転生公爵の展望。(3)
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ご迷惑をおかけいたしますが、宜しくお願い致します。
ミハイルの言いたい事は分かる。
私達、王侯貴族は民の税金で何不自由ない暮らしをさせてもらっている。権利を享受しておきながら、義務を放棄する事に罪悪感が湧くのだろう。
「貴方の言う事はもっともよ。立派だわ。……でも、私達が家に残ってもやれる事は少ないと思うの」
ビアンカ姐さんは言葉を選ぶように、思案しながら話す。
「貴方も私も、後継者としての教育が、……ううん。きっと、貴族の嫡子としての最低限の教養すら足りていない。そんな状態で領地の経営に携わろうとしたら、きっと逆に迷惑をかけてしまうわ」
「……うん」
ミハイルは小さく頷く。悔しそうな顔をしながらも否定しない彼は、身の丈を理解しているのだろう。
貴族の子息の教育は、幼い頃から始まる。礼儀作法、歴史、経済、政治、語学、馬術、エトセトラ。学ぶことは山のようにあり、いくら時間があっても足りないくらい。
付け焼刃でどうにかなるほど、甘くはない。
「それに、貴方には医者としての仕事もあるでしょう。そちらを疎かにするつもり?」
ビアンカ姐さんにじっと見つめられたミハイルは、ゆっくりと頭を振った。
「オレはここを辞めるつもりはない」
きっぱりと言い切ったミハイルに、ビアンカ姐さんは安堵したように吐息を零す。
「ごめんね、姉さん。気持ちが先走って、不安にさせた」
「いいわ。貴方の気持ちも分かるもの」
二人の話が一段落したところで、私は間に入った。
「つまりミハイルは、後を継ぐ以外の方法で領民に恩返しをしたいと考えている……という事でいいのかしら?」
「はい。何かしらの形で支援出来たらいいなと考えています。それが可能なのであれば、籍は抜いても問題ありません」
「なるほど。なら、穏便に済ますべきね」
貴族は時に利益よりも面子を優先する。下手に揉めれば、支援さえも突っぱねられる恐れがあり、ミハイルはその辺りを危惧しているんだろう。
二人の父親の了承を得るのは端から諦めているが、親族の中で一人くらい、繋がりを持っておいた方がいいかもしれない。
丁度、良さげな人物の目星もついたところだし。
「まだ推測の段階なのだけど、ミハイルが籍を抜いた場合、次の当主は現当主の弟君になると思うのよ」
「父の弟。つまり、オレ達の叔父ですか」
「そうね」
足を悪くされた先代が当主の座を退き、夫婦で領地にある別邸へと移り住んでから生まれた子供らしい。現当主とは二十歳近く年が離れており、独身。先代夫婦が亡くなられてからは王都に出て、現在は画廊のオーナーをされているそうだ。
「ユリウス様とは美術商を介しての知人だそうなので、彼にお願いすれば、紹介していただけると思います。その時に、相談してみるのはどうです?」
「信頼出来る人ならいいけど……、あの人の弟なんでしょう?」
ビアンカ姐さんは、華やかな美貌に嫌悪感を滲ませる。深い眉間の皺は、彼女と実父との間の隔たりを可視化したかのようだった。
「直接会ってみない事にはなんとも言えませんが、周囲の評判は悪くないみたいですよ。どうします?」
暫しの沈黙。ミハイルがじっとビアンカ姐さんを見つめると、彼女は根負けしたように頷く。
「会ってみたいです」
「分かった。じゃあ、ユリウス様にお話ししてみるわ。籍を抜く話は、それからにしましょう」
「色々とお手数をおかけしますが、宜しくお願いします」
ミハイルは姿勢を正し、頭を下げた。
「姉弟揃って、マリーちゃんに迷惑ばかりかけてごめんね」
「とんでもない。遠慮なく何でも相談してくれた方が、こちらも助かります」
申し訳なさそうなビアンカ姐さんの言葉に、首を横に振る。
何でも抱え込んでしまう二人に頼られているのだと思うと、寧ろ嬉しいくらいだ。
「それに私もお二人にはたくさん助けていただいていますし、お互い様ですよ」
「本当? マリーちゃんの役に立てている?」
「もちろんです」
間髪入れずに答えると、ビアンカ姐さんは嬉しそうに微笑んだ。
「オレも今まで以上に頑張りますので、出来る事があれば何でもおっしゃってくださいね」
「程々にね」
ミハイルの意気込みを挫くようで申し訳ないが、控え目に釘を刺す。
今でも社畜一歩手前なくらい働いているのに、これ以上の無理はさせられない。
「仕事も恩返しも大事だけれど、一番大切なのは貴方達の体なんだから。ちゃんと休日は休むこと。こないだも養護院に行ったら……、あ」
お小言の途中で、ある事を思い出した。
「そういえば、ミハイルに許可を貰ってほしいってお願いされていたんだったわ」
「オレに許可、ですか? なんでしょう?」
「あそこの養護院のニコルちゃんが描いている絵本を知っている?」
「はい。試作品をオレも読ませてもらいましたが、凄く面白かったです。ローゼマリー様が考えた物語なんですよね?」
「う」
試作品という言葉を聞いて、無意識に潰れたみたいな声が洩れた。悪意のないテオに『イガグリとワタ』と評されたダメージを、地味に引き摺っている。
傷口を更に広げないよう、さり気なく話を本筋に戻す。
「一作目は私が原作を担当したけれど、次回作は別の人にお願いしようと思っているの」
「どなたにですか?」
「実はニコルちゃんと同じ養護院に、物語を作るのが上手な子がいたのよ。アルマちゃんって子なんだけど、知っている?」
「ええ。読書家の女の子ですよね、おさげの」
「うん。それで、その子がね、魔法使いの話を書きたいんですって」
「!」
ミハイルの顔が強張った。
不自然に息を止めた彼の挙動には気付かないふりで、話を続ける。
「魔法使い達が、お菓子屋さんを手伝う話」
「……お菓子屋さん?」
「そう、お菓子屋さん。壊れた竈の代わりに炎の魔法でクッキーを焼いてあげたり、フルーツの木を生やしてあげたりする、優しい魔法使い達の話よ。貴方やテオを参考にしたから、許可がほしいんですって」
唖然とするミハイルを、ビアンカ姐さんが優しい眼差しで見守っている。
既存の御伽噺に出てくる魔法使いといえば、多くが悪役だった。世界を滅ぼそうとする敵役か、子供を攫う恐ろしい存在。
『そういうもの』として浸透してしまった創作物の定義は、魔力持ちへの差別をなくしたい私にとっても頭痛の種だった。
子供達に自然と刷り込まれてしまう魔法使いへの悪い印象を払拭したい。
けれど、私がむやみやたらに持ち上げたら逆効果になる可能性もある。どうしたものかと悩んでいたが……。
養護院の子供達が知る魔法使いは、テオやミハイルだ。
プロパガンダで書き換える必要なんて、初めからなかった。
私がやきもきせずとも魔導師達は、自らの誠実な生き方で周囲を味方に変えていく。ゆっくりでも確実に、きっと時代は変わる。
「いいよって、返事してもいい?」
私が問うとミハイルは、照れたように頬を赤く染めながら小さく頷いた。




