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【本編完結】監視対象のお嬢様にうっかり恋をしたら、高嶺の花すぎた――けど、あきらめたくないので、テッペン目指そうと思います。  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
第3章 『呪い』は全力で回避します。

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30話 空耳?

圭介視点です。

 大騒動の夜が明けてその翌日、圭介は母親の部屋を訪ねた。

 ――が、部屋は掃除中で、彼女は庭のテラスにいるという。


 圭介はそのまま1階に下りて、応接室から庭をのぞいた。


 母親はテラスの椅子に座って、のんびりとティーカップを傾けている。


「母ちゃん、ずいぶんノンキだよな……。息子が危機的状況にあるってのに」


 思わずぼやかずにはいられなかった。


「あら、圭介。あんたもお茶する?」


 圭介に気づいた母親が振り返って、聞いてきた。


「……そういう気分じゃねえんだけど」


「まあまあ、ゆっくりお茶でも飲めば、気分も少し楽になるかもよ。

 天気もいいし、ここ、涼しくて気持ちいいのよ」


 圭介はため息をついて松葉杖をテーブルに立てかけると、空いていたイスに座った。


 チリンチリンと鳴らすベルの音に、雪乃が姿を現した。


「圭介の分もお茶をお願い」


「かしこまりました」と、雪乃は心得たように去っていく。


「あのさあ、母ちゃん、聞きたいことがあるんだけど」

「なによ、改まって?」


「昔、よく家出してたんだろ? この厳戒態勢(げんかいたいせい)の家から、どうやって脱出してたんだ?」


「あんた、逃げたいの?」


 圭介は素直にうなずいた。


「なんか、何をどうやっても全部ドツボにはまって、おれ、このままだとなし崩し的に婚約させられちまう」


「まあ、焦らなくてもまだ時間はあるわよ。お父さんも言ってたじゃない。婚約発表するのは葵の喪が明けてからだって。今すぐどうこうされることはないわよ」


「ていっても、あと7か月じゃねえか。あの妃那の勢いにそれまで耐えられんのか、おれは……?」


「耐えられなければ、婚約すればいいだけのことでしょ」と、母親はあっさり言ってくれる。


「事情がわかってるおれはともかく、桜子は? 何の連絡もなしに、おれを待っててくれるなんて、楽観視できるわけねえだろ」


「向こうがそれであんたのことを忘れるなら、それまでの想いってことじゃない。それなら、あんたもあきらめがつくでしょ」


「そんなに簡単にあきらめられるわけないだろ! 向こうにその気がないって思ってても、どうしても好きで、一緒にいたくて、やっと思いがかなったってのに……。

 こうしている間も、声が聞きたくて、逢いたくてどうしようもないってのに……。

 母ちゃんだって、父ちゃんのことを好きになったんだから、おれの気持ちくらいわかるだろ? だから、脱出方法を教えてくれ」


 必死の思いで頼み込む圭介に、母親は呆れたようにため息をついた。


「逃げたところでムダだったって話もしたと思うけど? あっさり連れ戻されるのがオチよ。

 だいたいその足で、どうやって逃げるつもり? 少しは頭冷やして、落ち着いて物事をよく考えてみなさい」


「ひでえよ、母ちゃん……。協力してくれねえのかよ」


「あのねえ、恋愛なんて、しょせん当人たちの気持ちの問題で、二人の気持ちが揺れているような状態なら、誰が助けようが上手くいかないものは、上手くいかないの。

 そもそも、泣き言言ってるあんたに、協力なんてするわけないでしょうが」


 母親の正論が、今はただ痛かった。


 このどうしようもない状況から抜け出せる希望の光がほしいのに、それすらも自分で見つけなければならない。

 何をやっても上手くいかない現状、自分の選ぶ道がいつも間違っているようで、どんどん自信がなくなってくる。


 次に何かアクションを起こして、取り返しのつかない事態に(おちい)ってしまったら――。


 そう考えると怖くて一歩踏み出せない。


(おれ、情けないよな……)


 ふと自分が呼ばれているような気がする。


 聞こえるはずのない桜子の声が聞こえて、圭介はとうとう桜子逢いたさに、空耳まで聞こえるのかと青くなった。

空耳……ではないので、次話は神泉家までたどり着いた桜子側の話になります。

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