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エピローグ

 ――― 満開の桜から、光の粒が2枚、3枚と、休む間もなく舞い落ちる。

 風もないのに、はらはら、はらはらと、静かに命を散らす花 ―――



 ここにも 『はらはら様』 がいるのではないかと、わたしは思わず目を凝らす。



 ――― 遺された日記を確認してから、3日後。


 わたしはアカマ先生と、前の先生のお墓へ来ていた。


 アカマ先生はあの後で、亡くなった患者さんのカルテも調べたそうだが、特に安楽死の証拠になりそうなものは見つからなかった、という。


「……結局は、前の先生も、できるだけ患者さんや周囲の人に寄り添おうとして試行錯誤されてた、ってことになりそうです」


 その結果として、心ならずも 『はらはら様』 と呼ばれ、『ラクに死なせてくれる』 と誤解されたのかもしれない。

 事故で亡くなった後で 『自殺』 という噂が流れたのも、村の人たちが、前の先生に知らず知らず負わせていたものに、うすうす気づいていたからなのだろう。



「 『はらはら』 っていうのは……」


 墓の周りに散った桜を、おおざっぱに拾い集めながら、わたしはアカマ先生に説明した。


「もともとは、沢に自生していた毒草や、それからとった毒を、そう呼んでいたようです。飢饉の折りに口減らしをするために、老人に飲ませたのだと…… 古い資料にありました」


 あの翌日、祖父に街の図書館に連れていってもらって調べたことだ。


「飲むと昏睡状態から死に至るという…… どうやら、そこから転じて 『はらはら様』 になったようです」


「やはり、都合の悪い事実はきれいな言葉に隠されがちなものですね」 と、アカマ先生が顔をしかめた。


 確かに、そうかもしれない。

 けれど、わたしはこうも思う。


「きっと、ずっと昔、この村の誰かが 『この花のようでありたい』 とでも、思ったんじゃないでしょうか」


 どうしようもない現実に対処するために、きれいな言葉を選んだ、その時の人たちの気持ちや、願い ――― もしかしたら、それこそが、『はらはら様』 なのかもしれない。


 分類して整理された型からこぼれ落ちた何か。良いとも悪いとも判じることができず、口にすることもできない何かが、一番大事で、真実に近いんじゃ、ないだろうか。―――



 綺麗に掃除された花入れに、祖母から貰った菊を挿し、御影石に水を掛ける。


 蝋燭を灯し、線香に火をつけると、ふわりと落ち着いた香りが漂った。


 アカマ先生が、墓に向かって両手を合わせ、小さい声で祈る。


「間違わないように、見守っていてください」


 わたしもその隣で、黙って手を合わせ、目を閉じた。



. ※    ※

.   ※    ※

. ※   ※ 



 曲がりくねった坂道を、ゆっくりと車で登ると、ぽつり、ぽつりと民家が見え出す。


 ――― 東京へ帰る前の晩。

 わたしはまた、夢を見ていた。


 今度は、はっきりと夢だとわかる。


 なぜなら、アカマ先生が、あの白い光を纏っているからだ。


 前と同じに、「こんばんは」 と縁側から入り、寝ているケイイチさんを見下ろす。

 ――― とてつもなく優しい、神々しくさえある笑みを浮かべて。


 その手に持つ点滴の袋の中には、強力な鎮痛剤が…… 射つと、ずっと眠ったままになるはずのものが、入っている。


「もうね、ラクになっても良いと思うんですよ、ケイイチさん。じゅうぶん頑張られたんだから」


「はい……はらはら様、お願いします」


『はらはら様』 と呼ばれても、アカマ先生は、もう、否定はしないのだ。


 ケイイチさんの、皮がたるんだ腕に注射針が刺され、点滴の管がつけられる。


 袋の中の薬剤が落ち始めて、しばらく経つと、ケイイチさんは、とろとろと眠り始めた。


「おやすみなさい」

 アカマ先生が、慈愛に満ちた声で言う。


「あとはね、明日には、息子さんたちがやってきて、看てくれるからね。心配いりませんよ」


 本当は、少し違う…… ケイイチさんは眠った状態のまま街の病院に運ばれて、そこで心臓が止まるまで待つ予定になっているのだ。


 これは、自宅で死にたい、というケイイチさんの希望と、入院させてできるだけ看病したい、という息子さんの希望の折衷案で…… アカマ先生には特に、迷いは無さそうだった。―――



 ――― どうしてこんな夢を、こんなタイミングで。


 目が覚めてわたしは、少し以上に戸惑うことになる。


 耳の奥では、誰かが囁いていた。


「見えるものばっかり、信じねえことじゃ。大事な事は口にできんけえのう」



 ※  ※

  ※  ※

 ※      ※ 



 7月。

 村から戻ってすぐに春休みが終わり、授業と宿題とバイト、そして時たまの遊びに追われる生活が続き、季節はあっという間に夏になっていた。


 万物は流転する ――― とか、そんな言葉をつい思い出してしまうのは、友人のマキがわたしの隣で分かりやすくウダウダしているからだ。


 大学の民俗学研究室で、わたしが研究会当番のレジュメを作る傍ら、マキは 「暑いとやる気でない」 と(のたも)うて 『牡丹灯籠』 など読んでいる。


「牡丹灯籠も昔はさ、幽霊に騙されて無理やり、みたいな話だったんだけど、今は 『命より愛を取った』 みたいな解釈のが主流だよね。そっちのが確かに、共感できるし。

 当たり前だけどさー、幽霊も妖怪も神様も、時代で変わっていくよね」


「あ、それ卒論のテーマ」


 春休みに故郷で調べた、『はらはら様』 に関する自主レポートが割と好評で、それを深掘りして卒論にすることに決まったのだ。


「人の暮らし・意識の変遷で、どう 『はらはら様』 が変容していったかの考察」


 けれど、本当は、変わるものの奥には、決して変わらない何かもあるんじゃないだろうか。

 卒論では、そうしたことにも触れられればいいと思っている。


「あーー。うちもそういうの、やりたかったなー」


 でも、真似っこみたいになるのイヤだしー、あー卒論どーしよっかなー…… と、机の上でゴロゴロと転げる、マキ。


「いやー、マキのおかげだよ、ありがとう」


「感謝の気持ちがあるなら、何かネタくれい。それか夏休みの現地取材に連れてってー」


「あの村に、そんな特殊なネタが2個も3個も転がってるワケじゃないと思うけど」


 わたしは首をかしげたが、マキの主張は違った。


「田舎があるって、羨ましいー。帰郷の気分を体験してみたいー!」


 なるほど。


「若者は大歓迎のはずだから、聞いてみるね」


 スマートフォンを出して祖母に電話をかけると、『まあ橘花(きっか)ちゃんかね』 からお喋りが始まった。

 この春から、たまに祖父母に電話するのだが、いつも交代しつつ、30分は喋り倒される。


『この前、(カミ)のケイちゃんが()うなったんよ』


「ふーん。 『はらはら様』 じゃったの?」


『ほうじゃないかねえ。急にパタッと眠っちゃって、それから1週間ほど眠り続けてよ。息子さんも間に合った、ちいうしね……』


「家で亡くなっちゃったん?」


『いや、息子さんが病院で、って主張したもんでの、急いで救急車呼んでね、街の病院まで運んだのよ。それから、1週間。

 アカマ先生が、だいぶ気ぃ落としちゃって。約束しとったのに最期看取れなかった、って』


「ふうん」


 ――― どうやら、夏休みにはまた、アカマ先生に事情を聞かなくちゃいけなくなりそうだ。


 ひたすら続く、村の噂や天気と作物の心配、梅干しを漬けた話に適当に相槌を打ちつつ、窓の外に目をやる。


 空は夏の強い光で、白く霞んでいるようだった。


読んでいただきありがとうございます!

こちらは、八刀皿 日音様(通称・ぼんくら様)とのコラボです。

5つのキーワードから相談しいしい練ったプロットをベースに、それぞれのお話を仕上げる、ベースコラボの形をとらせていただきました。


ことの経緯は、砂礫がどこかで、ぼんくら様にこう申し上げたことから始まりました。


『ぼんくら様もコラボしましょうよー、ツンツン』


と、なんと……っ!

ま じ で き い て い た だ け た …… !


ぼんくら様超お優しいのです!!!

で、そこから、あーだこーだと相談をしましてベースのプロットが出来上がったわけですが。


正直、ぼんくらさまにほとんど、おんぶに抱っこでございまして…… もうほんと、ありがとうございます! としか言いようがありません。


さて、この度、砂礫が面白いなー、と勝手に思ってる試みとしましては。

『場のイメージ共有』 があげられます。

主人公が泊まってた祖父母の家、そして舞台の村…… これ、ぼんくら様と砂礫が同じ写真を眺めて仕上げておるのです。

どんなところに共通点がみられるか。

または、「同じイメージでこんだけ違う!?」と驚くことになるのか…… 砂礫も楽しみです!

(これ上げた時点では、まだお互いの作品を見ておりません)


ぼんくらさまのコラボ作品はこちら

⇒https://book1.adouzi.eu.org/n8057gh/


名作・『4度目も勇者!?』もよろしくお願いします!

⇒https://book1.adouzi.eu.org/n7420fe/



で…… 

そうでした!

採用したお題の種明かし……!

こちらです!ばーん!


『そんなに白い目で見たって何も無い・見えるものしか信じられないなんて・並べられたお菓子・大事な事は口に出来ない・はらはら』

(診断メーカー『5つのお題ったー』より

 https://shindanmaker.com/35731)


ここから3つ以上採用、となっておりましたー。

わかったかな? う ふ ふ ♡ ←うざノリw


でーーはーーー!



※6/18 ・ 6/20 どっかの章とこの章で3箇所誤字修正しました!すみません、あまりに気軽に修正ボタン押してしまったもので……どこなのかわからなくなったのです。

ともかくも、誤字報告くださった方々、どうもありがとうございます!


6/19 幸田遥さまよりレビューいただきました!ありがとうございます!

⇒幸田遥様のマイページはこちら

https://mypage.syosetu.com/1895863/

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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結お疲れ様です! 医者や村社会について考えさせられる良い作品でした。 「最善」の着地点は人によって様々で、アカマ先生の最後の判断は息子さんと患者さんとの理想を兼ね備えた妥協点でしたね。
[良い点] 先に八刀皿様のを読み、こちらも拝読しました。 同じ題材で、別角度から書かれてて、味わいました。 面白かったです。
[良い点] いやー……まさかですね、こんなに緻密な話を書かれているなどとは夢にも思わなかったのですよ。(笑) でもよくよく考えれば、砂礫さんはリアルな設定を緻密に描写されるのが上手いし、よく使ってらっ…
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