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第二王子の交流。

同時進行していきますので、しばらく視点がころころ変わります。

見辛いでしょうが、ご容赦下さいm(_ _)m

※ネーベル第二王子、ヨハン・フォン・ヴェルファルト視点です。



 僕の進路を、複雑な形に剪定された庭木が迷路のように阻む。上から見れば美しい模様を描くであろうソレも、間近で見ると邪魔な障害物でしかない。

 庭師が聞いたら憤死しそうな感想を抱きつつ、僕は歩き出した。


「ぐねぐねと曲がりくねって歩き難い事この上ないな。芸術だか何だか知らんが、何故通路一つ真っ直ぐにつくれないのか。大体、上から見る事を前提にした模様を、どうやって地上から楽しめというんだ。これでは、ただの障害物ではないか」


 僕が遠慮して口には出さなかった言葉が、隣の人間の口から、何倍もの毒を含んで吐き出される。


「芸術家という生き物は心底、理解に苦しむ。そうは思わないか、ヨハン」


 隣に立つ少年は渋面を作り、僕に同意を求めた。

 僕より頭一つ分低い身長に、痩せすぎともいえる細い体。だというのに、態度の大きさは人一倍。顔立ちは、ある程度整ってはいるものの、地味な印象は拭えない。髪と瞳の色も、ヴィント王国で一番多い明るい茶色と面白みはない。人混みに埋没したら二度と探し出せなさそうな容姿。しかし尊大な表情が、凡庸さを打ち消す。


 齢、たったの十二。

 にも関わらず表情と態度は、気難しい老人を彷彿とさせる。

 彼の名は、ナハト。ヴィント王国第二王子、ナハト・フォン・エルスターだ。


「個人的には同意しますが、おそらく僕と貴方は少数派ですよ。現に貴方の兄君と王女殿下は、とても楽しまれているようだ」


 苦笑いを浮かべた僕は、視線で前方を示す。曲がりくねった通路の向こう、仲睦まじく語らう男女がいた。

 男の方は、長身で逞しい体躯の少年。くっきりした二重に凛々しい眉、通った鼻筋と華やかな顔立ちをしている。クセのないサラサラの髪と瞳は、ナハトと同色でありながら随分と明るい印象を受けるのは、彼の浮かべる人懐っこい笑みのせいだろうか。

 民衆からは光の王子と呼ばれ、慕われるヴィント第一王子リヒト・フォン・エルスター、その人である。


「なんと締りのない顔だ。毎日のように女を侍らせておいて、まだ足りないのか。兄上の女好きは、いつか身を滅ぼすな」


 ちなみに、隣で長い溜息を吐き出す彼は、対として闇の王子……とは特に呼ばれてはいない。市井で耳にした愛称は、偏屈王子だった。納得だ。


「それは兄君だけのせいではありませんよ。あれほどの美男だったら、女性の方が放ってはおかないでしょうから」


 心の底から同意したい気持ちを抑え、お茶を濁す。

 するとナハトは、軽く目を見開いて僕を繁々と見つめる。そして数秒の後、なんとも言い難い微妙な顔付きをした。


「君が言うと嫌味に聞こえるな」


「そうですか?」


「そうだろう。兄上もそれなりに整った顔立ちだが、君の隣に並べば確実に見劣りするぞ。城の侍女や貴族のお嬢様方は皆、君に夢中だしな」


 皮肉屋なナハトの賛辞に、肯定は愚行。しかし謙遜も無意味。何も言わずに微笑みを浮かべると、つまらんと言いたげに視線は外された。


「まぁ、肝心の女性の心は、射止められてはいないようだがな」


「……肝心の女性?」


 姉様の事か?

 真っ先に頭に浮かんだのは、もう四年も会っていない実姉の姿だった。

 波打つ豊かなプラチナブロンドに、澄んだ青い瞳。淡く色づく柔い頬に、花びらのような唇。まるで絵画の中の乙女のように整った顔立ちだが、笑顔は花が咲いたように愛くるしい。

 当時でも天使のように可愛らしい方だったが、今はどれほど美しくなられているのだろう。会うのが楽しみなような、恐ろしいような。複雑な心境だ。


「ユリア王女は、あまり君には近づかないだろう?」


 ユリア王女という言葉に、漸く自分の思い違いを知った。

 それはそうだ。普通に考えて、『肝心な女性』で実の姉を思い浮かべる僕の方がどうかしている。


「ええ、残念ながら。僕では貴方の兄君に敵わないようです」


 とんでもない思考回路を悟られないよう、表面上だけは、しおらしく振る舞う。

 しかしナハトには通用せず、彼は呆れ顔で鼻を鳴らした。


「君達の間で繰り広げられているのは、そんな初々しい恋物語ではあるまい。脳味噌まで筋肉で出来ているような兄上ならいざ知らず。君と王女殿下の遣り取りは、どう見ても狐と狸の化かし合いだ」


「僕はともかく、可憐な姫君を狐扱いは如何なものかと思いますよ」


「可憐な姫君、ねぇ……」


 思わせぶりな口調で呟くナハトの視線は、リヒト王子の隣に寄り添う少女へと注がれていた。

 リヒト王子の胸の辺りまでしかない小柄な背丈に、華奢な体。真っ直ぐな黒髪に、長い睫毛に飾られた黒水晶の瞳。肌は病的なまでに白く、少しでも手荒に扱えば壊れてしまいそうな深窓の姫君。ラプター王国第一王女、ユリア・フォン・メルクル殿下だ。


 リヒト王子が熱心に話しかけるのに相槌を打ち、柔らかく微笑む。その姿だけを見れば、大人しやかな美少女にしか見えない。

 だが、彼女は見た目通りの女性ではない。リヒト王子が見ていない時に限り、僕に向ける冷えた眼差しが、それを立証している。


 年若くとも、か弱い印象であっても、彼女は立派な王女だ。

 おそらく、自分に与えられた役割を正しく理解している。


「ただの可憐な姫君であってくれれば、どれだけ良かったか。全く、面倒な事になったものだ」


 腕組みをしたナハトは、眉間に深い皺を刻んだ。

 ヴィント王国はネーベルの同盟国だが、ラプターともそれなりに友好な関係を築いている。だがそれは、ネーベルとラプターが表立って対立はしていないからだ。万が一、戦争が始まれば、ヴィントはネーベル側に立つ事になる。

 その時にヴィントの王妃がラプターの王女では、面倒な事態になりかねない。


「私としては君の姉上が王妃となり、兄上を上手く操縦してくれるのが理想だったんだがね」


「ご冗談を」


 即答すると、ナハトは苦笑した。

 笑い事ではない。どうして僕の大切な姉様が、あんな女好きな脳筋の嫁になどならなければならないんだ。


「兄上は単純で女好きだが、悪い人間ではないぞ。それに、同盟関係にある隣国の王妃というのは、君の姉上にとっても、そう悪い話ではないと思うが」


「……仰る通りですね」


 確かに私情を挟まなければ、この上ない良縁だとは思う。

 だがそれは、数年前まで。ヴィントとラプターに繋がりがなかった時の話だ。


 今、ラプターの王女を押し退けて、ヴィント王国第一王子の婚約者に納まれば、余計な争いに巻き込まれかねない。

 邪魔者だと判断されれば、命を狙われる事だってあり得る。


「ですが僕は姉離れ出来ない駄目な弟ですので、出来れば姉様には本国にいて頂きたいのですよ」


「……まぁ、そういう事にしておこうか」


 胡散臭い笑顔を貼り付ける僕に、ナハトは不愉快そうに片眉を跳ね上げたが、それ以上の追求はなかった。


「ナハトー、ヨハンー!」


 遠くから、大きな声で呼ばれた。見れば庭木の迷路を抜けた先で、リヒト王子が手を振っている。


「早くおいで! お茶にしよう!」


 そういえば、東屋でお茶をするために、庭まで下りてきたんだったか。

 なんの悩みもなさそうな快活な笑顔を眺めながら、僕は事の経緯を思い出していた。ひらりと手を振り返せば、リヒト王子は更に大きく手を振った。まるで人懐っこい犬のようだ。本当に、悪い御仁ではないのだ。ただ少し女にだらしなく、頭を使う事が苦手なだけで。


「脳天気な顔をして。あの人は、私が言った西方の視察の話を覚えているんだろうか」


 隣のナハトは、疲れたように額を押さえて呟く。


「西方といいますと、スケルツとの国境付近の森ですか」


「……一で十を理解するのは止めてくれ」


「最近は、フランメへ木材の輸出が増えていますからね。いくら南西の森が広大だとはいえ、資源には限りがある」


 場合によっては、伐採の制限や植林も視野に入れるべきだ。それに、森には昔からそこに住む部族がいる。彼等、先住民への配慮も忘れてはいけない。だがそれは、僕が踏み込んでいい領域ではないかと判断し、口を噤む。

 だが一つ。耳に入れておいた方がいいだろう話を思い出し、付け加えた。


「そういえば西の国境付近の町で、病が流行っているそうですね」


「なんだと? そのような話は聞いていないが、どこの情報だ」


 ナハトは目を見開き、声を荒らげる。


「馴染みの商人達ですよ。熱病が南ではなく西で流行るのは珍しいと、教えてくれました」


「熱病か。西部で流行る例がないわけではないが……気にしておいた方が良さそうだな」


「ナハトー?」


 難しい顔で告げるナハトの声に、リヒト王子の明るい声が被った。


「ええい、あの愚兄が! 茶なんぞ飲んでいる場合か!?」


 潜めた声で忌々しそうに呟くナハトに代わり、今行きますと返事をする。


「ヨハン、後で詳しく聞かせてくれ。出来れば、商人からも直接話を聞きたい」


「分かりました」


 頷いてから、顔を上げる。リヒト王子とユリア王女の待つ東屋の向こう、遠くの空に暗雲がかかっているのが見えた。

 頬を撫でる風も、湿り気を帯びている気がする。

 一雨来そうだ。一人ごちてから、僕は東屋に向けて歩き出した。


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