転生公爵の歓迎。(2)
ソファでお茶をしながら、兄様は機嫌良く笑う。
「気に入ってもらえて良かった」
その言葉に裏はなく、本気で喜んでいるらしい事が分かる。
心の広い兄は、受け取りを渋っていたプレゼントの中身を見た途端、喜び出した現金な妹に思うところはないらしい。
なけなしの良心がズキズキと痛む。
真摯な気持ちで選んだ返礼品を、後でちゃんと贈ろう。
「私好みのものばかりで、嬉しいです。ありがとうございます、兄様」
「そう言ってもらえるなら、ご婦人方に助言を貰った甲斐がある」
「あ、やっぱり。女性の意見を参考にしてくれたんですね」
「堅物の私では、女性の気持ちは分からないからな。義母上に相談したところ、色々と取り計らってくださったんだ」
「お母様に⁉」
驚愕し、つい大きめの声が出た。
兄様とお母様の関係は、昔ほど険悪ではないと知っていたが、まさか、相談するほど友好的な仲になっているとは思わなかった。
一方的に自分を嫌っていた相手に、自ら歩み寄れるとは。
兄様は器の大きい人だと、改めて実感する。
「ああ。義母上はとても面倒見の良い方だな」
「……兄様って大物だわ」
「本当に」
私とレオンハルト様は目を合わせ、頷き合う。
「ん?」
「いえ、ナンデモナイデス」
何か言ったかと問う視線に、首を横に振って誤魔化す。
その後は茶菓子を摘まみながら、互いの近況を話していた。
「この家の料理人は腕が良いな」
「でしょう?」
「ああ、特にこの焼き菓子は良い。甘過ぎず、素朴なのに奥深い味わいがある」
我が家自慢の料理人が作った菓子は、兄様の口に合ったらしい。特にドライフルーツ入りのビスコッティがお気に召したようで、そればかりに手が伸びていた。
「ドライフルーツの他にも、ナッツを練り込んだものもあるんですよ。お土産としてご用意しますので、後で食べ比べしてみてくださいね」
「ありがとう。楽しみだ」
ちなみに私はドライフルーツ派で、レオンハルト様はナッツ派だ。
ワインにも合うので、レオンハルト様がそれをお供に晩酌している隣で、私はミルクティーに浸しながら食べている。
ちょっとお行儀悪いけれど、外ではやらないので見逃してほしい。
「そういえば、菓子で思い出した」
「何をです?」
「プレリエ領に、珍しい菓子があると聞いたんだが」
「珍しい菓子? どれの事でしょう……」
私は首を傾げた。
前世の知識を存分に活かし、私が好き勝手やっているせいで、プレリエ領には風変りな品が溢れている。
特に和菓子は、米自体に馴染みがないネーベル王国に於いては異質。
屋台で売り始めたお団子も、最初の頃は珍味扱いされていたけれど、今ではプレリエ領の名物の一つになりつつある。売れ行きも好調で、右肩上がりだ。
「おかき、というものらしい」
「あぁー……」
「陛下がお気に召した品ですね」
苦笑したレオンハルト様の言葉通り、『おかき』は父様のお気に入りだ。
プレリエ領の視察に訪れた際、軽い気持ちで勧めたところ、父様の口に合ったらしい。王都に帰ってからも注文が入るので、今でも定期的に送っている。
「国王の部屋から不思議な香りがすると、一時期、噂になってな」
「噂に⁉」
何ソレ、居た堪れないんですけど‼
確かに、米菓は独特の香りがする。せんべい食べていたら一発でバレる程度には、においが強い。
個人的には良い匂いだと思うけれど、父様とはミスマッチだと気付いてはいた。
西洋の彫像のような美丈夫とせんべい臭。
かなりシュールな組み合わせだ。
どうしよう。私のせいで父様が臭いと言われていたら……。
「えっと……、それは苦情という形で奏上されたのでしょうか?」
「いや、そうじゃない。高位貴族の間で暫く、話題に上っていただけだ。馴染みのない香りなので、単純に疑問だったのだろうな」
まだ大事にはなっていないようだと、胸を撫で下ろす。
「それでですか。最近、やけに問い合わせが多かった理由が分かりました」
「えっ、そうなの?」
驚いた私が問うと、レオンハルト様は頷く。
「うん、報告が遅れてごめん。資料を纏めてから相談する予定だったんだ」
「それはいいの。私は休職期間中だから、レオンの判断に任せるわ」
「駄目だよ。おかきは貴方の開発した商品なんだから、貴方に決定権がある」
柔らかい話し方ながらも引かないレオンハルト様に、今度は私が苦笑した。
真面目で律儀な彼らしいと思う。
「やはり、ローゼが開発したという話は本当なのか」
「ええ、一応は。ご存じだったのですか?」
「父上に見せびらかされたとヨハンが憤慨していた」
父様。貴方はいったい、何をしているんですか。
世界中の美食も珍味も思いのまま。
望めば何でも手に入る地位にありながら、何故、おかきを自慢げに食べているのか。庶民的過ぎる。
「私も食べてみたいと思ったのだが、それほど人気では難しいだろうか?」
「いいえ。取り寄せる場合は、お時間をいただく事になりますが、こちらで食していただく分には問題ございません」
「では、そちらもご用意させますね。ただ、湿気で食感が損なわれてしまうので、早めにお召し上がり下さい」
レオンハルト様の言葉を継いだ私が笑いかけると、兄様は少し恥ずかしそうな顔ではにかんだ。
「なんだか、悪い事をした気分だ」
身内の伝手と権力を使って割り込むなんて非道だろうかと葛藤しているが、こんなのは我が儘のうちにも入らない。
せめて高位貴族の家宝の一つでも奪ってから、暴君を名乗ってほしい。
「お気になさらないでください。そもそも、あまり大規模に売り出す予定はないんですよ」
密閉技術が進んでおらず、乾燥剤もない現状で、米菓の長距離輸送は難しい。
数日で食べきる事と輸送距離が短い事を前提とした取引を、細々とやっていくのが限界だろう。
その辺りを説明すると、兄様は「なるほど」と頷いた。
「その土地でしか味わえない絶品か。却って人気が上がりそうだな」
「入手困難な上、国王陛下がお気に召した品ですからね。こちらが何もせずとも、高位貴族の皆様が挙って価値を上げてくださるのではないかと」
レオンハルト様は、ニコリと綺麗な顔で笑った。




