転生王女の交流。(2)
「凄いわ、マリーちゃん」
私の作業を見学しているビアンカ姐さんは、目を輝かせて言った。
「皮って、そんなに薄く剥けるのね。それにとっても早い。マリーちゃんは良いお嫁さんになるわね」
「そ、そうですかね?」
手放しで誉められる事が照れくさくて、私は頬を染めて俯く。
『良いお嫁さん』という言葉を聞いて瞬時に、台所に立つ私とレオンハルト様の図を思い浮かべてしまった。我ながら痛い。
妄想を頭から追いだそうと、軽く頭を振る。
「本当に、凄い。こんな沢山の芋を全部一人で剥いちゃうなんて」
「どこかの誰かが、全く戦力になりませんでしたからね」
「それは、可愛い妹とは似ても似つかない、笑顔が胡散臭い男の事かしら?」
「いいえ。オレの可愛い妹にやたらと馴れ馴れしい女性のことですよ」
フワフワとした妄想は、追い出すまでもなく掻き消えた。やたらと綺麗な笑顔で、嫌味をぶつけ合う二人によって。
ねぇパトラッシュ。なんだかここ、とっても寒いの。
「手伝いが出来ないのなら、上で海でもご覧になっていたら如何です?」
「あら、手伝いをしていないのは貴方も一緒じゃなくて? 貴方こそ、海でも眺めていたらどうかしら? 可愛らしいお嬢さんが上にいたから、仲良くしてきたらどう?」
「貴方がどうぞ。顔は愛らしいお嬢さんでしたので、きっと仲良く出来ると思いますよ」
どうしよう、上向けない。
頭上で繰り広げられる舌戦が怖すぎて、私は身を縮ませていた。
手伝いが出来ないのはお互い様だし、寧ろ貴方達似た者同士だし。関係ないフローラ嬢を押し付け合うのもどうかと思うし。
もういっそ二人で海でも眺めてきたらどうだろうか。
頭の中を沢山の突っ込みが過ぎるが、口には出さないでおこうと思う。こんな会話のドッジボールに巻き込まれたくない。
「私が仲良くしたい可愛い子は、ここにいるから」
ねえ、と話を振られ、体が跳ねた。
「オレの妹をおかしな目で見ないで下さい。マリー、こっちへおいで」
お願いだから、私を巻き込まないで下さい。
虚ろな目をした私は、視線をパウルさん達の方へと向ける。
遠巻きに見守っていた彼等は、私と目が合うとサッと視線を逸らした。なんてことだ、神も仏もいやしない。
そうね、誰だって我が身が可愛いよね。
ウフフ……と遠い目をしながら、私が現実逃避をしていると、厨房の扉がノックされた。
「はい?」
一番近くにいたクルトさんが返事をすると、扉が開く。
入って来たのは、長身の男性だった。
短く切り揃えたアッシュグレイの髪に、小麦色の肌。切れ長な蜂蜜色の瞳は眼光鋭く、右目の横には古い傷跡が残っている。黒いシャツの襟ぐりから覗く逞しい体躯にも、同様の傷が見て取れた。
年齢は、二十代後半くらいだろうか。
顔の造作は整っているが、近寄り難い雰囲気がある。船乗りや商人には見えない。軍人、冒険者、……もしかして、この船の護衛として雇われた傭兵だろうか。
彼は、グルリと室内を見渡した。
かち合った視線に、肩が跳ねる。
「あら、可愛い」
男は、私をマジマジと眺めたあと、ポツリと呟いた。
「……へ?」
私の口から、間の抜けた声が洩れる。
「貴方、お人形さんみたいね。可愛いわ」
男の声は、逞しい体躯に似合いの掠れた低音だが、口調は柔らかい。
……否、柔らかいで済ませていいものではないとは思うが、理解が追いつかない。
「え、あ。えっと、……ありがとうございます?」
疑問符だらけの思考を表すように、語尾があがってしまった。
首を傾げると、男は微笑した。
「仕草も可愛いのね。持ち帰っちゃいたいわ」
ばちん、と送られたウインクに、思わず身を引きそうになる。
すると、今まで呆気にとられ棒立ちなっていたクラウスが、私を庇うように立ちはだかった。
「妹に何の用です」
「あら、お兄ちゃんも格好良い」
「何の用ですか!」
珍しくも、クラウスが調子を崩されている。
この人、強い。オネエさん、無敵ですね。
オネエさんは、繰り返して用を問われ、何かを思い出したかのように手を打った。
「そうだ、用があったんだわ。ねえ、船員さん。薬を持っていないかしら?」
唐突に話を振られ、クルトさんはビクリと体を揺らした。
「え、く、薬……ですか」
「どこか具合でも悪いのかい?」
同じく動揺していたパウルさんだったが、流石は年の功か。クルトさんよりも早く立ち直り、表情を引き締めた。
「私じゃないわ。たぶん、船酔いだって本人は言ってるんだけど」
「船酔いには、特にこれといって薬はねえな」
「安静にしてるくらいですよね。辛いようだったら、吐いちゃった方がいいですよ」
「あら、困ったわねえ。随分、辛そうだったのよ」
オネエさんは、頬に手をあてて眉根を顰める。
黙って話を聞いていた私は、少し考えてから、腰にぶら下げた巾着を漁り始めた。クラウスを押しのけ、身を乗り出す。
「あ、あのっ」
「ん? どうしたのかしら、可愛いこちゃん」
「かわっ……えと、ですね」
探し当てたものを、オネエさんに差し出す。
オネエさんは、さっきの私のように、首を傾げた。
「それは?」
「薬草です。気休め程度ですが、噛むと酔い止めにもなるので、良かったらどうぞ」
私が差し出したのは南天。
南天っていうのは、雪うさぎをつくる時に使われる、赤い実と細い葉のアレです。
南天実も咳止めに効果があるようだけど、私が今用意してあるのは、葉っぱの方。
昔から、噛むと酔い止めに効くと言われているはずだが、この世界では認知度が低いらしい。船乗りが知らないくらいだからね。
「ただ量が過ぎると毒にもなりますので、少量だけお渡ししますね。もし、他の方も必要でしたら言って下さい」
どうせ、私には必要のないものだ。
前世では三半規管が弱く、短時間のドライブでも酔っていた私だが、今は全く平気らしい。馬車でも全く酔わないし。今回も、一応持ってきては見たが、船酔いの兆候はない。
「…………」
「……あの?」
オネエさんは、差し出した葉を受け取ろうとはせずに、無言で私を眺める。
ふぅん、と息を吐くように呟いたオネエさんの唇が、にんまりと弧を描いた。
「貴方、ちょっと一緒に来てくれる?」
「……え」
「症状を見てあげて頂戴」
「いえ、わたし、お医者さんでは……」
「お願い」
「は……」
押し切るような、迫力のある笑顔を向けられて、私は気付く。
あれ? 私、もしかして……また、やらかした?
.




