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【本編完結】監視対象のお嬢様にうっかり恋をしたら、高嶺の花すぎた――けど、あきらめたくないので、テッペン目指そうと思います。  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
第3章 『呪い』は全力で回避します。

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24話 人形は哀しい涙を流す

 妃那は圭介の胸で泣き続けていた。

 その間、圭介はどうすることもできず、ただ彼女の頭を撫でているだけだった。


 どれくらいそうしていたのか、不意に泣き声がやんで、部屋がしんと静まり返った。


「大丈夫か……?」


 妃那はコクリとうなずいて圭介から離れると、脱いだ着物を無言のまま引き寄せた。


「ごめんなさい。あなたにも謝っておくわ」


 うつむいたまま(つむ)ぐ妃那の言葉は、同じ年頃の少女と何ら変わりはない。

 話ができないどころか、心の成長が止まっているというのも、(いつわ)りだったらしい。

 ただ、その話し方は一本調子で、ロボットが話しているようにも聞こえる。


「なんで……?」


 妃那が謝る理由もさることながら、聞きたいことはたくさんあった。


 しかし、彼女は黙ったままヒラリとベッドを下りると、窓際に行って掃き出し窓を開いた。

 夜の風が吹き込んで、カーテンをふわりと舞い上がらせる。


「圭介、知っている? お兄様はここから飛び降りたのよ。わたしの目の前で」


 妃那はバルコニーに立ち、泣きはらした顔で圭介を振り返った。

 その口元には艶然(えんぜん)とした笑みが浮かんでいる。


「それは聞いたけど……」


 妃那の目の前で飛び降りた、とは聞いていなかった。


 圭介は重い身体を起こし、痛む足を引きずりながら、ゆっくりと妃那のところまで歩いていった。

 彼女はまるで逃げるように手すりの上に身軽に飛び乗る。


「お、おい! 何やってんだ!?」


 圭介の声が聞こえないのか、妃那は手すりの上にバランスよく立っていた。


 赤い着物が風にはためいて、蝶がひらひらと羽ばたいているようだ。

 ほっそりとした体躯(たいく)は、あとほんの少し強い風が吹いただけでグラリと揺れ、夜の闇に落ちていってもおかしくない。


 その可能性に、圭介の身体が震えた。


「妃那、そんなところに立ったら、危ないだろ! とっとと降りて来い!」


「お兄様がね、ここに立って言ったのよ」


「な、何を?」


「『妃那、約束だよ。おまえは永遠に僕の人形。誰も愛さず、誰からも愛されず、この神泉の血が絶えるのを僕の代わりに見届けてくれ』と」


「葵が……?」


「わたしは約束した。お兄様は満足そうに笑って、ここから姿を消したの」


「妃那、それって……」


 圭介は葵を知らない。

 しかし、今の妃那の言葉で気づいてしまった。

 妃那を『人形』にしたのは、まぎれもなく葵だったのだと――。


 葵は何もわからない幼女に言葉を禁じ、人形のようにふるまうように言い聞かせてきた。

 この家に縛り付け、誰の目にも触れさせず、自分のそばに置き続けた。


 そして、死ぬ間際でさえ、『約束』という名の『呪縛(じゅばく)』を妃那にかけ、彼女の人格も人生もすべて奪った。


 その理由はどこにあったのだろうか。

 ただ単に、妹を溺愛していたからか。


 圭介は考えれば考えるほど、気分が悪くなって、吐き気すらもよおしてくるのを感じた。


「圭介、あなたが存在していると、お兄様との約束が守れない。わたしは血を残してしまう。だから、消そうと思ったのよ」


「鉢植えを落としたのも、階段から突き落としたのも、おまえの仕業か」


「それに、首も絞めたわ」


「いつ?」と聞こうとして、それがついさっきのことなのだと気づいた。


 圭介の上に馬乗りになっていた妃那は、圭介の首を絞めようとしていたのだろう。


 しかし、首を絞めている途中で、突然キスをされては、さすがの妃那も驚いて、とどめを刺すことができなかったのかもしれない。

 圭介は間一髪とはいえ、桜子の夢に助けられたのだ。


「いくら兄貴の遺言とはいえ、おまえは心から従えないってことだろ? だから、おまえにおれは殺せなかったんだ」


 兄に謝りながら泣いていた妃那を見たら、すぐにわかることだ。

 どれだけ兄に従順であっても、人間として間違ったことをすることまではできない。

 妃那にはそれだけの良心がある。


「おかげで気づいたわ。お兄様の約束をもっと簡単に守る方法」


 妃那の浮かべた笑みがどこか(はかな)く見えて、圭介は嫌な予感に足を引きずりながらも、バルコニーに向かって急いだ。


「この神泉で一番血が濃いのはわたし。わたしさえいなければ、血は薄まるだけ。脈々とつながれた血筋もいずれ絶える。

 それに何より、わたしは永遠にお兄様の人形でいられる。お兄様も本当はそれを望んでいたのよ。自分の後を追ってきてほしいって」


「妃那、早まるな! こっちへ来い!」


 足の痛みなど気にしている場合ではない。

 妃那を捕まえて、無理やりにでも引きずり下ろさなくては、彼女も葵と同じ道をたどってしまう。


「圭介、あなたはバカがつくくらいお人よしね。自分を殺そうとしている相手にやさしくしたりして。

 でも、うれしかったわ。お兄様が死んでから、あんな風に声をかけてくれる人はいなかったから。ありがとう」


「礼なんて必要ねえ! そんなの当然のことだろ! おまえはおれのイトコだ! 血のつながった家族だろうが!

 これからだって、いくらでもやさしくしてやる。いなくなった兄貴の代わりになってやる。だから、おれの方へ飛べ!」


 圭介は必死の思いで、今にも後ろに倒れていきそうな妃那に手を伸ばした。


 妃那が生と死の狭間(はざま)で、一瞬ためらったのがわかる。

 そのためらいを逃さずに、圭介は妃那の手を掴み、自分の方へ引き寄せた。


 バランスを崩した妃那が圭介の上に降ってくる。


 圭介は倒れながらも妃那を抱きとめ、床に転がったままその身体をぎゅっと抱きしめた。


「……どうして!?」


 妃那の涙声を聞きながら、圭介は何度も深呼吸し、先程までの恐怖と緊張をなんとか(ゆる)めた。


「まったく、葵はひどい奴だな……」


「違うわ! お兄様はわたしを誰よりも愛してくれた。わたしも誰よりも愛していた!」


「愛にはいろんな形があると思うけど、少なくともおまえのことを本当に愛していたら、こんな風に苦しめたりしない。おまえの人格を奪ったり、人形でいることを強いたりしない。

 おまえのありのままを愛せないのなら、それは愛なんかじゃない」


「それでも、お兄様はわたしのたった一人のお兄様で、とても大切だった! 大好きだったの……!」


 妃那の血を吐くような叫びに、圭介は「うん」と小さくうなずいた。


 忘れかけていた足の痛みがよみがえってきて、圭介はそのまま気を失ったのか、眠ってしまったのか、その後の記憶がなかった。

次話はこの翌日の話になります。

妃那はどうなったのか。急展開です。


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