転生公爵の案内。
調子が狂う。
突発的に我が家にやってきた父様は、別人かと思うくらいに優しい。言葉は普段のそっけなさを残しつつも、私へ差し伸べる手は、壊れ物を扱うかの如く丁寧だった。
私が妊娠しているからなんだろうし、素直に厚意を受け取っておけばいいんだろうけど。どうにも、落ち着かない。
幼少期から父様に鍛え上げられたメンタルは、おかしな方向に逞しくなってしまった。
穏やかな父様と、どう接すればいいか分からない。
未だに困惑している私は、レオンハルト様に間に入ってもらう気満々だったのに。彼は急な用が出来たと言って、市街地の案内に同行してくれなかった。
うん、分かってる。
レオンハルト様は気を遣ってくれたんだよね。私的な関わりが殆どない私達が、親子水入らずの時間を過ごせるようにと。
そういうとこ、本当、出来た旦那様だなって思う。でも今回はちょっと……、否、うんと余計なお世話だったかもしれない。
「……」
「……」
私も父様も喋らないせいで、車内に気まずい空気が流れる。煩いくらいの車輪の音が僅かに緩和してくれるけれど、居心地悪い事には変わりない。
父様の圧迫面接ならぬ、二人きりの対話には慣れているが、あれは『負けてたまるか』という気迫で乗り越えているから、今回には適応されない。
喧嘩腰ではない会話って、どうするんだっけ?
父様以外になら、意識せずともごく普通に出来ていた事が出来ない。
「あれはなんだ?」
「っ!?」
考え事をしていた私は、不意に声をかけられて驚く。明らかに過剰な反応をしてしまったが、父様の目は私の方を向いていなかった。
「あれとは?」
窓の外をじっと見る父様に問うと、白く長い指がスイと動いて指し示す。
「あの旗だ。黄と青と白の組み合わせの旗が、さっきからやけに目につく」
「あー……」
現在、馬車は貴族御用達の店が立ち並ぶ区画を通っている。
石造りの古い建物が整然と立ち並び、全体的に落ち着いた色合いで纏まっているので、明るい配色の旗はかなり目立っていた。
「以前、プレリエ領を通りかかった時には見なかった」
『父様って城の外に出るんだ』という私の心の声が聞こえたのか、父様は「かなり昔の話だ」と付け加えた。
「あの旗を掲げるようになったのは、ごく最近ですので」
「どのような理由で?」
「収穫祭の時に、その色合いの商品が流行ったんです。そこから、自然と広まったようですね」
父様の眉間に、一本皺が寄る。『答えになってない』と目で訴えられている。
聞きたい事はそれではないという事は理解しているが、羞恥心が邪魔をして、直接的な回答を避けてしまった。
「……民の間では、あの色の組み合わせを『プレリエの花』と呼ぶそうです」
「……なるほど」
父様は、繁々と私の顔を見つめてから頷く。
言葉通り、納得した様子の父様を見れば、私が説明を省いた部分もきっちり読み取っているだろう事が察せられた。
黄、青、白は、それぞれ私の髪と瞳と肌の色を象徴しているらしい。
収穫祭でザーラさんとゲルダさんが売っていた花籠を発端に、この色合いの商品が多く発売された。
農村から始まった流行りは市街地へと広がり、最終的に貴族街にまで到達。そして流行はいつしか定番となり、今ではプレリエ領を象徴とする色彩となった。
収穫祭の日からまだ半年も経っていない事を考えると、恐るべきスピードだと思う。
領民に慕われていると思えば、誇らしいし、嬉しい。
でも、それはそれとして、普通に恥ずかしくもある。
それ以上突っ込まないで、という私の願いが届いたのかは分からないが、父様は特に言及しなかった。
父様は窓の外を興味深そうに眺め、時折、私に説明を求める。特別、盛り上がったりもしていないが、ポツポツと話す静かな空間は嫌いではない。
気が付けば、居心地の悪さはすっかりなくなっていた。
馬車は緩やかな速度で進み、やがて市街地へと入る。
一気に賑やかになり、目抜き通りの混雑具合を見た父様は目を丸くしていた。
「随分と賑わっているな。これが通常か? それとも、今日は何かあるのか?」
「市が立つ日ではありますが、特別、祭りや祝い事がある訳ではないですね。毎週、こんな感じです」
恐ろしい事に、この賑わいがスタンダードになりつつある。
あまり急速に発展すると反動も大きい気がするので、素直に喜べない。それに人が増えるのは喜ばしい事だが、揉め事も比例して増える。元からいた領民達の生活が踏み荒らされないよう、レオンハルト様と共に法の整備を急いでいるところだ。
淡々と返すと、父様は何かを考える素振りを見せる。
すっと眇められた薄青の瞳には、見慣れた冷徹な為政者の光が宿った。
「土地や建物の売買について、何か対策は練っているのか?」
「契約書の写しの提出は義務付けていますが、念のため、相談所を設置しました。読み書きが不得手な方もおりますし、その辺りの支援も込みで。それと、明らかに不当な契約を通してしまわないよう、確認は必ず二人以上の役人にさせています」
その分、人件費は増えたが必要経費だ。
領地が潤っているのは領民のお陰。どんどん還元せねば。
「新規の建物については?」
「建築に基準を設けています。安全性を考慮せずに大きな建物を作られても困りますから。景観も可能な限り守りたいので、結構厳しめに設定していますよ」
「治安について、どう考えている?」
「街の巡回を担当する第二騎士団を増員して、現在、詰所も増設しています。こちらも相談所を設けたんですが、女性が気軽に相談出来るよう、専門の部署を新たに作ろうかと検討している最中です」
スラスラと答えると、父様は何故か呆れたような表情をした。
「医療施設計画と同時並行で、それらを進めていたと?」
「それは……まぁ、はい。そうですね?」
「頭が切れる事は知っていたが……」
「……なんです?」
「……いや、いい。なんでもない」
首を傾げると、父様は大きな溜息を吐いた。
「?」
言いたい事があるなら、言えばいいのに。
普段は歯に衣着せぬ物言いばかりするくせに、私が妊婦だからと手加減するなんて、父様らしくない。
「そんな顔をするな」
不満が顔に出ていたらしい。
父様の声は、拗ねた子供を宥めるような響きをしていた。
「良い意味で驚かされたというだけの話だ」
「……そう、ですか」
予想外の言葉に調子を崩され、返す言葉に詰まる。
狼狽えた私は、賑やかな街並みに視線を逃がした。




