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転生王女の焦り。

 


「……殿下? 如何されましたか」


「!」


 車輪が石を踏んだのか、派手な音と共に馬車が跳ねる。

 その大きな振動に合せて、意識が引き戻された。


 目の前には、気遣わしげに顔を曇らせるレオンハルト様。ぼんやりと意識を飛ばしていた私を心配してくれたのだろう。


「だい、じょうぶです」


 思わず片言になってしまった。

 呆けた頭がだんだんと現状を理解していくにつれ、顔に熱が集まっていった。


 間抜けな顔をレオンハルト様に晒し続けていた挙句、大切な彼をずっと無視してしまっていたなんて、最悪だ。

 羞恥と罪悪感を抱きながら、申し訳ありませんと早口で謝罪する。

 けれど彼の表情は晴れない。眉間に深いシワを刻み、口を引き結んだレオンハルト様は、じっと私を見つめる。


 居た堪れなくなって俯くが、視線がジリジリと刺さる。

 馬車の中に気まずい沈黙が落ちた。


 レオンハルト様と話がしたくて、我儘を言ってユリウス様の屋敷までの護衛をお願いしたというのに。

 何をやっているんだろう、私。


 自分が情けなくて、益々俯いた視界に、大きな手が伸びてきた。


「!」


 反射的に身を引いた。

 殴られるとか、そんな物騒な事を考えたわけじゃない。驚いただけ。ただの条件反射だ。

 けれどそんな事、言葉にしないで伝わる訳もなく、伸びてきた手は動きを止める。顔をあげると、困ったように眉を八の字に下げるレオンハルト様と、視線がかち合った。


 またやっちゃった……!!


 何故レオンハルト様が、私へと手を伸ばしてきたのかは知らない。知らないけど、拒絶してしまったのに変わりはない。


 違うんです。驚いただけなんです。

 そう弁明したくても言葉は上手く出ない。


 あうあうと口ごもる私を見つめていたレオンハルト様は、ゆっくりと言葉を紡いだ。



「……姫君、触れても?」


「え、え、あ、……はい」


 触れる? 触れるって何に?

 動揺して頭が上手く働かない。盛大に吃りながらも頷くと、レオンハルト様の手は、私の前髪をすくい上げた。


 大きな掌が、怯えさせないように優しく、額に触れる。

 その瞬間、私の体は凍りついたように動きを止める。硬い掌の感触に、意識の全部を持っていかれて、思考さえもフリーズした。


「……っ!?」


 息を詰める私とは正反対に、レオンハルト様の表情からは動揺の欠けらも見つけられない。

 間近にある雄々しい美貌は難しげに顰められていたが、数秒おいて、眉間のシワは消えた。

 ほぅ、と小さく安堵の息を吐き出した彼は、私の額から手を離す。


「熱はありませんね」


 厳しい印象を与える目元が、優しく緩められる。

 至近距離で柔らかく微笑まれて、私の脳ミソはショート寸前だ。


 さっきより顔が熱い。

 頭は全くと言っていいほど働いていないのに、心臓はバクバクと忙しなく動く。鼓動の音が煩い。


「え、あっ、はい……」


 間抜けな声が洩れた。はいって何だ。


「何処か痛い場所はありませんか?」


「はい」


「気分が悪いということも、ありませんね?」


「はい」


「では、何か悩み事がおありになるのでは?」


「はい……あ」


 早鐘を打つ胸を押さえながら、声に出さず素数を数えていた私は、よく考えもせずに頷いていた。誘導尋問とも呼べぬ手に引っ掛かり、しかも、やっちゃったと言わんばかりの顔をしてしまった。

 恐る恐るレオンハルト様を見れば、にっこりと、それは綺麗な笑顔を浮かべてらっしゃる。さっきまでとは違う種類の笑みに、私は、言い逃れが出来ない事を悟った。


「一人で溜め込むのは、貴方の悪い癖だ。相談相手がオレでは不満かもしれませんが、話して下されば、力になれる事もあるかもしませんよ?」


 ああ、砕けた口調のレオンハルト様、格好良い。


 現実逃避か、それとも本能に忠実なだけか。

 場違いな感想を抱きつつも、私は小さく頷いた。


 とはいえ、何から話すべきか。

 チラリ、と視線を向ける。促すように軽く首を傾げるレオンハルト様に、胸を打ち抜かれた。追撃は止めて頂きたい。


 落ち着くために、少し視線を逸らしながら、口を開いた。


「……この前、父様と話しました」


「国王陛下に会いに行かれたんですか」


 レオンハルト様は、目を瞠る。


「はい。といいますか、もう四度目なんですけど」


「……貴方は、思い切りがいいというか、妙な場面で行動力と決断力を発揮しますね」


 呆れと感心が混ざったようなため息を零し、レオンハルト様は呟く。

 誉められていると、前向きに捉える事は出来なかった。

 行動力と決断力があるというより、無謀で考えなし。最初は怯えていたくせに、喉元過ぎてアッサリと熱さを忘れ、痛いしっぺ返しを食らった馬鹿なんだ。私は。


「一回目は緊張で吐きそうだったんですが、二回目からは割と馴染んでしまいまして……」


 言い訳めいた言葉を、ボソボソと小さな声で告げる私に、レオンハルト様の表情が、更に微妙なものになった。

 厳しい表情をつくろうとして失敗したみたいな顔で彼は、大きな手で己の顎を擦る。


「警戒心がないと怒るべきなのか、大物だと感心すべきなのか判断に困るな」


「怒って下さっていいです……」


 寧ろ、感心なんかされたら居た堪れない。

 項垂れた私を見て、レオンハルト様は苦笑いを浮かべる。反省していると判断したのか、叱る事なく話を進めてくれた。


「それで、どうなさったんです?」


「実は……」


 私は俯いたまま、小さな声で説明を始めた。


 魔王に関する書物を見せてもらっていたが、文字が古くて中々読み進められなかったので、何度でも通おうと決めた事。

 いつの間にか馴染み過ぎ、気を抜いて、あやうく逆鱗に触れかけた事。

 馬鹿だと真正面から罵倒された事。

 何故か話の流れで、父様に相談をするような形になってしまった事。

 適当に躱せばいいのに、食い付いて問答を繰り広げた結果、中途半端に目を付けられてしまった事。


 それを一つ一つ説明するのは、結構な苦行だった。

 誰だって、自分の失敗談は話したいものではないと思う。私のこれは、取り返しのつかない状況になっているから、余計に。

 ちなみに政略結婚の件は、まだ言えていない。


 話し終えたあと、沈黙が馬車内に落ちる。


「…………」


 気まずさに耐えきれず、勇気を出してレオンハルト様を盗み見ると、オーギュスト・ロダン作『考える人』みたいになっていた。

 眉間に深いシワを刻み、黙する彼の表情は厳しい。


 どうしよう。完全に呆れられてないか、これ。


 .

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