表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
385/396

転生公爵の展望。

 ミハイルとお義兄さんの話し合いは、無事、終了した。


 まさかミハイルが『許さない』という選択をするとは夢にも思わず、私も度肝を抜かれたが、理由を聞けば納得できるものだった。

 他の魔導師の尊厳を守るためだなんて、とてもミハイルらしいと思う。


 カロッサ商会のお二人も納得出来たようで、ミハイルとお義兄さんの間の不和は、平和的に解決したらしい。

 レオンハルト様からそれを聞いて、私も安堵した。


 とはいえ、責任者として一度、様子は見ておきたい。

 ミハイルもビアンカ姐さんも、小さな不満は呑み込んでしまう人達だから。


 ヴォルフさんに用事があるというレオンハルト様に同行し、医療施設を訪ねた。

 職員に二人の事を聞くと、どうやら温室にいるらしい。ネーベルの気候では根付きにくい植物の管理もミハイルの仕事なので、その関係だろう。


 仕事の打ち合わせがあるレオンハルト様と別れ、本日の護衛をしてくれているクラウスと共に温室へと向かった。




 温室の扉を抜けると、空気がふわりと緩む。

 外気に晒されて縮こまっていた私の体も、自然と力が抜けた。冬場の晴れた日の温室は、癒しスポットだ。薬草の独特な香りも、慣れた私からすると気にならないどころか、癒し要素の一つになる。


 鉢植えに水やりをしていたビアンカ姐さんは、扉の開閉音に気付いたのか、顔を上げる。入ってきた私を見つけると、ぱぁっと表情が明るくなった。


「マリーちゃん! いらっしゃい!」


「お疲れ様です、ビアンカさん」


 私がひらひらと手を振ると、ビアンカ姐さんは、ジョウロを置いてから小走りで駆け寄ってくる。


「久しぶり……という程じゃないわね。でも、会えて嬉しいわ。体調は大丈夫?」


「ええ、問題ないです。家に籠ってばかりだと体力が落ちちゃうので、散歩がてら遊びに来ました」


「それなら良かったけれど、無理は禁物よ。あそこに休憩スペースがあるから、座ってお話ししましょ」


 お腹が目立ってきた私を気遣い、ビアンカ姐さんは手を差し伸べる。

 支えるように背中に手を回し、テーブルまで案内してくれる彼女は、おとぎ話に出てくる王子様か騎士様のようだ。


「エスコートでしたら、私が」


「後ろで突っ立ってただけの大木が何か言っているわ。空耳かしら」


 焦った様子で私達の間に割り込もうとしたクラウスを、ビアンカ姐さんが切って捨てる。フン、と鼻を鳴らす嘲笑付きで。


「ローゼマリー様は過剰な手助けは望まれないから、控えていただけだ! 怠けていた訳でも、気付かなかった訳でもない!」


「なんて煩い大木なの。セミの鳴く季節はとっくに終わったのに不思議だわ」


 クラウスは噛み付いたが、ビアンカ姐さんはまともに取り合う気はないらしい。

 適当に往なしながら椅子を引いて、私を座らせてくれた。


 笑顔のビアンカ姐さんにお礼を言うと、隣のクラウスが悔しそうな顔で歯噛みしている。犬猿の仲だったこの二人も、最近はすっかり仲良くなったと思っていたんだけど……気のせいだったのかもしれない。


「マリーちゃん、お茶は如何? リリーちゃんから譲ってもらった大麦のお茶があるのよ。確か、それなら妊娠中でも飲めるのよね?」


「お茶でしたら、私が!」


 しゅばっと手を上げたクラウスに、私は生温い笑みを向ける。


「クラウスは大人しく護衛していて」


「以前の私は確かに未熟者で、お茶の一つもまともに淹れられませんでした。ですが、私は変わったのです! 侍女頭の過酷な指導を耐え抜き、侍女達の厳しい助言を学びに活かし、確実に成長を遂げたはず!」


 私は唖然とした。

 この男は王城の侍女頭だけでは飽き足らず、プレリエ公爵家の侍女達にまで迷惑をかけていたらしい。


 その勤勉さと忠誠心は美徳だ。

 しかし世の中には、努力ではどうにもならない事がある。


 そして、残念ながら『クラウスがまともなお茶を淹れる』というミッションは限りなく、それに近い。


「クラウス」


「はい!」


「大人しく、護衛をしていて」


「!?」


 『何故!?』と言わんばかりの顔をされても、許可は出せない。

 休憩時間や休日を費やしてまで積み重ねた努力を、水泡に帰すようで大変申し訳ないが、私は我が身と我が子が大事なので。


 しょんぼりと萎れたクラウスを横目に、ビアンカ姐さんはお茶の準備をする。

 私はその様子を眺めながら、ふと思い出す。そういえばビアンカ姐さんも、あまり料理が得意ではなかった記憶があるんだけど、大丈夫なんだろうか。


 一瞬過った不安を見過ごす事は出来ず、ついビアンカ姐さんの行動を見守ってしまう。

 彼女は麦茶の入った容器を開けると、軽く首を傾げた。もしかして、適切な量が分からないのかもしれない。

 中に入っていた木製スプーンを手に持ったかと思うと、何故か使う事なく横に置く。ティーポットの蓋を開けた彼女は、そこに向けて躊躇なく容器を傾けた。


 ご、豪快―!!


「姉さん」


 茶こしに大量の麦が投入される寸前、青年の手が容器を掴んで止める。

 唐突に現れた救世主は、どうやら事態を察知して駆けてきてくれたらしい。肩で息をする彼を見て、ビアンカ姐さんは数度瞬く。


「あら、ミハイル。どうしたの?」


「お茶ならオレが淹れるから、姉さんは座っていて」


「え? でも」


「座っていて、ね?」


「……はい」


 温厚なミハイルらしからぬ迫力に負け、ビアンカ姐さんは頷く。彼女はクラウスと同じように、しょんぼりと肩を落とした。


 大人しく席に着いたビアンカ姐さんを見て、ミハイルは安堵の息を吐く。その様子に日ごろの苦労を垣間見た気がして、私はそっと視線を逸らした。




「美味しい……」


 吐息と共に呟きを零す。

 ミハイルの淹れてくれたお茶は、お世辞抜きで本当に美味しい。公爵家の侍女達の淹れてくれた上品なお茶とは少し違う、優しい彼らしい、ほっとする味だ。


「良かったです」


 ミハイルは照れたように頬を掻き、はにかむ。


「確かに美味しい……」


「私だって上手く淹れられるはずなのに……」


 少しばかりの悔しさを滲ませたビアンカ姐さんの言葉はともかく、後半のクラウスの妄言は黙殺する事にした。


 クラウスが美味しいお茶を淹れるなんて、運動音痴の私がバク転出来るようになるくらい無理だと思う。

 だから、私の胃腸のためにも、そろそろ諦めてほしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 クラウスとビアンカ姐さんって同類感が半端ない。 マリー様ファーストでまあまあ直情型だし、その上家事(調理だけ?)壊滅的なところまで似なくても…。 噛み付くのは同族嫌悪ってや…
裏側の世界の麦茶は茶葉から淹れるらしい。 こっちの世界の麦茶は焙煎した大麦粒から煮出すから違和感バリバリである。 それとも自分が知らないだけで、大麦若葉の青汁以外に麦葉から淹れる麦茶もあるのだろうか。…
>確実に成長を遂げたはず ああ、うん⋯⋯ ソウデスネ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ