転生公爵の展望。(4)
ミハイル達の叔父様との仲介をお願いすると、ユリウス様は二つ返事で了承してくれた。
現在のディーボルト子爵家の不安定さを考えると、もしかしたら難航するかもしれないと危惧したけれど杞憂だったらしい。
アッサリと約束を取り付けてくれたユリウス様の有能さを、改めて実感した。
昔から私がする『お願いごと』という名の無茶ぶりに慣れ切っている彼にとっては、なんてことなかったようだ。
話はトントン拍子に進み、話を持ちかけた約二週間後に面会は叶った。
ミハイル達の叔父様、ファビアン様は、落ち着いた雰囲気の紳士だった。
目を引くような華やかな容姿ではないが、柔らかな物腰と品の良い微笑みに心奪われる婦女子は多かろうと思うような方だ。
画廊のオーナーをやっているだけあり、芸術への造詣が深く、若い画家への支援も行っているらしい。
元々好きだった絵画に関わる現在のお仕事をとても愛されており、どうやら、ディーボルト子爵家の当主の座にはさほど興味がない様子。
ただ流石、ミハイルの叔父様と言うべきか、責任感は強い。
貴族の嫡子としての権利を享受してきた身として、求められれば、爵位を継ぐ事も覚悟しているみたいだ。
ミハイルとビアンカ姐さんとは初対面ながらも、二人を見る目は優しかった。
何か困った事があれば、頼ってほしい。籍を抜いたとしても、貴方達の叔父である事は変わらないのだから。
そう伝えられたミハイルとビアンカ姐さんは、かなり戸惑っていた。後から聞いたところによると、自分の父とのあまりの違いに愕然としていたらしい。
確かに、伝え聞いた二人のお父様とはあまりにも違う。同じ両親から生まれたはずなのに、何でこうも差が出てしまったのか。
まだ会ったばかりの方の人柄を全面的に信頼する訳にはいかないが、ミハイル達の叔父様の印象は、今のところ、すこぶる良い。
これからミハイル達と何度か面会を重ね、信頼出来ると判断できれば、今度こそ、二人をディーボルト子爵家のしがらみから解き放てるだろう。
「良さそうな方で安心したわ」
顔合わせが終わり、屋敷へと戻る馬車の中。
気が抜けた私がポロリと零すと、向かいの席に座るレオンハルト様も頷く。
「噂に違わぬ、誠実なお人柄のようだったね。ユリウス殿の知人だから大丈夫だろうとは思っていたけれど、あそこまで親身になってくれるとは想像していなかった」
「ええ、本当に」
元々、洞察力に長けているユリウス様から良い方だとは聞いていたので、それほど悪い展開にはならないだろうとは思っていた。
でも、それと同時に、多くは求めていなかった。
だって叔父と甥姪の間柄とはいえ、初対面だ。
血縁なのだから全面的に協力してくれるだろうなんて、そこまで楽観はできない。
求めすぎて逃げられては元も子もないから、緩く繋がりを持っておく程度を目標にしていたのだけれど、良い意味で裏切られた。
「頼れという言葉も、社交辞令ではなさそうだったね。プレリエ公爵家やアイゲル侯爵家と繋がる為のおべっかにも聞こえなかったし」
「寧ろ、申し訳なさそうだったものね。今まで没交渉だったことを後悔されているのかもしれないわ」
「真面目な方だな。……ディーボルト子爵と血が繋がっているとは思えない」
それは私も思った。
というか、本来、養育の義務がある親が一切の責任を感じていなさそうなのに、初対面の叔父が罪悪感を抱えているというのは何なんだろう。
私の中で元から低かったディーボルト子爵の株が、マントルに突入する勢いで下降した。
「ディーボルト子爵はミハイル達が籍を抜いたら、何かするかしら?」
「何もしないと思うよ」
レオンハルト様は冷めた目で即答した。
「もしかしたら二人に連絡を取ろうとするかもしれないが、きっとその程度だ。異議申し立てをするとか、後見であるプレリエ公爵家に抗議するとか、大きな行動は起こさないはず。子爵は自分が一番大事だからね」
ディーボルト子爵は、自分が一番大事。
それはとても、しっくりくる考えだった。
ミハイルやビアンカ姐さんは、ディーボルト子爵が愛しているのはマルセルさんのお母様だと思っているようだったが、私には違和感があった。
そもそも、愛した女性を愛人の位置に据えるのがおかしい。
身分差で結婚できなかったというが、そんなのは事前に分かっていた事だろう。昔からの恋人だったのなら、早めに彼女に教育を受けさせて、どこかの家に養子に入るよう尽力すれば良かったのに。
それが無理なら、彼女の為にも手放してあげるべきだった。
だが、ディーボルト子爵は何もせず、ただ親の決めた婚約者を妻に迎え、愛した人を日陰の身にした。
家の為に嫁いでくれた正妻をも蔑ろにして、子供達の事も放置。
社交界にゴシップを提供し続けて、ディーボルト子爵家の名誉すらも失墜させた。
それら全てに目を背け、ディーボルト子爵が守っているのは自分の平穏だけ。
なるほど。レオンハルト様の言う通りだ。
ディーボルト子爵は自分の事しか大事ではない。
「子供が出来ても、親になれるとは限らない。子爵はその典型例だ」
レオンハルト様は吐き捨てるように言う。その声にはやるせなさが込められている気がした。
「そうね」
哀しいけれど、ディーボルト子爵は親になれなかったんだろう。
私は視線を下げ、膨らんだお腹を擦る。
私はどうだろうか。
ちゃんと立派な母親になれるかな。
「ローゼ」
向かいの席に座っていたはずの夫が、いつの間にか隣に移動していた。
レオンハルト様は気遣うような眼差しを向けながら、空いていた方の私の手を握る。
「ごめん、無神経だった。こんな言葉、今の貴方に聞かせるなんて」
「えっ、違う、違うわ。別に傷付いている訳じゃないのよ」
私は慌てて首を横に振る。
「ただね、ちょっと考えちゃったの。私はちゃんと、この子の母親になれるかなって」
この子の事を愛している。言葉では言い表せないくらい、大すき。でも、だからといって立派な母親になれるとは限らない。
寧ろ、母の愛が子供の成長の妨げになるケースだって珍しくないから。
「愛しているのに……、ううん、愛しているからこそ、少し不安になっただけ」
「ローゼ……」
ぽこん。
レオンハルト様の呼びかけと同時に、お腹に当てていた手に微かな動きが伝わった。お腹の内側からの、小さなコンタクト。
ぽこん。
私が目を丸くして固まっていると、もう一度。
「動いた!」
「えっ」
「今、ぽこんってお腹の中から伝わってきたの」
驚いていたレオンハルト様の視線も、私のお腹に向けられる。
「動いていたのは、今が初めてではないのよ。よく、お腹の中でクルクル回っているし、こないだは、しゃっくりしていたしね」
「ああ、あれは可愛かった」
ぽこぽこと一定間隔で伝わってくる動きが可愛くて、レオンハルト様を呼んでもらったのは記憶に新しい。
微笑ましく二人で見守っていたけれど、予想よりも長く続いて、途中から心配になって侍医を呼んだ。珍しい事ではないのですよと微笑ましそうな顔で教えられ、夫婦揃って恥をかいたのも、良い思い出だ。
「でも、この子、お腹は絶対に蹴らないのよ。だから珍しくって」
よその赤ちゃんは結構動く子も多いらしく、足の形が分かるくらい蹴られるなんて話も聞いた事がある。
だからちょっと楽しみにしていたんだけど、うちの子は何故か、パンチもキックもしてくれない。動いているし、伸びもしている様子なのに、頑なに私を攻撃しないのだ。
心配になって侍医や助産師さんに相談したけれど、特に問題なく、健康に育っているとお墨付きをもらった。
「既に紳士だな」
レオンハルト様は感心したように呟く。いや、淑女の可能性もあるなと、真面目な顔で付け加える。
「どちらにせよ母親思いの良い子だから、きっと今のは、貴方なら大丈夫だって教えてくれたんだと思うよ」
「そうかな。……そうだといいな」
「うん。オレも、貴方の傍にいる。頼りないかもしれないけれど、一緒に悩む事は出来るから、不安になったら教えてほしい」
抱き寄せられるのに逆らわず、素直に凭れ掛かる。
こてりと肩に頭を預けて目を閉じた。
「ありがとう」
幸せがいっぱいで、溢れそうだ。
長らくご迷惑をおかけしまして、申し訳ございません。
ようやくパソコンが修理から戻ってきましたので、感想欄もまた開放致します。




