15話 神泉家、マジでヤバい
『神泉本家の当主というのは、初代久須児の血を1番色濃く継ぐ者』
母親はそう説明してくれた。
「ええと? その流れから行くと、おれも一樹さんも後継者にはなれないんじゃないか? 神泉の血は半分しかないだろ?」
「だから、どっちが後継者になるにしろ、相手は神泉の血を引く女性になるってこと。あんたの大好きな桜子さんでは、お父さんは絶対に結婚を認めないわ」
「つまり、この家の後継者になったら、桜子との未来はなくなる、と……」
圭介は愕然とその事実を反芻していた。
「兄さんと早苗さんとの間に葵が生まれて、とりあえず安泰だと思ってたのに。家を出ていた間にこんなことになってたなんてね……」
そう言って、母親は暗い顔でため息をついた。
「葵って人の父親が、伯父さんじゃなかったから、この家を継ぐわけにはいかなくなったってことだよな?」
「そういうこと。いつ、そのことを知ったのかはわからないけど」
「けど、それだけのことで死んだりするのか? 別に後継者から外されたって、他の生き方はいくらでもあったと思うけど」
「普通に考えれば、そうよね。でも、葵は次期後継者として厳しく育てられていたと思うの。あたしは兄さんを見ていて知っているから、同じだったと思う。
葵はそのためだけに一生懸命頑張ってきたのに、突然その道を断たれたのよ。絶望して死にたくなる気持ちもわからなくはないわ」
「それは、まあ……」と、圭介は一応うなずいたが、納得できる話ではなかった。
(そういう葵の相談に乗ってやれる奴は、周りにいなかったのかよ?)
昨夜の食卓を見る限り、家族の中にいなかったということはわかる。
家族でありながら、他人のように関係が希薄な家。
それもこれも、『神泉家当主』が神格化しすぎているせいなのか。
「お父さんは冷酷よ。それまで孫として大事にしてきたはずなのに、掌を返したように他人扱いして。どれだけ葵が傷ついたか。あの子に罪はないのに……」
母親が涙をそっとぬぐうのを見ていられなくて、圭介は窓の外に視線を移した。
「……なあ、母ちゃん。神泉家って、家を継ぐのは男だけなのか?」
「そうとは決められてないけど。実際に適任者がいなくて、女性が後を継いだこともまれにあったみたいよ。どうして?」
「いや、葵の他にも妃那って子がいたから」
「妃那? 誰それ?」
「伯父さんと別れた奥さんの間に生まれた娘なんだって」
「兄さんに娘がいたの!?」
母親の驚き方は、圭介の予想をはるかに超えていた。
(おれと同い年ってことは、母ちゃんが家を出た後に生まれたってことだから、知らなくても当然だよな)
「ただ、まあ、障害があるみたいだから、後継者になるのは難しいだろうけど」
圭介は昨夜見た妃那の風貌と琴絵の説明で、『障害』という言葉が適切だと思った。
「障害って、どういう種類の?」
「なんか、3歳の時から話ができなくなって、心の成長も止まっちまったとか。見た目はおれと同い年なんだけど」
母親は深刻な顔で「そういうこと……」と、妙に納得したようにつぶやいた。
「なにが?」
「圭介、どうして現代社会で近親婚が禁じられてるか知ってるでしょ?」
「それは遺伝子が近いと障害が出たりするから、とか? そういう理由じゃなかったっけ」
「そう。だから、逆に血筋を重んじる神泉家では『障害』こそ、神泉の血を色濃く引く者として代々大事にされてきたのよ」
「え、じゃあ、妃那って子は……」
「もちろん葵が兄さんの子だったなら、直系の血を引く者として最適だったでしょうけど、あの子がいなくなった今、妃那さんが後継者としては1番適任ってことよ。正確には後継者は妃那さんの夫の方で、彼女は血を残す者になるだけだけど」
圭介は母親の話を聞きながら、徐々に胸クソが悪くなるのを感じた。
慕っていた兄を失い、そのことも理解できない妃那に結婚する意味が分かるとは思えない。
ましてや、知らない男の子供を産むことを強いられるなど、圭介が男であってもおぞましいと思ってしまう。
「その相手ってのは、やっぱり神泉の血を引く男になるんだよな……?」
「妃那さんが継ぐのなら、すでに直系の血は守られるし、しかも濃い血が残されるから、相手にはそれほどの血筋は求められないと思うけど……それでも、お父さんはより良い相手を求めて、親戚の中から相手を探していたはずよ。
でも、実際に今候補として挙がっているのは異母兄弟で、妃那さんとは結婚できない一樹君だけ。つまり、考えられる理由は二つ」
「二つ?」と、圭介は首を傾げた。
「一つは適任者がいなかった。もう一つは妃那さんの身体的問題」
「身体的問題って? 障害があった方がいいんだろ?」
「もちろん」と、母親はうなずく。
「でも、子供を産めない身体なら話は別。だいたい濃すぎる血を持つ子は短命の場合が多くて、子供を産める歳まで生きられないことも多いの。
妃那さんはあんたと同い年だから、少なくとも子供を産める歳にはなっているけど、本当に産めるかどうかはわからないってことよ」
「どっちにしろ、ひどい話じゃないか……!」
圭介はカッと頭に血が上るのを感じた。
「妃那って子は、ただでさえ近親婚のせいで障害を持って生まれて、普通に生活することもできないのに! 子供が産めるなら、どこかの男と無理やり結婚させられるし、子供が産めなければ血を残せないって、後継者から外される?
家の都合で振り回されてるだけじゃないか!」
障害こそが濃い血の表れとして大事にされる神泉家は、何年も何代もこんな風に障害を持つ者を利用してきたのかと思うと、自分の中に流れる神泉の血が汚いものに思えて仕方ない。
こんな形で血を残すくらいなら、神泉家など早く滅びた方がいいとさえ思う。
母親も「そうね」と、同意する。
「でも、お父さんがあんたを手放さないところを見ると、妃那さんと結婚させるつもりなのかもしれないわ。あんたは半分とはいえ神泉の血を引いていて、しかも、その血は直系だもの。これ以上の相手は望めないわ」
「おれは断固反対するからな! ただでさえ、かわいそうな子なのに、追い打ちをかけるように不幸にするマネ、絶対しねえ!」
テーブルを拳で叩いて叫ぶ圭介に、母親はやさしく、しかし、どこか悲しそうに見える笑顔を向けた。
「あんた、やさしい子だね」
母親の褒め言葉に妙な違和感を覚えたせいか、圭介はとっさに答えが見つからず、ただ「普通だろ」とつぶやいていた。
神泉家の実情がわかったところで、次話、圭介もようやく貴頼の意図に気づくことに……。




