。
その事実を知った時、彬は全身の血が沸騰するかと思うほど怒り狂った。
(おまえが余計なことをするから、こんなことになったんだ!)
それが逆恨みだといわれても、この恨み、一生かかっても晴らしてやる。
彬のブツブツ独り言はここまで。
次話で迎えにいった妃那と接触します。




