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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
394/396

転生公爵の歓迎。(3)

 

 レオンハルト様は頭の回転が速い。

 しかも、各場面に適した対応が出来る柔軟さも持っている。


 だから、私が直接関われない案件でも、彼に任せておけば大丈夫という安心感がある。


 たぶん、おかきに関しても売り出し方だけでなく、売り上げの上昇に伴うトラブルの対応なんかも、既に検討しているんだろうな。


「ローゼ。お前の伴侶は頼もしい限りだな」


「はい」


 レオンハルト様に助けられる場面は多い。

 彼の優秀さを理由に結婚を決めた訳ではないけれど、本当に、良い相手に恵まれたと思う。私ってば男性の趣味良いなと、自画自賛したいくらいだ。


「自慢の夫です」


 隣のレオンハルト様を見上げると、彼は少し照れたように頬を染めた。

 余裕のある大人である彼が、こうして不意に見せる隙のある姿に、未だ私は心をトキメかせていたりする。


 恰好良くて頼りになるのに、たまに可愛いのは狡いでしょ。


「仲睦まじいようで、何よりだ」


 兄様は苦笑いを浮かべた。


 私からは熱い眼差し、兄様からは生温い目を向けられ、レオンハルト様は居心地が悪そうだった。

 仕事の件で側近がやって来ると、これ幸いとばかりに席を外した。逃げたとも言う。


「レオンハルトも照れる事があるんだな」


 レオンハルト様の後ろ姿を見送り、兄様は独り言を零す。

 兄様の知るレオンハルト様は、常に冷静で、頼れる近衛騎士団長のイメージで固定されているだろうから無理もない。


「他の人には内緒ですよ」


 兄様に笑顔を向け、人差し指を唇に当てる。

 夫の面子を守るという建前と、可愛い部分を独り占めしたいという本音を織り交ぜた。


「……ああ、承った」


 兄様は目を丸くした後、破顔した。


 その後も和やかに時間が過ぎていく。

 しかし、レオンハルト様は中々、戻ってこない。


「忙しいようだな」


「そうですね」


 兄妹水入らずの時間を作ってくれているのかな、と思いつつも頷く。

 忙しいのも本当だから。


「医療施設の経営も軌道に乗ったので、そろそろ学舎の方にも取り掛かる予定ですから、今後はもっと忙しくなると思います」


 医療施設計画は大学病院をモデルとしている為、いずれは診療、研究、教育の三つの役割を持つ予定だ。


 しかし、最初から完璧な形で仕上げる事は難しい。

 だからこそ、まずは治療棟と研究棟を先に稼働させ、安定させる事を目標としてきた。


 その甲斐あってか、どちらの運営も順調。

 漸く、学舎の計画を進められるようになった。


「開校はいつ頃の予定だ?」


「再来年くらいですね」


 今年は準備に費やし、来年には募集と試験、再来年に開校が理想だ。

 待たせている人達もいるから、焦りはある。でも、急いては事を仕損じると言うし、出来る事を確実に積み上げていこうと思う。


 その辺りを掻い摘んで話すと、兄様は頷いた。


「慎重なくらいで丁度いい。焦って失敗した例もある事だしな」


「失敗?」


「グルント王国の話は聞いていないか?」


 兄様の言葉に、つい先日、耳にしたニュースを思い出した。


「学び舎を作る計画が行き詰っているとは聞きました」


 ネーベルの東に位置する隣国グルント王国でも、学び舎を作る計画が持ち上がっていた。

 既に校舎の建設が始まっていると聞いた時には、かなり前から計画していたのだなと思っていたのだが……。


「無計画に始めた結果、王家と貴族が揉めているらしいな」


 恐ろしい事に、綿密な計画を立てる前に着工したらしい。

 もう建物は出来かけているというのに、今になって、出資額の割合がどうの、権利がどうのと、その土地の領主と王家が対立しているそうだ。


「今更ですよね。事前に話し合いはしなかったんでしょうか?」


「会議では、聞こえのいい言葉で誤魔化していたのかもしれないな」


「確か、発案者は王子殿下でしたっけ」


「ああ。功を焦るあまり、しくじったようだ」


 グルント王国には現在、王女が一人、王子が一人いる。

 グルントはネーベルと同じく、女性に王位継承権はない為、王子の地位は盤石であると思われた。


 しかし、王子が十六歳となった現在も、王太子は決まっていない。

 その理由は定かではないが、噂話は色々と聞く。


「王女殿下はとても優秀な方だそうですから、もしかして、姉君に引け目を感じていらっしゃるのでしょうか」


 公爵家の生まれである正妃が生んだ王女と、伯爵家の生まれである側室が生んだ王子。後ろ盾の差は大きい。


 その上、王女殿下は賢く、とても美しい方だと聞く。

 王子殿下の噂はあまり流れてこないが、横暴な振る舞いが目立つと耳にした事があった。それが事実なのか、かの方を快く思わない人間が流したデマなのかは分からない。


「それもあるが、焦ったのはローゼを意識しての事だろうな」


「わたし? 何故?」


 兄様の言葉に、唖然とした。

 思いも寄らないところで自分の名を出され、困惑してしまう。


「ローゼが立案した医療施設計画は、世界中から注目されている。だから、お前が学舎を創立するよりも先に、自国に建てたかったんだろう。世界初の学舎だと、言い張る為にな」


「……なるほど。称号が欲しかったと」


 確かに、権威付けの効果はある。

 目立つ功績を挙げたいと考えているのなら、一番に拘るのも理解出来た。


「ですが、こうなってしまうと急いだ事が裏目に出ていますね」


 まずは学舎の建設を優先させ、面倒ごとは後回しにする予定だったのかもしれない。

 しかし、領主と対立してしまった今となっては、工事の継続は難しい。ここで杜撰な対応を取れば、後々まで禍根を残しかねないからだ。 


 両者が納得出来る落としどころを見つけられれば、工事再開も可能だろうけど、おそらく、それも簡単ではない。


「もったいない。計画自体は、素晴らしいものなのに」


 溜息と共に本音を吐き出す。


 王子の野心や思惑は別として、学舎を作るという試み自体は称賛に値する。

 平民にとって知識は宝だ。読み書きと簡単な計算だけでも出来るようになれば、就職の選択肢も増える。悪人に騙され、搾取される確率だって減るはず。


 ただ残念な事に、平民が教育を受ける事を快く思わない貴族はいる。

 それに教育の重要性に気付いていない平民達からも、不満が出るだろう。


 理想だけ先行しても、実現には多くの障害がある。

 少なくとも隣国の王子のように、思い付きで為せるほど、簡単なものじゃない。


「うん、そうだな」


 兄様は静かな声で呟いた。

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― 新着の感想 ―
そうか、兄王子は知らなかったか……読者目線だとレオン様は照れを通り越してデレデレだからね 隣国の王立学舎、普通に悪役令嬢だのなんだのが跋扈しそう……
そもそも大学を作るのと小学校や寺子屋を作るのは全く別方向の苦労ですからね。 大学なら上が主導で始めた場合、名誉を授ける形とかで貴族から知識を集めたり専門家を如何に揃えるかで苦慮する形になりますけど。 …
この世界にはラノベ定番の貴族学院は無いのかな? マリーが創ろうとしているのは医学(薬学)の高等(専門)教育の学校。 次に読み書きや簡単な計算を教える初等教育の学校。 両者の間に医学(薬学)の基礎知識や…
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