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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
378/396

総帥閣下の夜話。(3)

※引き続きレオンハルト視点です。

 


 その後も陛下は、視察中の出来事を話された。

 陛下は饒舌な方ではないし、オレも口下手なため、盛り上がりには欠ける酒盛りだが、静かな空間は思いの外、居心地が良い。

 気付けば、入室当初にはあった緊張感はどこかに消えていた。


「その菓子が……、何と言ったか。米を使った塩味の」


「ああ、『おかき』ですか?」


「それだ。あれはいい。おそらく、酒にも合う」


 陛下は平時と変わらぬ顔色で無表情のままだが、機嫌は良さそうだ。

 まさか陛下と政治以外の話をする日が来るとは思わなかったなと、不思議な気持ちになりつつも相槌を打った。


「ええ、合いますよ。エールにも、ワインにも。意外とシードルにも合います」


 陛下は少し考えこんでから、「取り寄せるか」と独り言のように零した。


「塩味だけでなく、他の味も試作中らしいですよ。子供が生まれた後になるかもしれませんが、もっと種類を増やしたいとローゼが言っておりました」


 オレがそう言うと、何故か陛下は動きを止めた。


「如何されましたか?」


「……アレが作ったのか?」


 厳密に言うと作っているのは職人達だが、陛下が聞きたいのはそんな事ではないだろう。


「はい、ローゼが考案した菓子です」


「相変わらずだな」


 陛下は目を伏せてから溜息を吐き出す。呆れているのか、感心しているのか。はたまた両方か。


 どうやらローゼは『おかき』を陛下に勧めながらも、自分が考案した事は話さなかったらしい。無欲で奥ゆかしい、妻らしい。


「領主として成長したと思ったが、そこだけは変わらんか」


 王女時代からローゼは、数々の華々しい功績を挙げながらも、主張する事は一切なかった。その謙虚さは美徳だが、同時に弱点ともなり得る。

 陛下にも何度も苦言を呈されたようで、当人も気にしていた。だが、理解したからといって、性格はそう簡単に変わるものではない。


「今も変わろうと努力していますので、もう少し見守ってあげてください」


「お前がアレに甘いのも相変わらずだ」


 フンと陛下は鼻を鳴らす。

 しかし声にも表情にも、さほど険はない。


「それにローゼが主張せずとも、周りが挙って宣伝していますので」


 ローゼは部下にも領民にも慕われているので、自ら主張せずとも手柄を横取りされるなんて事はまずない。

 それに強い影響力を持つローゼの名を出した方が、商品の価値はあがる。件の菓子屋もそうだが、ただ単に物珍しい菓子として売るよりも、『領主の考案した菓子』として売り出した方が確実に売れる。


「だろうな」


 そういう事ではないと呆れられる事を覚悟しながらした説明は、そんな一言でアッサリ肯定された。

 オレは驚きに目を丸くする。


「何だ、その顔は。意外か?」


 オレが素直に頷くと、陛下はグラスの中身を飲み干した。


「国王だろうが、領主だろうが、出来ない事はある。一人で全てやれなどと無理は言わん。アレの足りない部分を周りが補う事で上手く回っているのなら、ここでは、それが正解なのだろう」


 話しながら陛下はワインのボトルを手に取る。持ち上げて空である事に気付いたのか、別のワインに手を伸ばした。

 ラベルに書かれているのは同じ銘柄で、年代は十七年前のもの。当たり年のソレが途轍もなく高価な事は、もう気にしないでおこう。


 雑な手つきで封を開けている陛下から目を逸らし、オレはさり気なく、国宝級のヴィンテージワインを陛下の手から遠ざけた。

 代わりに、使用人が用意してあった我が家の酒をテーブルに並べる。


 オレの小細工に気付いているだろうに、陛下は何も言わない。

 開けたばかりのワインを躊躇いなくグラスに注ぎ、飲み下す。ふ、と熱気を体から押しやるように息を零した。


「アレは私の想像以上に、上手くやっている」


 十分だ、そう付け加えられた言葉には、噛み締めるような響きがあった。


 饒舌ではないはずの陛下は、滑らかに言葉を続ける。

 街の発展速度や人の多さ、それに付随する問題と、速やかに対処するローゼの処理能力。


 喜んでいるのか、それとも。殆ど変化のない陛下の表情から読み取る事は出来ないが、やや感傷的に聞こえたのはオレの気のせいか。


 もしくは、既にオレの方が酔っているのかもしれない。

 それほど弱いつもりはなかったが、陛下のペースに釣られて飲み過ぎた。思考にやや靄がかかっている。


 だから、といえば言い訳になるだろうか。

 いつもなら呑み込んだはずの言葉が、弾みで口から飛び出した。


「寂しいですか?」


 陛下の薄青の瞳がオレを見た。

 その温度のなさに、氷を心臓に押し付けられたような心地になる。


 やらかした。

 その言葉が頭の中を巡るが、一度口から出てしまったものは取り消せない。だったら開き直ろうと切り替えた。


「ローゼに不足があるのなら喜んで支えますが、残念ながら、私の出番は殆どありません。彼女は優秀で、割と何でも出来てしまうんです。それが誇らしくもありますが、たまに寂しいと感じているのも事実です」


「だから、私も同じだと?」


「はい。申し訳ございません。酔っ払いの戯言だと、聞き流していただければ幸いです」


 細めた目で睨み付けられたが、笑顔でそう返す。

 引き攣りそうな表情筋を叱咤しながら笑みを保っていると、興味を失くしたように陛下の視線が外れた。


「寂しいかどうかなど、私には分からん。そんなもの、生まれてこの方感じた事がないからな」


 背凭れに身を預け、陛下はグラスを傾ける。

 独り言めいた言葉の内容に動揺し、どう相槌を打てばいいか分からなかった。しかし、元から返事など期待されていなかったのだろう。

 そのまま、話は途切れずに進んでいった。


「ただ、つまらんと思ったのは確かだ。アレは私が気に掛けるまでもなく、求めた以上の結果を出している。プレリエ領は今後も安泰だと確信させるだけの将来的な展望も、しっかりと持っている。私の出る幕はなかった」


「…………」


 らしくもなく、やや自嘲するような調子の陛下の言葉を、オレは黙って聞いていた。


「馬鹿らしいな。気まぐれに餌をやっていた鳥が、知らぬ間に巣立っていたような、そんな益体もない感傷だ」


 それを寂しいと呼ぶのですよ、なんて言葉は無粋というものだろう。


 本当に、この親子は似ている。

 優れた外見や能力よりも、不器用な愛情の示し方が、とても。


「……陛下のお気持ちは、私には分かりませんが」


 ぽつりと言葉を零すと、陛下の目がこちらを向く。


「少なくともローゼにとっては、意味のない時間ではなかったようですよ」


 帰宅後から就寝前までの、妻のはしゃいだ様子を思い出す。

 子供の頃から子供らしくなかったローゼが、珍しく、稚い子供のように捲し立てていた。


「楽しかったみたいです」


「……そうか」


 長い沈黙の後、陛下は呟く。

 口角が緩く上がっていたのは、たぶん見間違いではない。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 マリー様と父様、本当にそっくりな性格ですよね。 2人が聞いたら「どこが??」とか言いそう。 父様としては頼って欲しかったみたいですが、マリー様が自分の力でやり切るようになっ…
お父様とローゼの絡みが大好きなので今回のお父様訪問にもうテンションがうなぎ登りでしたが、こうしてお父様の感傷に触れなんだか涙が出てきました…。 父親としてというよりも最初はただの身内としての利益を見込…
更新お疲れ様です。 おかきの定期購入が慣行される予感がヒシヒシと (^O^;) きっと無くなりそうになる度に、カラスさんがお使いに行かされるのねw ローゼちゃんの様子を見に行かせるという口実とともに…
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