転生公爵の歓迎。(3)
レオンハルト様は頭の回転が速い。
しかも、各場面に適した対応が出来る柔軟さも持っている。
だから、私が直接関われない案件でも、彼に任せておけば大丈夫という安心感がある。
たぶん、おかきに関しても売り出し方だけでなく、売り上げの上昇に伴うトラブルの対応なんかも、既に検討しているんだろうな。
「ローゼ。お前の伴侶は頼もしい限りだな」
「はい」
レオンハルト様に助けられる場面は多い。
彼の優秀さを理由に結婚を決めた訳ではないけれど、本当に、良い相手に恵まれたと思う。私ってば男性の趣味良いなと、自画自賛したいくらいだ。
「自慢の夫です」
隣のレオンハルト様を見上げると、彼は少し照れたように頬を染めた。
余裕のある大人である彼が、こうして不意に見せる隙のある姿に、未だ私は心をトキメかせていたりする。
恰好良くて頼りになるのに、たまに可愛いのは狡いでしょ。
「仲睦まじいようで、何よりだ」
兄様は苦笑いを浮かべた。
私からは熱い眼差し、兄様からは生温い目を向けられ、レオンハルト様は居心地が悪そうだった。
仕事の件で側近がやって来ると、これ幸いとばかりに席を外した。逃げたとも言う。
「レオンハルトも照れる事があるんだな」
レオンハルト様の後ろ姿を見送り、兄様は独り言を零す。
兄様の知るレオンハルト様は、常に冷静で、頼れる近衛騎士団長のイメージで固定されているだろうから無理もない。
「他の人には内緒ですよ」
兄様に笑顔を向け、人差し指を唇に当てる。
夫の面子を守るという建前と、可愛い部分を独り占めしたいという本音を織り交ぜた。
「……ああ、承った」
兄様は目を丸くした後、破顔した。
その後も和やかに時間が過ぎていく。
しかし、レオンハルト様は中々、戻ってこない。
「忙しいようだな」
「そうですね」
兄妹水入らずの時間を作ってくれているのかな、と思いつつも頷く。
忙しいのも本当だから。
「医療施設の経営も軌道に乗ったので、そろそろ学舎の方にも取り掛かる予定ですから、今後はもっと忙しくなると思います」
医療施設計画は大学病院をモデルとしている為、いずれは診療、研究、教育の三つの役割を持つ予定だ。
しかし、最初から完璧な形で仕上げる事は難しい。
だからこそ、まずは治療棟と研究棟を先に稼働させ、安定させる事を目標としてきた。
その甲斐あってか、どちらの運営も順調。
漸く、学舎の計画を進められるようになった。
「開校はいつ頃の予定だ?」
「再来年くらいですね」
今年は準備に費やし、来年には募集と試験、再来年に開校が理想だ。
待たせている人達もいるから、焦りはある。でも、急いては事を仕損じると言うし、出来る事を確実に積み上げていこうと思う。
その辺りを掻い摘んで話すと、兄様は頷いた。
「慎重なくらいで丁度いい。焦って失敗した例もある事だしな」
「失敗?」
「グルント王国の話は聞いていないか?」
兄様の言葉に、つい先日、耳にしたニュースを思い出した。
「学び舎を作る計画が行き詰っているとは聞きました」
ネーベルの東に位置する隣国グルント王国でも、学び舎を作る計画が持ち上がっていた。
既に校舎の建設が始まっていると聞いた時には、かなり前から計画していたのだなと思っていたのだが……。
「無計画に始めた結果、王家と貴族が揉めているらしいな」
恐ろしい事に、綿密な計画を立てる前に着工したらしい。
もう建物は出来かけているというのに、今になって、出資額の割合がどうの、権利がどうのと、その土地の領主と王家が対立しているそうだ。
「今更ですよね。事前に話し合いはしなかったんでしょうか?」
「会議では、聞こえのいい言葉で誤魔化していたのかもしれないな」
「確か、発案者は王子殿下でしたっけ」
「ああ。功を焦るあまり、しくじったようだ」
グルント王国には現在、王女が一人、王子が一人いる。
グルントはネーベルと同じく、女性に王位継承権はない為、王子の地位は盤石であると思われた。
しかし、王子が十六歳となった現在も、王太子は決まっていない。
その理由は定かではないが、噂話は色々と聞く。
「王女殿下はとても優秀な方だそうですから、もしかして、姉君に引け目を感じていらっしゃるのでしょうか」
公爵家の生まれである正妃が生んだ王女と、伯爵家の生まれである側室が生んだ王子。後ろ盾の差は大きい。
その上、王女殿下は賢く、とても美しい方だと聞く。
王子殿下の噂はあまり流れてこないが、横暴な振る舞いが目立つと耳にした事があった。それが事実なのか、かの方を快く思わない人間が流したデマなのかは分からない。
「それもあるが、焦ったのはローゼを意識しての事だろうな」
「わたし? 何故?」
兄様の言葉に、唖然とした。
思いも寄らないところで自分の名を出され、困惑してしまう。
「ローゼが立案した医療施設計画は、世界中から注目されている。だから、お前が学舎を創立するよりも先に、自国に建てたかったんだろう。世界初の学舎だと、言い張る為にな」
「……なるほど。称号が欲しかったと」
確かに、権威付けの効果はある。
目立つ功績を挙げたいと考えているのなら、一番に拘るのも理解出来た。
「ですが、こうなってしまうと急いだ事が裏目に出ていますね」
まずは学舎の建設を優先させ、面倒ごとは後回しにする予定だったのかもしれない。
しかし、領主と対立してしまった今となっては、工事の継続は難しい。ここで杜撰な対応を取れば、後々まで禍根を残しかねないからだ。
両者が納得出来る落としどころを見つけられれば、工事再開も可能だろうけど、おそらく、それも簡単ではない。
「もったいない。計画自体は、素晴らしいものなのに」
溜息と共に本音を吐き出す。
王子の野心や思惑は別として、学舎を作るという試み自体は称賛に値する。
平民にとって知識は宝だ。読み書きと簡単な計算だけでも出来るようになれば、就職の選択肢も増える。悪人に騙され、搾取される確率だって減るはず。
ただ残念な事に、平民が教育を受ける事を快く思わない貴族はいる。
それに教育の重要性に気付いていない平民達からも、不満が出るだろう。
理想だけ先行しても、実現には多くの障害がある。
少なくとも隣国の王子のように、思い付きで為せるほど、簡単なものじゃない。
「うん、そうだな」
兄様は静かな声で呟いた。




