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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
386/396

転生公爵の展望。(2)

 

 ブツブツと独り言を零すクラウスを見ていると、嫌な予感がする。

 彼がまた突拍子もない事を思いつく前にと、さっさと話を変える事にした。


「お二人は、薬草の世話をされていたんですか?」


「はい。姉さんに手伝ってもらって、水やりを。それから、フランメが原産の植物の状態を確認していました」


 フランメ王国は一年を通して気温が高い国だ。

 ネーベルも比較的温かい気候とはいえ、冬場の温度はかなり違う。


「最近は寒くなってきたものね。もし何かあるようなら対策を立てるから、教えて。ミハイルに頼る事が多くて申し訳ないんだけれど、私も出来る限りの事はするから」


「温室のお陰で、問題なく成長しています。それに植物の世話は元々好きなので、苦にはなりません。こうして姉さんも、手伝ってくれますし」


「ここは温かいから、私としては役得だわ」


 温室での作業は、良い事ばかりではない。夏場は蒸し暑くなるし、希少な植物の世話は責任だって重大。泥で汚れる上に、虫だって出る。嫌がる人は多い仕事だろうに。

 そんな苦労を匂わせすらしない二人の気遣いに、私はほっこりした。


「それなら良かったです。でも、何か困っていたらすぐに相談してくださいね。仕事の事も、そうでない事も」


 私が何を言いたいのか、察したのだろう。

 ミハイルは眉を下げる。


「今度は真っ先に相談しますね」


「はい、そうしてください」


 私がわざとらしい返事をすると、ミハイルは困り顔のまま微笑んだ。


「そういえば、義兄さんから手紙が届きました」


「ああ、商会長さんから聞いたわ。なんか、頑張っているみたいね」


「はい」


 頷いたミハイルの声は、少し嬉しそうだった。


 マルセルさんは現在、カロッサ商会の下働きとして雑用を請け負っているらしい。

 ミハイルは特に罰を望んでいなかったし、プレリエ公爵家としても口出ししなかったのだが、商会長はマルセルさんを無罪放免にはしなかった。

 従業員には『婿としての修行』という名目で、一年間、みっちり鍛え上げるつもりのようだ。


 何事もなかったかのように過ごすのは、本人としても針の筵だっただろうから、良い判断だと思う。


 商会長の厳しさは愛情でもあると理解しているからか、マルセルさんも腐る事なく、励んでいるらしい。最初は失敗も多かったそうだが、ちゃんと学んで次に活かし、容赦のない指導にも食らいついていく姿勢に、遠巻きだった従業員達とも徐々に打ち解けてきたそうだ。


 このまま成長してくれたら、ミハイルと和解出来る未来も夢物語ではない気がする。

 結果的に商会にも良い影響が出ているという事で、商会長はミハイルに心から感謝していた。


「私のところにも、マルセルから手紙が届いていたわ」


 ビアンカ姐さんは頬杖をつく。

 への字を描く口が、分かり易く不機嫌を伝えてきた。


「何か、嫌な事でも書いてありました?」


 『あったら許さんぞ』と思いながら訊ねる。

 反省しているのは確実そうなので、その可能性はないだろうとは思う。しかし万が一、この優しい人達を裏切る事があったら、今度はプレリエ公爵家が相手になろう。


 しかし、そんな私の意気込みは空振りに終わった。


「ないわ。反省しているのが伝わってくる誠実な謝罪と、客観的な報告よ。前とは別人みたいに、ちゃんと成長しているわ。……だから、ムカつくのよ」


「あー……なるほど」


 誠実な対応されて、憎み続けるのは難しい。

 かといって許す事も、割り切る事も出来ずにモヤモヤする。なんなら、許せない自分の心が狭いのかと自省する場合もあるだろう。


 でも、それは当然だ。謝ったら終わりなんて、人間はそれほど単純ではない。


「別に、嫌いなままでいいじゃないですか」


「そうかな?」


「はい、私が許します」


「……ふふ。ありがとう」


 ビアンカ姐さんは、息を零すように笑った。


「じゃあお言葉に甘えて、もうちょっとだけ嫌っておくわ」


 その言葉は、いつか許すと同義だ。

 やはり、この姉弟は人間が出来過ぎている。誰かに搾取されないよう、しっかり見守ろうと、心の中で決意した。


 それと共に、前から考えていた事を思い切って切り出す。


「そういえば、前々から聞きたかった事があるんです。その、……もし不快だったら聞き流してほしいんですけど」


 ミハイルとビアンカ姐さんは続きを促すように、揃って首を傾げる。

 ちょっとした仕草がそっくりで、改めて血の繋がりを感じた。


「お二人の籍は、そのままで大丈夫ですか?」


 私を見ていた二対の目が見開かれる。


 ミハイルはかなり前に家を出ているし、ビアンカ姐さんも数年前に実家を離れて、それきり戻っていない。しかし二人とも、籍はディーボルト子爵家に残したまま。


 今のところは、特に不都合はないのだろう。

 しかし、もし二人の父親である現当主が体を壊したらどうか。


 ミハイルはディーボルト子爵家の嫡子であり、義兄のマルセルさんが婿入りした事で、唯一の直系の男子となっている。

 実情がどうあれ、跡取りと見做されて、後継者争いに巻き込まれかねない。


「余計なお世話なのは、重々承知の上です。お二人が納得しているのなら、私もこれ以上、何も言いません。ただ、もし、お二人が籍を抜きたいと考えているのなら、協力させていただけませんか?」


「それは……私としては、願ってもない事だけれど」


 ビアンカ姐さんは、戸惑うように瞳を揺らす。


「父が許すとは思えないわ」


 ビアンカ姐さんの言う通り、当主の了承を得るのは難しい。

 貴族の多くは体面を重視するし、二人の父親はその典型。直系の子供を二人も除籍したなんて知れたら笑いものになると、拒否する可能性は高い。


「そこはまぁ、権力で」


「けんりょく」


 唖然とした顔で、ビアンカ姐さんはオウム返しする。


「わたし、一応は公爵家当主なんですよ」


「……よく知ってるわ」


 冗談めかして言うけれど、二人は笑ってくれなかった。

 失敗したなと思いつつ、苦笑する。


「冗談です。そもそもお二人は成人しているので、自分の意思で籍を抜くのなら法律上は問題ないんですよ」


 何事に於いても、家長の許可が必要だというのは、古い貴族の間での不文律に過ぎず、実際は法的な拘束力がない事も多い。

 ただ世間体や周囲の反応を気にして、実行する人がいなかったっていうだけの話だ。


「それに除籍ではなく、他家に養子に入るという手もあります。協力してくれそうな方もおりますし、後はお二人の気持ち次第です」


 深刻な空気にならないよう、敢えて軽く言ってみせた。

 けれど、心の中は不安でいっぱい。二人とは良い友人関係を築けていると思っているが、今回の私の発言はそれを壊しかねない。

 友人として許されるラインを、大きく踏み越えてしまっている気がする。


「……オレは」


 長い沈黙を破ったのは、ミハイルだった。


「オレは、家にも、姉さん以外の家族にも、特に思うところはありません。恥ずかしながら、最近では父の顔すら、まともに思い出せなくなっているんです。縁が切れたとしても、哀しいとか寂しいとか、感じるような思い出すらない」


 ミハイルは自嘲気味な顔でそう言った後、表情を引き締める。

 真剣な顔つきで彼は、話を続けた。


「だから実家に未練はないのですが、領地の事は気にかかります。貴族の子供として、オレが不自由なく成長出来たのは、領民の皆さんが納めてくれた税のお陰です。……ですが、オレはまだ、何の恩返しも出来ていません」


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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 義兄は心を入れ替えて頑張っているのですね。 急にいい人になられても受け入れがたい気持ちは分かります。長年の悪感情はそう簡単に払拭できないですし。 すでに許してるっぽいミハイ…
ミハイル&ビアンカ姐さんの実家の後継者問題、領民達には罪が無いから難しい問題ですね。 領地経営や貴族としての教育を受けていないミハイルが跡継ぎになったら領民達に迷惑をかけるから論外、ビアンカ姐さんも…
更新お疲れ様です。 王家の方にも報告は行ってるだろうし、問題だらけの現ディーボルト子爵を当主から降ろしてもいい様な気がしますねぇ・・・但し、ミハイルとビアンカ姐さんは地方領主の勉強はしていませんから…
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