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転生王女の依頼。(3)

 



 恥ずかしくて、レオンハルト様をまっすぐに見られない。

 視線を彼から外し、景色へと逃がす。


 タオは起伏の激しい土地だ。

 急勾配に家々が立ち、その隙間に張り巡らされた坂道や階段は複雑に入り組んでいる。しかもどの家も素焼きレンガで出来たオレンジ色の屋根に白い外壁という、同じような外観。


「迷路みたい」


「そうですね。初めて訪れた人間は、高確率で迷いますよ」


 独り言のつもりで呟いた言葉を拾い、レオンハルト様は相槌を打ってくれた。


「案内なしで下手に細い路地に入り込むと、中々出られなくなります。ですから慣れていない場合は、遠回りでもこの階段を使う者が多い」


 今わたしがいる階段は、石積みの壁に沿って設置されているので、比較的街を見渡しやすい。中心街を通らずに迂回する形になっているが、結構人とすれ違うのは、そういう理由があったんだね。

 逆に慣れた人達は、中心街の入り組んだ道を使い、どこへでも行ける仕組みになっているらしい。地図さえ頭に叩き込んでおけば、道は選びたい放題みたい。

 面白い造りの街だ。


「ちょっとワクワクしますね」


「ワクワク?」


「はい。冒険してるみた……い……」


 抱いた感想をそのまま口に出してから、アホの子っぽいなって気付いた。階段を歩いているだけで冒険ってなんだ。

 しかも自分では歩いてないっていうね。最悪だー……。


 だってね、なんかダンジョンっぽいなって思ったんだ。

 城の中の景色以外は殆ど知らない私にとって、入り組んだ街並みは立派な冒険の舞台。モンスターがいなくても、宝箱がなくても。


 呆れられるかとも思ったが、レオンハルト様は笑って頷いてくれた。


「分かります。ガキの頃、一回ここで迷った事がありましたけど、ちょっとした冒険でしたよ」


「えっ? レオン様が?」


「やたらと好奇心旺盛で、落ち着きのない悪ガキでしたからね。わざと親から逸れて、あちこちを探索しているうちに迷ってました」


 レオンハルト様は、昔を懐かしむような遠い目をした。


 昔のレオンハルト様が、活発な子だったというのは意外だ。昔から落ち着いていたんじゃないかと、勝手なイメージを抱いていたから。


「叱られませんでしたか?」


「もちろん、叱られましたよ。自分だけならともかく、弟二人を巻き込むなと父親に拳骨を食らわされました」


 勝手についてきたんだと主張したら、もう一発殴られましたよと、レオンハルト様は悪ガキのような顔で笑った。


 ガキ大将タイプだったのかな。

 後をついて回る弟さん達に、文句を言いつつも面倒を見ていたんじゃないかと思う。

 見たかったなぁ。口悪くて活発で、でも面倒見の良い、悪ガキなレオンハルト様。


 それにしても、由緒正しい伯爵家であるオルセイン家が、結構アグレッシブな家系であるらしい事に驚きを隠せない。

 レオンハルト様のご両親に、いつか会ってみたいな。


 あ。嫁としてとか、図々しい事は考えてないよ。うん。…………ほんのちょっとしか。


「はい、下に到着です」


 そんな妄想をしている間に、階段を下り終わっていた。


「ありがとうございます。もう下ろしてくださって大丈夫……」


「ここからが一番逸れそうなので、もう少し待って下さいね」


「はい……」


 嬉しいけど恥ずかしいので、下ろして欲しいと思ったが、笑顔の圧力に負けた。


 でもレオンハルト様の言う通りかもしれない。広めの通りに出た途端、人通りが格段に多くなった。

 ごった返した人ごみの中を、荷物を背に積んだロバや荷車が縫うように進む。

 道の両脇に軒を連ねる店には、珍しい品物が沢山置いてあり、どこも繁盛している。気を取られているうちに、簡単に迷子になってしまいそうだ。


「ユリウス様を探すの、大変そうですね」


「確かに。でもまぁ、目印を教えてもらってありますので、なんとかなるでしょう」


 混み具合を見て、思わず遠い目をしてしまったが、レオンハルト様は迷いのない足取りで進んでいく。

 同じような高さの店が続く中、一つだけひょっこりと飛び出した高い建物がある。その角を曲がって、飲食店の看板を目印にもう一度左折。細い路地を暫く進む。


「この辺りのはずですが……」


 歩きながら周囲を見回すレオンハルト様に倣い、私もキョロキョロと周囲を観察する。


「……あ!」


「見つかりましたか?」


「今、通り過ぎたお店にいた気がします!」


 来た道を数歩戻ってもらい、中を覗き込む。

 奥の方に長身の男性の後ろ姿が見えた。体型は細身で、明るいブラウンの髪を後ろへ撫で付けている。

 後ろ姿は似ているんだけど、顔が見えないから決定打に欠けるな……。


 男性は誰かと話をしているらしく、中々こちらを向かない。

 中に入ればいいのかもしれないけど、人違いだったら気まずいし。せめて横顔でもいいから確認出来ないかな。


 そんな私の願いが通じたのか、男性は首の後ろを左手で擦りながら、横を向いた。


「やっぱりユリウス様です」


 見覚えのある横顔を見て、私は安堵の息を吐き出した。

 良かった、見つけられた。


「しかし、話し中のようですね。少し待ちますか」


「そうですね」


 レオンハルト様の言葉に頷いて、同意を示す。

 仕事の邪魔をしてはいけない。


 何処かで時間をつぶしますかと歩き始めたレオンハルト様に返事をしながら、ユリウス様の方をもう一度見る。

 位置を変えたせいか、話をしている人の姿がこちらからも見えるようになった。


 相手は若い女の人だ。


「……?」


 私は首を傾げた。

 商売の話だろうから、恰幅の良いおじさんや、逞しい船乗りの姿を想像していたので、予想外ではあるが、引っかかったのはそこじゃない。


 女性の顔に見覚えがある気がしたんだけれど、気のせい……?


「レオン様」


「はい?」


「すみません。戻って頂いてもいいですか」


 レオンハルト様は、私の要望に不思議そうな顔をしたけれど、店の前まで戻ってくれた。


 もう一度見れば思い出すだろうか。


「…………」


 不躾にも女性の顔を見つめながら、私は記憶を探る。

 どこだ。どこで見たんだっけ。

 最近じゃないと思うんだ。


 女性はとんでもない美人だが、何故か表情は厳しい。

 美人が怒ると怖いっていうけど、本当だね。


「…………!!」


 そこまで思い出した瞬間、ピシャーンと雷のように、脳裏に映像が過ぎる。

 昔といっても、子供の頃とかではなく。もっとずっと昔、前世の記憶。


「思い出した……」


 乙女ゲーム『裏側の世界にようこそ』の魔王ルートで出てくるサブキャラ。

 ミハイルの実の姉――ビアンカ・フォン・ディーボルト。


 ビアンカ姐さん、なんでこんなところにいるの……?



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『読み返し中』 ≫タオは起伏の激しい土地だ。 ≫急勾配に家々が立ち、その隙間に張り巡らされた坂道や階段は複雑に入り組んでいる。しかもどの家も素焼きレンガで出来たオレンジ色の屋根に白い外壁という、同じよ…
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