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転生王女の面接。

 

「やっとか」


 深夜に寝室へとやってきた私を一瞥し、父様はそう呟いた。

 呆れを隠しもしない表情と声に、私は顔が引き攣りそうになる。


 やっとか、ってどういう事ですかね。


 喉まで出かかった言葉を飲み込む。父様が視線で示すままに、向かいのソファーに腰掛けた。

 ここで噛み付いても馬鹿にされるだけだと己に言い聞かせるが、それを嘲笑うかのように父様は口を開いた。


「自ら動くと宣言しておきながら、随分とゆっくりしているようだな」


 なんとも分かり易い嫌味を言われ、私の眉間に縦皺が刻まれる。自覚があるだけに、流し難い。

 当初の予定より大幅に遅れているのは、私が一番分かってますけど!?


「……色々と、ございまして」


「そのようだ」


 静かな室内に、父様が書類を捲る音が響く。

 視線をこちらに向けずに、父様は言葉を続けた。


「お前が港町をふらふらと散策している間に、面白い事になったものだな」


「左様ですか」


 不格好な笑みを浮かべながら、相槌を打つ。

 バレているだろうとは思っていたが、予想以上に筒抜けなようだ。


「隣国グルントから端を発した海の亡霊騒ぎは、各国へと飛び火し、大陸全土へと広がると読んでいたのだがな。早々に解決策が見つかったらしい」


 空々しい返事も出来ずに、私は固まるしか出来ない。その間にも、父様の指が乾いた音をたてて書類を捲る。


 亡霊ではなく病だとか。原因は栄養不足だとか。その解決法として長い船旅でも保つ野菜の調理法が発案されただとか。

 一々、懇切丁寧に説明されて居た堪れない心地になった。


「野菜の長期保存を可能にする調理法か。大変興味深いな」


「…………」


 唇を引き結んで黙する私を気にせず、父様の話は続く。


「長い船旅において、食糧の問題は見過ごせない。魔法の秘薬だと売り出せば、人々は疑っただろうが、長持ちする食料ならば別だ。病気に効くという謳い文句が嘘であっても、損にはならない。安価であれば尚更だ。発案者は一体誰なのだろうな」


「……見当もつきませんわ」


 ニコリと笑む。だが絞り出した声は、自分の想像以上に固かった。


「広めているのは、ユリウス・ツー・アイゲル。お前の元婚約者候補の叔父だ。面識はあるな」


「ええ。素晴らしい御方です」


「どのように」


「誠実で、慈悲深く、有能であらせられます」


「ああ、確かに。商品一つ一つに調理法を記した紙を付けているらしいな。実に慈悲深い」


 淡々と返され、私は言葉に詰まる。

 自分のせいでユリウス様が馬鹿にされているのかと思うと、憤りよりも申し訳無さが先に立つ。

 ぎゅう、と拳を握りしめると、爪が皮膚に食い込んだ。


「……売上は伸びているそうではないですか」


「単純に美味いそうだ。なんでも、付けた調理法は基本のもので、実際の製品は味を変えてあるらしいな」


 父様が今言った内容こそが、ユリウス様が私に提示した『お願い』というか『条件』だった。


 製品に付ける紙に記すのは、基本の調理法。製品は、そのアレンジ版。

 香草や調味料次第で、こんな味にもなるのだと可能性を示すためらしい。お陰で一緒に、香辛料や一風変わった調味料が売れているとのことだ。


 そしてもう一つが……。


「しかも女神の祝福付きとあれば、信心深い海の男達はあやかろうと買う」


「女神、ですか」


「ユリウス・ツー・アイゲルの義理の姉を、死の淵から救った女神から授かった知恵だそうだ。商品名『海のしずく』。変わらぬ愛と貞節の象徴である植物――『ローゼマリー』の別名だな」


 バサリ。

 父様が投げた資料が、テーブルの上に広がる。

 それを眺めながら私は、返す言葉も思い浮かばず、唇を噛みしめた。


「何故、己の手柄だと主張しなかった」


「……父様には筒抜けなようですので、主張する必要はないのでは?」


「結果論だな」


「……」


「謙虚さが美徳だと思っているなら、とんだ勘違いだぞ」


 自分の置かれた状況を鑑みて、そんな余裕があると思うのか。

 そう吐き捨てられて、ぐうの音も出ない。


 私は定められた期間内に功績をあげなければ、隣国へと嫁がされる。政略結婚を回避するためには、悠長な事など言っていられない。

 それは充分、理解している。


 では何故、今回の事を手柄だと主張しなかったのか。


 私一人の功績ではないという、謙虚な気持ちからじゃない。

 言わなくても伝わるだろうと、驕っていたのでもない。


 単純に、怖かったから。


 だって私が持っている知識は、前世のものだ。

 壊血病自体、認知度が低いからこそ混乱が起こったのだから、対処法が見つかっていない可能性は高い。ユリウス様には本で得た知識だと言ったが、そんな本はきっとない。城中どころか世界中を探しても見つからないだろう。


 父様がそんな矛盾を見逃してくれるとは、どうしても思えなかった。


「堂々としていろ」


「……え」


 俯いていた私は、唐突に降ってきた声に唖然とする。

 まるで心を読まれたかのような言葉に、驚きを隠せなかった。


「笑顔で押し切るつもりなら、最後まで貫き通せ。視線をそらすのは、(やま)しいことがあると自白しているようなものだ」


「!」


 言葉で殴りつけられたような気分だった。

 父様の言う通り。私は、後ろめたいんだ。

 公式も知らずに解答だけを書いて、カンニングだとバレるのが怖かった。


「また顔に出ているぞ。お前は本当に交渉が下手だな」


 目を見開いたまま動きを止めた私を一瞥し、父様は短く息を吐き出した。ゆったりとした動作で長い足を組み、頬杖をつく。

 お前に比べれば、弟の方がまだ見込みがある、なんて言われても、噛み付く気力もなかった。


「相手の望むままに、一から百まで開示するのが交渉ではない。答えたくない事があるなら、何も言わずに笑え。相手が勝手に良いように解釈してくれるように、誘導してみせろ」


 ポーカーフェイスも満足に出来ない小娘に、無茶を言いおる。

 でも不思議と、反感は抱かなかった。

 私が交渉下手なのは事実だし、父様の言うことが実践できたなら、私自身の力となる。


 というか、話の流れから察するに、知識の出処は言わなくてもいい感じだろうか。


 身構えていた私が肩の力を抜くと、その瞬間を待ち構えていたかのように父様は口を開いた。


「で?」


「はい?」


「城の薬師や料理人、学者ですら知らない知識を、お前は何処で手に入れた?」


「…………」


 何故か楽しげに見える無表情を眺めながら、私は無言で、お手本のような笑顔を浮かべた。


.

 




 



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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公がとても平凡で、精一杯前向きに生きている姿はとても眩しいです。幸せになって欲しいと心から思える愛すべき主人公ですね。 [一言] この世界にもローゼマリーの名に花言葉的な意味があった事…
[一言] 「私一人の功績ではないという、謙虚な気持ちからじゃない。言わなくても伝わるだろうと、驕っていたのでもない。単純に、怖かったから」 そうなのかな? もう後がない、前に出るしかないと言う必死さ…
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