転生王女の依頼。(2)
お陰様で、3月12日に『転生王女』の二巻を発売して頂ける事となりました。本当にありがとうございますm(_ _)m
置いて行かれたなら、自力で行けばいいよね!
……なんて簡単に出来たら苦労はない。
陸地で繋がっているとはいえ、当然、歩ける距離じゃない。
正確な数字は分からないけど、ネーベルの王都からフランメの国境まで、たぶん千キロくらいあるんじゃないかな。しかも単純な直線距離でソレだから、アップダウンや回り道を計算に入れると、更に遠いはず。
うん、無理。普通に無理。
ドラゴンでとか、魔法陣でパパっと、なんてファンタジー感溢れる移動方法はない。
地道に馬車での移動が一番マシな気はするが、手続きが非常に面倒臭い。
陸路でフランメへ向かおうとすると、ヴィントとスケルツ、二カ国を越えることになるからだ。
そこで私が考えた移動方法は、帆船。
ネーベルの南西の港町から出発し、フランメの西側の港町へ向かう船に乗れれば、面倒な手続きは大分少なくなる。
でも、ここで問題が一つ。
この世界の船は基本、商業用か軍事用。
商業船は一般客を乗せる場合もあるけど、貨物量が少ない時だけ。定期的に運行している客船なんてものは存在しない。
つまり、航路を使おうとするならば、まず船の確保が必要となる。
そんな訳で私は、再びユリウス様の元へと向かった。
商船に乗せてもらえる伝手なんて、彼以外思い浮かばない。
人任せは嫌なんじゃないのとか言わないで欲しい。こんな身分以外に取り柄のない小娘が、自力で船なんて手に入れられる訳がないでしょうが。黒胡椒で船は貰えんのだよ。
幸いというか、ユリウス様はゲオルク達に同行していないので、現在はネーベル国に留まっている。
お願いするなら、今しかない。
でも、忙しいユリウス様を捕まえるのは至難の業。
時間があくのを待っていたら、会えるのはいつになるか分からない。
と、いうわけで。
ユリウス様を追って、やって参りました。
港町、タオ。王都の南に位置する海の玄関口です。
馬車から降りた瞬間、強い潮のにおいが鼻孔を擽る。
古い石畳が敷き詰められた坂の下、建物の隙間から青い水平線が見えた。
「海だ……」
この世界に生まれ変わってから、初めて見る海。
日本で生きていた頃に、何度か海には行った事があったけど、こんなにも澄んだ色はしていなかった。『青』というより『碧』。
キラキラと輝く美しい海に、私は暫し見惚れていた。
「マリー様」
呼ばれて振り返ると、レオンハルト様が私を見下ろしていた。
グレーのシャツの上から青みがかった黒のロングコートを羽織った彼は、普段の騎士服姿とはまた別の格好良さがある。
いつもとは違う呼び方も、なんかドキドキする。まあ、お忍びだからなんだけどね。
「はぐれないで下さいね」
「えっ」
伸ばされた手に、私は目を輝かせる。
手を繋いでもいいの!?
浮かれた私は、伸ばされた手を掴もうとして、躊躇した。
地味なドレス姿の私を見て王女だと気づく人なんていないと思うけど、万が一という事もある。
それに、レオンハルト様がロリコンの誘拐犯だと思われても不味い。いや、好きだって迫っている私が言うべきセリフじゃないと思うけど。
普通に考えれば、レオンハルト様と私が手を繋いでいても、ロリコンだと思う人はまずいないだろう。
年の離れた兄と妹とか、認めたくないけど若いお父さんと娘とか。そんなとこだと思う。
でも私は前述した通り、浮かれていた。そんな当たり前の事にさえ気づかないほど、ふわふわしていた私は、周りも全然見えていなかった。
「失礼」
「ぅわっ?」
声をかけられたのと同時に、ひょいと抱え上げられた。
直後、籠を担いだ大柄な男の人が、私がさっきいた場所を駆け足で通り過ぎる。
庇ってくれたんだ。
「あ、ありがとうございます……レオン様」
「どういたしまして」
いつもより、ずっと近くにある雄々しい美貌が、柔らかな笑みを浮かべた。
ま、眩しい……!!
笑顔が近すぎて、直視出来ない!
心臓が壊れそうなので早く下ろして欲しいと願うが、レオンハルト様は私を抱えたまま、歩き出した。
カツコツとブーツの音を鳴り響かせながら、細い階段を下りる。
「え、レ、レオン様……? あの、もう大丈夫なので」
おろして、と言う言葉は、港町の喧騒にかき消されてしまいそうに小さくなってしまった。
でもどうやらレオンハルト様には届いたようだ。
「どうか着くまでご辛抱を」
困ったような顔で、そう言われてしまえば反論出来ない。
さっき私がボーッとしていたのが原因だろうし。こんなトロい子を一人で歩かせていたら、はぐれると判断したんだろう。
大人しくレオンハルト様の肩に手を添えれば、よく出来ましたと言わんばかりの微笑を向けられた。
甘やかされているような気もするけど、完全に子供扱いだよね。
嬉しいけど、複雑だなぁ……。
抱え方も、お姫様抱っこではなく、子供を抱える形だし。
もうすぐ十三歳になろうというのに、子供抱っこされている私が、本当にいつか女として見てもらえるんだろうか。
「……どうかしましたか?」
しょんぼりと項垂れた私に、レオンハルト様は気遣わしげな視線を向ける。
「い、いえ! ちょっと考え事をしていただけです」
慌てて否定すると、レオンハルト様は少し考える素振りを見せた。
お願いだから、これ以上突っ込まないで欲しい。女として見てもらえるか不安になりました、なんて情けない告白、想い人にしたくない。
「……マリー様」
「え?」
呼ばれて反射的に、俯いていた顔を上げる。
するとレオンハルト様は、無言で空を指差した。言われるままに、空を仰ぎ見る。
降り注ぐ日差しが眩しくて目を細めた私の頭上を、白い影が通り過ぎる。
猫に似た独特な鳴き声を響かせながら、隊列を組んだ海鳥達が海を目指して飛んで行く。
オレンジ色の屋根が連なる独特な景観の中、スイスイと自由に飛ぶウミネコ。まるで絵葉書の中の風景のようだ。
「わぁ……!」
思わず感嘆の声が洩れた。
視界が、いつもよりずっと高いせいか、ウミネコにも手が届きそうだった。
「レオン様、見ましたっ? すっごく近かったですね!」
「はい」
「ミャーミャーって、鳴き方も可愛かったです」
「鳴き声が猫に似ているから、ウミネコと呼ぶそうですよ」
やっぱりこっちの世界でも、同じ名前なんだ。
ユリカモメとかもいるのかな。
「本物の猫も多いようですけどね。ほら、そこに」
「えっ? どこ……あ!」
斜め下の方向にある家の屋根の上で、猫達が気持ちよさそうに昼寝をしていた。茶トラと白と薄茶、三匹もいる。
互いを枕にするみたいに、折り重なる姿が何とも微笑ましい。ほわほわした毛玉がみっつ。癒されるなあ。
「かわいい」
思わずへにゃりと笑み崩れた私は、小さな声で呟く。
そんな私を見て、レオンハルト様は軽く目を瞠った。
あ、あれ?
私、なんか空気の読めない発言した?
もしくは変な顔してた?
固まったレオンハルト様に、私は一瞬不安になった。
でも、次の瞬間には不安なんて吹っ飛んでいた。
「はい。……可愛いですね」
色気の滲む甘い微笑みを浮かべて、そんな事言わないで欲しい。
自分が言われているみたいだなんて、馬鹿みたいな勘違いしてしまいそうで怖いから。
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