転生公爵の歓迎。(5)
「父様は保護者というより、指導者ですね」
昔の父様に公私の区別はほぼ無かった。
私への接し方も娘ではなく、部下に対するものに近かった気がする。
「あの人は、幼い頃のローゼにも容赦なかったからな」
兄様の言葉に、無理難題を押し付けられた過去の記憶が頭を過った。
思い返してみると、中々に波乱万丈な幼少期だったように思う。
父様に振り回されて、私は色んな体験をした。全部が全部、良い思い出だとは言えない。儘ならない現実に泣いた夜もあった。
でも、それら全てが現在の私を形作っているから。
「当時は理不尽だと思っていましたし、怒りもありました。でも、あの頃の経験があるからこそ今の私があるので、感謝もしているんです」
「……悔しいが、一理ある」
兄様は不服そうな顔で呟く。
「父親失格だが、為政者としてのあの人は腹が立つほど正しい」
「ええ、かなり腹は立ちますが」
私は深く頷いた。
「この計画についても、おそらく……いや、確実に初回は突き返されるだろう。私が思いつきもしなかった穴を的確に指摘して、『やり直せ』とな」
「言いそう……」
「だがそれは私が未熟だからだ。成長の為の糧だと思えば、いくらでも呑み込める」
兄様は『腹は立つがな』とおどけるように付け加えた。
「そうですね。逆に利用してやりましょう」
「うん?」
「父様が穴を見つけてくれるなら、寧ろ助かりますし。突き返されるのも、一つの作業工程だと考えて、何百回だって提出してやりましょう」
兄様の目が点になる。次いで相好を崩した。
「いいな、それ。うんざりする顔が目に浮かぶ」
「思いついた案を、色々、盛り込んでみましょうよ。風変りな発想でも、実現可能か、父様が精査してくれるかもしれませんよ」
流石の父様でも、ブチギレるかもしれないが。
でも、それはそれで見てみたい。怒らせると、どんな風になるのか興味ある。
「じゃあ、ローゼ。さっそく協力してくれるか?」
「お任せください」
胸を張り、笑みを浮かべた。
たぶん今の私は淑女失格。悪戯を企む悪ガキのような顔をしているに違いない。
「まずは計画の妨げになる要素を、一つずつ潰していくか」
そう言って兄様は、手帳を取り出す。
「貴族の説得も難航するでしょうが、平民からも反発があると思います」
「教育の利点を理解していないと、そうなるだろう。文官や商人は仕事をする上で必須技能になるが、農民や漁師らは、読み書きや計算が出来なくても現状、やっていけているからな」
「子供を学舎に通わせる事によって、働き手が減りますから、寧ろマイナスだと思われますね」
「それを説得するには、教育の重要性を周知させる事。もしくは……」
「不利益を補填するだけの利点を与える事、ですね」
「利点か」
兄様は手帳を見つめながら、眉を顰める。
「最も分かり易いのは金だが、相当上手くやらないと汚職の温床になりそうだな」
「現状の我が国では、無理だと思います」
補助金制度を導入出来るほど、我が国は成熟していない。
役人や管理者の中抜きや、子供の数の水増しによる不正受給など、次々と問題が起こる事が予想出来る。
「なので、食事はどうでしょうか?」
「食事?」
「はい。学舎に集まった子供達に、食事を配布するんです。一食分が浮くというのは、利点と呼ぶには少し弱いですが、ある程度は有効かと」
現代日本にも学校給食があった。
あれは無償ではなかったが、安い上に栄養バランスも摂れていたので、優れたシステムだと思う。
「現物支給は良い案かもしれないな。不正がし難い」
「教科書や筆記用具も、いずれは視野に入れてもいいかもしれませんね」
予算の関係もあるので、全部一緒には無理だけど。
まずは授業中のみ貸し出す形式の方が、現実的だろう。
「それから、もう一つ考えている事があります。利点ではないんですが、不満を多少は減らせる効果があるかなと……」
「聞かせてくれ」
「子供が学舎に通う時期を、親の仕事の閑散期にするんです」
「閑散期というと……農家ならば冬か?」
「一概には言えませんが、大体はそうですね。漁師の場合は、夏の終わりから秋にかけて、海が時化る日が多いそうです。林業は、雨天では作業が出来ませんので、雨の多い時期がそれに相当しますね」
「なるほど。それなら働き手が減る事の不満も抑えられるか」
「閑散期でも仕事はあるでしょうが、忙しい時期よりはきっと」
「それぞれに都合の良い日だけ通うという事だな。良い案だ。だが、それでは学習進度がバラバラになるな」
「問題はそこなんですよねぇ……」
明確に弱点を衝かれ、私は唸る。
「ただ、一考の余地はあると思う。何かしらの工夫をすれば、或いは」
「工夫、工夫……個別学習だと、教師が足りませんよね?」
「おそらくは」
「あとは、組分けをするとか……。うーん、何かしらの問題が起きそうなので、一旦、横に置いておきましょう」
「いっそ奏上して、父上に欠点を見つけさせるか」
ついには兄様まで、父様をデバッガー扱いし始めた。親子であっても不敬罪が適用されそうな会話で、私達はワイワイと盛り上がっていた。
議論が白熱し、気付けば時間がかなり経っていたらしい。
乱暴ではないものの、しっかりと主張するノックの音で、私達は我に返った。
「お二人共、そろそろ食事にしませんか?」
苦笑いを浮かべたレオンハルト様の言葉を聞いて、時計を見る。短針は天辺を疾うに過ぎていた。
昼食というよりは、アフタヌーンティーに近い時間だ。
きっとレオンハルト様は、困り果てた使用人達から助けを求められたのだろう。
「……ごめんなさい」
「すまない」
しょぼんと萎れた私達を見て、レオンハルト様は笑みを深める。
「楽しかったようで、何よりです」
邪推する事も出来る発言だが、優しい眼差しが嫌味ではないと教えてくれた。




