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転生王女の狼狽。(2)

 


 ミハイルが魔導師見習いとなって、一月と少し。

 あの日から、接触はほぼない。


 避けられているのかもしれないけれど、確証はない。

 それとなく距離を縮めていけたらとも思っていたが、それも難しい。

 最早、魔導師の溜まり場と言っても過言ではない温室に、ミハイルは顔を出さなかった。

 地属性の魔導師ならば、温室でこそ能力を発揮すると思っていたのだが、彼が育てる植物は温室以外の場所にあるらしい。

 能力や成長具合を見極めるのに、他の人間の手が入っては正しいデータが取れないというのが理由だ。確かに。


 同じ魔導師であるテオやルッツとは良く会うので、機会は沢山あるだろうと楽観視していたのがいけなかったのだろうか。

 距離を縮めるタイミングを、すっかり逃してしまった。


 自由時間も殆ど会えず、何処で何をしているんだろうかと疑問に思っていたが、答えは思わぬ場所で知る事となった。





「薬の原材料が分かった……?」


 ユリウス様のお宅にお邪魔していた私は、唖然としたまま、暫く固まっていた。

 向かいのソファーに腰かけたゲオルクは、私の呟きを拾って頷く。ウォールナットのテーブルの上に置かれた紙束を手に取り、彼は私へと手渡した。


「まだ場所の特定には至りませんが」


 未だ衝撃醒めぬ状態のまま、私は手元の資料を捲る。

 そこに描かれているのは、まっすぐな幹を持つ高木だった。低い位置に枝葉はなく、上部に葉を茂らせ、小さな花を咲かせている。

 矢印で、葉や花の情報が書き加えられており、特徴も仔細に記されていた。


 突然の進展に、私は喜ぶより先に戸惑う。

 今までだって、ゲオルクやユリウス様は必死に調べてくれていた。もちろん私も、城の蔵書で関係のありそうな物を、端から調べていた。

 それでも手掛かりは、中々掴めずにいたのに。


「どうして、急に?」


 顔を上げ、問う。

 聞きながら、私は一つの心当たりがあった。


「ミハイルが協力してくれたお蔭です」


 ゲオルクの言葉に、私は『やっぱり』と納得しつつも、『どうして』と戸惑いを隠せずにいた。


 地属性の魔導師であるミハイルならば、植物に関しての情報を多く持つだろう。

 丸薬となっているので原形を留めていない植物の特徴を、どうやって得たのかは分からないが、魔法を使えば可能なのかもしれない。

 ゲオルクに協力を申し出たのも、ミハイルの優しい気質を思えば不思議ではない。多くの人を救う事なら、きっと彼は喜んで手伝うだろう。

 それは分かる。


 でも、じゃあ、どうして?

 ミハイルは私を避けるのだろう。


 ゲオルクとユリウス様が、メインで調べてくれているとはいえ、薬の件の発端は私。

 まず私に話を通せとは言わないけれど、引っ掛かる。

 居住を城に移したミハイルは、私の方が距離的にも近い。ユリウス様のお宅を訪問して、協力を申し出るより、私に持ちかけた方が早いんじゃないだろうか。 


「主原料は分かりましたが、製造方法や他の原料は未だ不明です。ですので次は、薬を製造した地域の特定に取り掛かります」


 悶々と悩んでいる私に気付いていないのか、ゲオルクは地図を広げながら話を続けた。


「ミハイルの情報によると、どうやらその木は、標高が高い地域に生えている事が多いそうです」


「標高が高い、といいますと、山脈の辺りでしょうか?」


 悩みは全く解決していないが、取り敢えずはゲオルクの話に集中する事にした。

 地図上で、ネーベル、シュネー、ヴィント、スケルツの国境付近に連なる山脈を指差すが、ゲオルクは難しい顔で顎に手をあてる。


「熱病の薬ですので、北より南の方が可能性は高い気がします」


「南方の山脈……。確か、フランメ王国の南西にありましたね」


「はい」


 暫し考えてから、地図の上に置いたままだった指を、ネーベルの北からフランメの南西へと滑らせる。

 思い当たった事を口に出すと、ゲオルクは深く頷いた。


「薬を所持していた船乗りも、フランメの船に乗っていましたし。まずそちらを調べるべきかと思いました」


「確かに」


 私は、ゲオルクの説明に同意を示す。


 しかし、フランメか……。

 行った事は、もちろん一度もない。

 地図を眺めながら、頭の奥に仕舞い込まれた、文献の情報を引っ張りだす。


 フランメ王国。

 ヴィントの南西に位置する国。ネーベルからフランメを陸地で目指す場合、ヴィントとスケルツの国境を越える事となる。

 大陸第三位の国土を有す大国だが、南東に拡がった砂漠が領土の四分の一を占める。三方を海に囲まれているので、漁業及び造船業が盛んだ。

 大陸では珍しい母系社会で、王女に王位継承権がある。

 現在は確か、若くして旦那様を亡くした王妃様が、幼い王女と王子が大きくなるまでの中継ぎで女王となっていた筈だ。但しこれは稀なケースで、基本は王位継承権を持つ王女と結婚した男性が王となる。


 思い出せるのは、以上だ。

 歴史の授業で習うような、薄い情報しか私は持っていない。これじゃ、まずいだろう。

 言葉が通じなくても困るし、治安や情勢はどうなんだろうか。気温とか、山脈までの道路事情は?


「フランメに行く前に、まずは色々調べてみようと思います」


 まずは、情報を集めよう。

 そう決意して宣言すると、何故かゲオルクは目を丸くした。


「……え?」


 ポカンと開いたゲオルクの口から、唖然とした声が洩れる。なにをそんなに驚いているんだろうか。


「どうかしましたか?」


 じっと見つめられて居心地が悪い。

 首を傾げて尋ねると、ゲオルクは表情を引き締めた。眉間に縦ジワを刻んだ彼は、暫く考え込んだのち、口を開く。


「マリーさ、……王女殿下」


 マリー様、と呼ぼうとしたのだろう。しかしゲオルクは、それを咳払いで誤魔化した。


「どうか、この先は、僕達に任せて頂けませんか」


「え?」


「どんな危険があるか分からない場所です。貴方が行くべきではありません」


 ゲオルクは、静かな声で言い切った。

 強い決意の宿る瞳を見て、私はミハイルを思い出す。温室で会った時のミハイルと同じ、静かに突き放す目。


 ああ、同じだ。私は胸中で呟いた。


 一か月前のミハイルだけでなく、もう一つ、胸を過ぎる既視感。


 魔導師誘拐事件の時と同じ、蚊帳の外に放り出される感覚だった。


 .

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― 新着の感想 ―
『読み返し中』 ミハエルがマリーちゃんの事を避けているのはどう接したら良いか分からないからだと思います、彼もお年頃だから恥ずかしくて女の子と会うのに躊躇しているの知れませんね。 一国の王女と会うどこ…
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